Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 19
(20年前……クマ人間……。……!熊沢さんが人間になった時期ってたしか――)
……何か名状しがたい、途轍もない予感。「因果の逆転」という不吉な言葉が、
ほんのりとではあるがおせちの脳裏をよぎっていく。
「17歳の時……ということは、今は37歳なんですか?信じられないくらいお綺麗ですけれど、何か義体化とか、細胞系のアンチエイジング手術とかを?」
その必死の話題転換は、自らの精神の平衡を保つための、
無意識の防衛反応にほかならなかった。
「ああ、それは単に日の光に当たらないから――」
本人はそのように解釈しているらしいが、どうもそれだけで納得のいく見た目の若さではないと、
誰もが本能的に直感した。
「それであなたたち、私に用って何?」
アキノは、まだ警戒を解いていない目で4人を見回す。
その、あまりにもあからさまな眼差しに、アシュリーの悪癖が再発した。
彼女は、あんなことがあったにも関わらず、部屋の主をからかうことをやめられない。
「いえ、なにぶん私どもは浅学なもので。かねてより専門家の先生にご教授願いたいと切望しておりました。――この地球が、実は平面であるという、その偉大なる真実について」
慇懃無礼な、しかし完璧な敬語。その言葉が発せられた瞬間、おせちの背筋を悪寒が走った。
「彼女が信じたことは、現実になる」――最悪の想定が、脳裏をよぎる。
「アシュリー、だめ――!」
だが、遅かった。おせちの制止の声は、アキノの呟きにかき消される。
「ああ、それね!『フラットアース』……そうよ、どうして忘れていたのかしら。思い出したわ」
アキノの瞳から、ふっと光が消えた。彼女は虚空を見つめ、
まるで聖典でも読み上げるかのように、うわごとを呟き始める。
「南極は、全てを囲む氷の壁。空は、決して越えられない天蓋。
太陽と月は、私達のすぐ上を、ただ回っているだけ……そう、そうなのよ……」
その言葉と同時に、世界が、軋んだ。
それは地震とは違う。もっと根源的な、空間の骨格そのものが撓むような歪み。デスクの上のボールペンがカチと音を立てて南へ転がり、マグカップが陶器の底を擦りながら後を追い、立っている4人の足裏がフローリングの上を数cm滑った。咄嗟にテーブルの縁を掴んだ指の関節が白く浮く。
真下への引力が消えたわけではない。だがそこに、円盤の中心から外縁へ向かうもう1本の力――放射状に均一な重力ベクトルが上書きされるように立ち上がり、全ての物体の「鉛直」を斜めへと捻じ曲げていく。
窓の外で、地平線が消えた。
地球の曲率が作り出していた緩やかな弧が、巨大な麺棒をかけられたかのように波を打って正されていく。隠れる場所を失った遠方の景色が、奥から奥から、ズズズズズ……と低い地鳴りを伴ってせり上がってくる。
まず数100km先の山脈の稜線が、空との境界に影絵のように滲み出した。
その裾野の下から、さらに遠くの平野がスライドするように押し出される。
やがて異国の摩天楼が。大陸の輪郭が。大気の透明度が許す限界まで、
あらゆる地形が既存の景色の奥へ奥へと無理やり並べ立てられていく。
消失点が蒸発する。500m先のビルと数1000km先の山塊がほぼ同じ高さに並び、視界の全域に隙間なく詰め込まれてしまった世界は、Zバッファの処理に致命的なエラーが起こったかのような――あるいは、遠近感という概念を知らない者が組み上げた、吐き気を催すほど歪なジオラマに見えた。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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