Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 09
現在、作品の誤削除からの復帰対応中につき、復旧版と更新版の2ラインで運用していることはすでにご説明の通りです。
このたび、それに関連した投稿ペースの加速により、3月8日までに復旧版が第3話完結まで到達する予定です。
なお、復旧版が更新版を直接追い抜くタイミングは、それよりも少し早く訪れる見込みです。到達次第、あらためて告知いたします。
以後の更新は復旧版へ移行していただけますよう、お願いいたします。
姉妹にとっては見慣れた光景だった。だが、社長は、ただ唖然として息を呑むほかなかった。
自社が100億ドルを投じて築き上げたはずのデータの要塞が、存在しないものとして扱われる。
その現実離れした光景を前に、彼は、人類の未来を、この規格外の子供たちに託すしかないのだと、
あらためて痛感するのだった。
やがて、はちるは合図を送り、姉妹たちを呼び寄せる。来客用の重厚な長机は、たちまち即席の司令室へと姿を変えていた。社長が慌てて部下へ指示を飛ばし、各国の気象データ、ネットワーク地図、混乱を伝えるレポートが、みるみる机上を埋め尽くしていく。
「各国の気象庁とNASAの報告も漁ったけど……雨の成分は、どこも違うことは言ってないなー。うーん、完全に未知の化合物。でも、組成は世界中どこも同じ……」
モニターの青白い光を顔に受けながら、はちるは膨大な情報の海に深く没入していく。その横顔は、いつもの快活さが嘘のように、真剣な科学者のそれに変わっていた。
「成分が同じってことは、発生源は1つって考えるのが普通だろ。どこだよ、その煙を最初に吐き出した工場は」
ソファに寝そべったまま、アシュリーが苛立たしげに言う。
「それが、わからないんだよ」
はちるは首を振る。
「最初の発生報告が、ほぼ同時に、世界中の別々の大陸から上がってる。まるで、空のあちこちで
一斉に湧いて出たみたいに……」
はちるの指が、ホログラムキーボードの上を滑る。机上の空間にふわりと青白い地球儀が浮かび上がり、その表面に、最初の汚染雲が観測された地点が、赤い光点として無数に灯っていく。その分布は、まるで気まぐれにインクを撒き散らしたかのように、何の脈絡もなく見えた。
「そんなこと、あり得るの?」
さなが不安げに眉を寄せる。
「あり得ないよ」
きっぱりと断言したのは、おせちだった。彼女は腕を組み、はちるのモニターを鋭い目つきで見つめている。
「飛行機雲っていうのは、本来、上空の低温・高湿度の条件が揃わないと発生しないはずだよね。なのに今観測されている雲は、熱帯の低空みたいな、本来なら絶対に発生し得ない高温・低湿度の環境でも生まれてる。物理的に説明がつかないんだよ」
おせちは腕を組み、静かに続ける。
「燃料メーカーは調査の初期にどこもシロって確定済み。データだけを
追っていると、本当に、あの日を境に世界の法則そのものがねじ曲げられたとしか思えない」
彼女はそこで一度言葉を切り、決意を秘めた目で、はちるに指示を出す。
「……視点を変えよう、はちる。フライトデータを地理情報に重ねて。どこから始まったのかじゃなくて、どう起きてるかを把握しよう」
「うん」
はちるの指が、ホログラムキーボードの上を滑る。机上の空間にふわりと青白い地球儀が浮かび上がり、その表面に、各機関の観測記録や航空会社のフライトログ――そうした膨大なデータをもとに、無数の光子の“飛行機雲”が幾重にも走っていく。
はじめは世界各地の大気を縦横に横断していた光の軌跡が、地球儀全体を網の目のように覆い尽くす。
「厳密な意味で1番最初に観測された雲をピックアップして」
はちるが音声でコマンドを告げると、地球儀は滑らかに回転し、
該当する一面をそっと彼女の前に差し出す。そして、その一帯に執拗なほど刻まれた航路の中から、
たった1本のラインだけが、警告のように赤く脈打ち始めた。
その赤い光条の起点を目にしたはちるの顔から、血の気が引く。
「……!あっ、これ!……えっ!?……」
彼女の動揺を、おせちの冷静な声が断ち切った。
「最初期に報告されたグループまで着色の範囲を拡大して」
コマンドが実行される。次の瞬間、最初の赤い線に呼応するように、その周辺を飛んでいた幾筋もの航路が、次々と赤く染まっていく。それはまるで、1滴のインクが純水に広がるように、あるいは、健康な細胞を蝕む病巣のように、汚染の範囲を明確に可視化していた。
「嘘でしょ!?」
今度は、はちるの悲鳴に近い声が上がった。
おせちは、赤く染まった航路群が形成する不吉な格子の要――その1点を、射抜くような目で見据えながら、静かに、そして冷徹に事実を紡いでいく。
「……毒の雲をいちばん最初に発生させた便。空縁から出た奴だ。
最初に観測されたグループも全部空縁に着陸するか、その空を通ってる。そして――いま、雲自体が世界でいちばん重なってる場所も――」
彼女の言葉を証明するように、地球儀上の全ての航路データが半透明に表示され、
その密度が最も高い場所が、ひときわ強い光を放って明滅する。
それは、先ほどから赤く染まっている場所と、寸分違わず一致していた。
「「「「……!!」」」」
声にならない声が、部屋の空気を震わせる。光の渦の中心、その座標が示す地名が、ホログラムの地球儀の上に、残酷なまでにくっきりと浮かび上がっていた。
それは、あまりにも皮肉な真実だった。
全員の視線が、思わず窓の外へと向けられる。20分かけてはるばる飛んできた故郷の空を――今まさに異変の中心であるその街を、それぞれが心に思い描いていた。
すまね!ちょい遅れた!




