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9. 推したちが優しすぎて困るよう

 ライラさんは薄手のコートを脱ぎ、さっと僕の肩にかぶせてくれた。


 アヅミはへたり込んだ僕の手をぐっと力強く引っ張る。


「ほら、立て」


 アレクシスは無表情になり腕を組んだ。


「司法調査の権利は認めるとして。そこのヴィラン二人はなんだ。どんな手段を使ったのか知らないが、認可を受けたわけでもないのに聖封印庫に入れると思っているのか。僕の独立した権限で、君らのことを即刻処刑してもいいんだよ?」


 これはまずいな……二人がそうなるのは絶対に嫌。

 だけど、アレクシス王子が言っていることにも一理ある。本来の規定に乗っ取ると、このことはあまり推奨されない。ましてや二人はヴィランだ、英雄族側がなんらかの処置をしてくることは十分にあり得るだろう。


 僕の額に、たらりと汗が流れたその時。


「もういいでしょう」


 冷ややかな声が空気を裂いた。

 セリーヌが優雅に歩み出ると、扇子をぱたぱたと振ってため息をつき言った。


「小汚い輩とやり取りをするのは疲れましたわ。もはや関わりたくもない。殿下、その件はまた今度にでも考えましょう」


 アレクシスは彼女を一瞥し、口元に笑みを浮かべる。


「……君は本当に冷たいね、セリーヌ」


「ええ。民衆には氷血令嬢、と呼ばれていますもの」


 扇子を口元にかざしてほほ、と優美に声を上げるセリーヌ。


 うわあ、かっこいい!!!


「鼠ども、これで私に借りができましたわね?」


 セリーヌは完璧でいて悪どい笑顔を浮かべた。


「……借りは必ず返させますわ。それが、貴方にとって幸運であるといいのですけれどねぇ」


 そう呟きセリーヌは一礼してから、王子とともに悠然と城につながる扉から去ったのだった。

 ……え、なんか今……ちょっと怖いこと言わなかった!? 気のせい!?


「……ひとまず、荒波は越えたみたいだね」


 ライラさんの呟いた声が、聖封印庫に反響する。

 そうだ、王子と公爵令嬢は去っていった。


 あぁホッとしたぁ。

 僕たち四人は反対方向に進み来た方向の扉を開ける。


 どん。

 扉の前にはウィリアムがぴったりゼロ距離で待ち構えていた。


「うおおっっ」


 僕はとっさに声を上げた。なんだこの人。ドアの進行方向が逆だったら盛大にぶつかってたよ……。


「大丈夫だったかぁあぁ……。ミナぁぁ! おにーちゃんの胸に飛び込んできなぁ!!」


 ウィリアムはその場で片膝立ちをして両手を大きく広げる。驚き目を丸くするライラさん、うげっと引くアヅミ。


「うるさい」


 ミナはウィリアムの頭をぺしっとはたいた。ウィリアムは泣きながら撃沈した。いい気味だ。


「――いやぁ、彼が君ら二人のこと心配しててね。念の為、俺達に連絡してくれたんだ」


 ライラさんはそこでにこやかに僕に告げた。ふんっとウィリアムがそっぽを向く。この人ツンデレ属性だったっけ? ……正直、すごく救われた感がある。


「ぅぅ、そうだったんですか。あのままだとやっぱり何かされてたかもしれないです……」


 僕は縮こまってぼそぼそと喋った。


「面倒だけど……まぁお前のことも放っとけねぇしな。助けたかった……いや、別に変な意味じゃねぇけど!」


 なぜかアヅミが赤面してるけど、まぁいいか。


「……みなさん、ほんとにありがとうございましたっ」


「ましたっ」


 僕とミナは一礼した。


「て、照れるじゃねーか~…」


「はは、これからも力添えさせてよ」


「まぁこんなのお手の物ですよ。自分たちの手にかかればね」


 アヅミは居心地悪そうに鼻を掻き、ライラさんは顔を綻ばせ、ウィリアムは目を瞑って笑った。

 みんなが! 優しすぎて! 心臓ごとどうにかなりそうだよもう!

