Issue#03 I I Dreamed A Dream CHAPTER 5 08
「私たちの持つ全ての情報、インフラ、資金……使えるものは全て提供しましょう。今や、一企業の存続などというレ
ベルの話ではない。これは、人類の存亡がかかった……」
室内で社長は、ほとんど祈るように頭を下げた。その重苦しい沈黙の中、おせちはひとり、大きな窓へと歩み寄る。ガラス面
にそっと手を添え、まるで天体望遠鏡を覗き込むように、瞳を濡れたガラスへと近づけた。彼女の目には、ただ透明な
板を伝う雨粒の、その1粒1粒が持つ不自然な粘度と、そこに混じる微かな燐光の色だけが、世界の真実として映って
いた。
やがて、おせちはゆっくりと窓から顔を離し、社長の方へと向き直る。
「どうか、頭を上げてください。私たちも独自の調査だけでは手詰まりでした。今回のご提案は、願ってもないことです」
彼女は静かにそう言うと、一転して、冷徹な戦略家の顔になった。
「では、お言葉に甘えて……早速ですが、社長。御社が管理する全世界の航空機の飛行記録、気象観測データ、通信ログ
――その全ての生データに、こちらの端末からアクセスさせていただけますか。できれば、共同声明を発表した他社の分
も、可能な範囲で」
子供のように無邪気に窓を覗いていたかと思えば、次の瞬間には、あまりに的確で専門的な要求を突きつける。その振
れ幅の大きさに社長が言葉を失っていると、はちるが迷いなく自分のタブレットをバッグから取り出し、机の上に滑ら
せて画面を開いた。薄い電子音とともにシステムが起動し、彼女の指先が、端末の一端から吐き出されたホログラムキ
ーボードの上で静かにスタンバイする。
その張り詰めた空気を、まったく意に介さない声が断ち切った。
「……『現在、惑星内は全箇所喫煙スペースとして開放されております』って感じだよな、この空」
アシュリーは社長室の豪奢なソファにVの字に寝そべり、組んだ長い脚を天井に向けてぶらぶらと揺らしている。後頭
部で手を組み、シャンデリアの輝きを無遠慮に睨みつけるその様は、世界の危機などまるで他人事のようだ。その気怠
さと不遜さが、部屋の重圧すらも軽く蹴り飛ばしていく。
「もう、アシュリー!」
さなは小さく咎めながらも、その声にはどこか安堵の色がにじんでいた。彼女は窓際へ寄り、おせちの袖をそっとつま
むと、姉の隣で、ガラスを伝う雨粒にふたりしてじっと視線を注いだ。
社長がデスクの端末を操作し、慎重にデータ転送のプロンプトを立ち上げる。そのままノートPCを持ち上げ、確認項目が並ぶ画面をこちらに見せ、
「我が社のデータはこの通り、すぐに。ですが、他社の機密データとなりますと、さすがに今すぐというわけには……」
と、常識的な躊躇を口にした。
「じゃあ、そのままこっちにデータを送ってください。回線だけちょっとお借りできれば、後のことは全部こっちでやりますから」
はちるは、スタンドを開いて角度をつけたタブレットの画面を覗き込みながら、ほとんど事務的にそう返す。社長が了
承し転送を開始すると、彼女の瞳に、獣が獲物を捉えるかのような鋭い集中力の光が宿った。指が、常人にはもはや追
いがたい速度でキーボードの上を踊り始める。
今しがた提供されたグローバル・エアウェイズのデータ網を起点として、画面上には、共同声明に名を連ねた世界中の
航空会社のロゴが次々と現れ、その鉄壁のはずのセキュリティが、まるで砂の城のようにひとつずつ崩されていく。はち
るの指が叩き出しているのは、この星のすべての情報を、今この机の上に集約するための、まさしく神業だった。
「……きたきた!水を得た魚、ならぬデータを得た科学班って感じだよ!」
膨大な文字と数列が一気に流れ込む様子に、はちるが歓喜の声を上げる。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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