7. こそこそっと潜入調査
曇天の夕方。
王城の外にある一般通路の階段をミナとともに下った。
途中からガクンと空気が冷え込んで少し肌寒い。
「ついたっ」
聖封印庫の扉は重い鉄製で、中央に「英雄族の紋章」が刻まれ、淡い金色の魔力が脈動している。
魔力障壁が扉全体を覆い、近づくだけで肌がビリビリする。
扉の両脇には二体、英雄騎士の石像が立っている。目の部分に青い魔石がはめ込まれ、侵入者を監視しているように見えた。
僕はミナの一歩前に立ち、おののく。
……絶対これ、RPGのラスボス前の扉じゃんっ。
僕たちは話し合い、今日のうちに潜入調査をすることにした。こういう時は迷わず進んだほうがいいものね!
空気が異様に張り詰め、足音がやけに響く。魔力の圧力で普通の人間なら長居できない重苦しさがある。
ミナは僕の後ろで不安そうにした。
「……ここ、息が詰まりますっ…」
「まぁ、法廷よりマシかなぁ」
重々しい鉄扉の前で、冷たい魔力が皮膚を刺す。足元の石畳がわずかに震えているように感じる。
「……っ、これが聖封印庫のセキュリティ……」
思わず呟いた。
ミナの説明を要約すると、扉には三重の魔法障壁が張られていた。
まず魔力認証結界―――高位貴族の血筋を持つ者だけが通過できる。
次に魔力封鎖陣―――結界を強引に破れば、封印庫全体が自壊して中身が消滅する。
そして最後、留波動検知―――不正な干渉を感知すると、即座に王城警備に通報が入る。
警備厳重。さすが。
僕が肩をすくめると、ミナが小さく笑った。
「……ふふっ――」
彼女の指先に魔力が集まり、小さな光の粒子が結界の縁をなぞる。
「カードキーの魔力痕跡、消されてますけど……残留波動なら読めますっ。あたしの手にかかれば、解除できますよっ!」
「……ミナちゃん、将来怖い子になるね」
僕が首に手を当てて笑うと、後ろから突然、低いバリトンボイスが飛んできた。
「ミナぁぁぁ!! おにいちゃん置いてどこ行くの!!」
だだだだだだっっ!!! と走ってくる男が一人。
「うおっっ」
「……ウィリアムおにいちゃん!」
外套を被った男はフードを取ると、尖った耳をあらわにした。ハンカチ片手で涙ながらに僕を力づくで退けて、ミナのもとに降り立つ。
「ぐへぇっ」
「ううう、ううう、まさかこいつにそそかされてるのかっ。おにいちゃん悲しいぞ」
さ、さすがシスコン。こんなところにまで駆けつけるとは……。あれ? いつもの皮肉眼鏡はどこ行った?
その場でウィリアムは地団駄を踏んで騒ぎはじめた。
「レオンさん、君ねぇ、ミナはまだ子どもですよ!? 危険な場所に連れて行くなぁ!!」
「おにいちゃん、静かにして…!」
九歳のミナになだめられている成人男性ウィリアム。図としてはちょっと滑稽だ。
「大体ですね、セキュリティをこそこそ解除なんてしたら…!」
「それについては、だいじょうぶっ」
僕はピースサインをする。
「最初から無謀な挑戦はしないよ。――英雄族の規定第三十二条。『司法調査のため、認可を受けた弁護人や同行者は現場検証を要請できる』……ってね。もちろん、通常は英雄族しかやらないから前例がないだけっ」
僕はカードキーを懐から取り出して二人に見せ、にっと笑った。
「でも、前例がないと禁止されてるは別問題でしょ? ……ということで、ヘーベオ領の大図書館にいる間、城の衛兵に連絡して、すでに要請済みですっ」
2人は一瞬沈黙した。するとミナは、はわあああっと笑顔になり僕のもとに駆け寄る。
「レオンさま、すごいですうう〜っ!」
ウィリアムはため息をつく。
「いや、なんでそんな抜け道知ってるんですあなたは……。……分かりました。少しだけ、ミナの隣にいることを許可しましょう」
「やった!」
つい口元が緩み、ガッツポーズを軽く取る。
疑り深い人はこちらがどんなに頑張っても、時をともに過ごした時間が短いと全く意味がないことのほうが多い。
そう考えれば、ウィリアムが少しでも信用してくれたことは、すごく嬉しいと思えた。
「ありがとう、ウィリアムさん。……あなたはやっぱり優しいねっ」
僕の弾んだ顔をウィリアムは驚いた顔で見つめる。
「……」
「?」
ウィリアムは頬を片手で隠しながら、じろりと睨むように半眼になると、すぐさま視線をそらした。
「……なんでもないですよ。早く行ってください」
そう? ならいいんだけど。
少し様子のおかしい彼をよそに、僕は清涼な笑みを浮かべてカードキーをかざし、ミナとともに足を踏み入れた。