 ミナとともに僕は慌ただしく返事をし、三人の背を追いかけるように並んで歩いた。

 はい、推し補給でHP全回復いたしました。


 その後、推したちのかっこよさに通算百回目かと思われる鼻血が遅れて流れ、その日はアヅミに鉄分補給用のレバーを奢ってもらった。




 ◆◇◆




 それからちょうど一週間後の今日。


 ヴィラン自治区ノクス領のイーゼルハイムという栄えた都市部。

 そこは政治や司法、軍事とか経済の中心で、市場地区はヴィラン特有の魔道具や薬品の取引で活気が溢れている。

 イーゼルハイムは黒い石造りの街並みと、空に浮かぶ魔導ランタンが特徴的な都市だ。


 僕はヴィランたちのアジトで契約確認書類の手続きを一通り終えた帰り、ミナとともに街の探索をしていた。なにぶんヴィランを弁護する身として、英雄族だけでなくこちら側の情勢や生活を知ることにもメリットがあると踏んだのだ。


「……え、なにこれ!? 道端で売ってるの全部、動いてるんだけど!?」


「これは魔力で自動修復する食器ですよっ」


「便利ぃ!」


 などと会話しながら、僕はミナのお気に入りだという古い森を囲い込んだ公園、エルデシルヴァ樹海庭にたどり着いた。


「あのうっ」


 ミナは入口付近にて僕の袖をつかみ引き止める。

 なんだい僕のかわいこちゃんっ!


「ここはとても良いところですが。レオンさま、一つだけ気をつけてくださいねっ。ここの公園たまーにですが魔物も出るらしいですよ」


「えっまじ…!?」


「あんしんしてください。あたしがいざとなったら守りますから!」


 ミナはにこおおおっと胸を張った。


「頼もしい~っ! かわいい~っ!」


「……レオンさま、かわいいは余計です……」


 ミナは怒ったように頬を大きく膨らませ、こちらを見るのをやめた。

 あれ。怒らせちゃったか……。


 見かねた僕はミナのご機嫌を直すため、景色が綺麗だとされる中央の広間にて一息つくことにした。


 そこは「魔力の泉」があり、古代からヴィランたちが儀式をしてきた聖域。今は主に公演などに使う広間になっている。


 たどり着いたところ、人が集まっていた。

 ――それも、大勢。


「おい!この貴族令嬢が!」


 男たちの野太い怒声が響く。


「なんだろう」


「なにかすごくあやしいですね…」


 僕とミナは顔を合わせ、人だかりの隙間を縫うように歩き中央を覗き込んだ。すると、男が立って何者かを指さして、強く腕を掴んでいる。


「この英雄族が!! 私の息子の頭をヒールで踏みつけて気絶させただって!?」


『しゃーざーい!』

『しゃーざーい!』


 その場にいた老若男女のヴィランたちのコールが聞こえた。


 男が腕を掴んでいた先は―――


「……民衆のみなさま。わたくしにこんなことをして、ただで済むと思っているのかしら」


 公爵令嬢セリーヌが扇子を持ち立っていた。

 護衛と思われる英雄族の兵士五人と従者二人が頼りなくあたふたとしている。え。ほんまにどした。

 なんで悪役令嬢がこんなところに……!?


「いいですか貴方たち。わたくしはただ近場の遠征にお忍びで来ていただけで、少年の頭なんて踏んでいませんわ。無実、でしてよ?」


 少し疲れた様子のセリーヌは呆れたように目を伏せる。


 一体…どういうことかな?

 きっと一筋縄ではいかない気がするなぁ。


「みなさん、少しお静かに」


 ぴしゃっとその場の空気を断つように声を響かせた。

 途端に辺りが静かになる。ヴィランたちの視線が一挙に集まった。


「――ここはひとまず、ご令嬢に僕が聞き取り調査をしてみます」


 僕は背筋を伸ばして、すっと人だかりをかき分けた。

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