6. 少女降臨
あの後、僕はこの国の弁護士資格をとった。
試験内容は勉強せずとも言語さえ分かれば解けた。あまりに簡単なものだったので、やはりこの国の司法はまだ進んでいない。
そしてヴィランたちと弁護人として契約した。
契約内容は、ヴィランたちの弁護人となる代わりに僕と僕の家族を最低限養う食料を用意することで合致した。
ヴィランたちはそれだけで良いのかと言ってきたが、まだ一度も弁護人として法廷に立っていない身なので、それだけで良いと押し切った。兵士の役職からは辞退して、家族はわけがわからなかった様子だったがそれでも応援してくれた。
僕はヴィランたちとの自己紹介から二週間後の今日、族間の中立を誇るヘーベオ領の大図書館に来ていた。そそくさと許可証を提示して、厳格そうな兵士にびくびくしながら僕は閲覧室に通してもらう。
静かな空間だなー。高い本棚が並んでいて、古びた羊皮紙の匂いが鼻をかすめていく。
この図書館は兵士が二十四時間ローテーションで監視していて、書類は厳重に管理されているらしい。
風に揺れる資料室のカーテンに午後の匂いが混ざりそうな時、僕は奥にある最新の事件記録の棚の前に立った。
二ヶ月前の記録のコーナーをごそごそと漁る。僕はぱらぱらとページを捲った。
む。
晩餐会の毒殺事件記録は………これか!
……毒、についてはカイが言っていたマチズの種子で合ってるな。
――ん?
記録には『毒は希少であり、聖封印庫で厳重管理されている』とやっぱり明記されている。
僕は考えながら爪を噛んだ。
管理魔法の最新記録には〝異常なし〟と書かれている。
「……おかしい」
封印庫から毒を出すには、必ず管理魔法に記録が残るはず。それが異常なしなんて、逆に不自然だ。
僕は思い立ち、兵士に声をかけて映像を映す箱『リーディン』を借り、テーブル席に座った。これは前世でいうパソコンに近いかな。意外に中々ハイテクだよね。
僕は「英雄族管理魔法のログ」を付属魔道具でクリックした。
聖封印庫の「アクセス権限者」の一覧には――王族、数名の高位貴族、そして公爵令嬢セリーヌの家名グラディスの名がある。
「……あれ?」
英雄族管理の魔法ログを眺めていた僕は、違和感に首を傾げた。
―――事件発生当日のアクセス記録は―――。
「……ない……」
僕の肩の力が抜けるのが分かった。
使われたのがマチズの種子と明確に記録されていて、さらにはそれが基本聖封印庫から持ち出されることも書かれてあるのに、当の聖封印庫はその日の記録が一切ない。
ならいっそ、誤解を避けるために事件記録で聖封印庫のことは言及を避けたほうがいいはず。
まるで記録を継ぎ接ぎしたような、下手に書き換えたかのような――
いやこれ、ただの不備じゃない。
意図的に〝誰か〟が痕跡を消したってこと?
僕はむううううっと頭を抱える。
「でもこれだけじゃ、証拠にならない……」
……もし仮定が合っていたとしても、裁判所で英雄族の検察側から簡単に異議を申し立てられて終わりだ。
だからこそ、はっきりした物的証拠が必要だね。……なら、やるしかないな。
聖封印庫そのものを調べて、〝毒が持ち出された痕跡〟を掴むんだ。
資料室で山積みの資料を前に、全部片付けようと悪戦苦闘していると、ワンピースの少女がうろうろしてこちらを見ていることに気がついた。
僕はぶんっと即振り返る。
耳が尖ったヴィランの少女はアッシュグレーの髪を無造作に長く伸ばしていて、髪色が誰かに似ている気がした。
はて、誰だったか。首をこくりと傾げて目の前の少女を視界にとらえるが……うーん、思い出せない。
くりっとした大きな丸っこい淡褐色の目が僕を見据える。
すると少女は意を決したように切り出した。
「……あのっ。レオンさまですよね? カイ様の弁護人の……」
「えっ、なんで知ってるの!?」
僕はびくんっと肩を揺らす。
少女はにっこにこで身体を僕のほうに傾けた。
「おにーちゃんたちがレオンさまの話してますから! ……あたしはミナですっ。ウィリアムおにーちゃんの妹ですっ」
「え、あのイケメン眼鏡ヴィランのッッ?」
ついでに皮肉屋の! あ、確かゲーム内でシスコン設定があったなぁ…。その対象がこの子か。
というか…この子もしかしてストーカー!? 図書館まで僕についてきてたのか……。
僕は怯えて回転式の椅子ごと少しバックする。ミナは緊張した面持ちで両手の拳を胸の前に浮かせた。
「……えとあのっ。レオンさまにお願いがありますっ」
「へっ」
「あたしを…レオンさまの、弁護補佐にしてくださいですっ!」
ミナはふわあああっと笑う。
花が舞うのが見えたのはきっと僕だけじゃないはずだ。
僕は机に唸りながらうずくまった。
「どうしたんです、レオンさま……?」
なんだよもう!
かかっかわいいじゃんか……! ストーカーだとしても尊い……。
おどおどこちらを見るミナの方向に僕は首をぐっと向けた。
「…いやでも、なんで僕の補佐に…?」
戸惑いながら聞くと、ミナは僕にくるっと背を向けて笑顔で語り始める。
「あのですね…。あたしとおにーちゃんは、昔えらーい人の屋敷で働いていたどれいでした。そこで、何年か前に優しいゼオス様が救い出してくれたんです。……でも、いくら優しい人が相手でも、誰でも――」
ミナの目が一瞬真っ黒になった。
「役に立たなければ、またすてられる」
「!」
ミナの無表情に僕は内心ぎょっとした。
ミナは一瞬でもとに戻り、再びふわあっと笑った。
「……だから、あたしはレオンさまを絶対に助けるんです」
「……」
―――僕は。
役に立たなくても、良いよと言いたい。本来年端もいかない女の子が強制されるようなことじゃない。
それはおいおい教えていくとして、今は……彼女の技量を一瞬確かめてみたくなった。つまり、魔が差した。
「ふふ。そっかそっか。じゃ早速一緒に推理したいなぁ。ミナちゃんは、カイさんの事件の概要は聞いてる?」
僕はいざなうようにミナを隣に座らせる。ミナは緊張した面持ちだ。
「はいっ、一通りは」
「早速、この資料を見て」
「?」
ミナは僕に促されるままに資料書を覗き込む。僕は先程の記録ごと消えている件を話した。
「きみはどう思う? この件について」
僕の質問にミナは不安そうにたじたじした。
「えっと、えっと、……ミナ、難しいことはわかんない……」
…まぁ、そうだよね―――
僕は笑って資料書を下げようとした。
「だけど」
「?」
「だからこそ、役に立ってみせますっ」
ミナは僕に向かって屈託なく笑った。
「……レオンさま。この消えた記録、魔法痕跡から復元できると思いますよっ!」
「え、そんなことできるの!?」
「はいっ、魔法の処理はあたしに全部任せてください!」
ミナは僕から受け取った資料書を抱きしめて言った。
前言撤回。この子、有能です。ついでにかわいいです。
しかも僕が苦手な魔法をカバーしてくれるとは。本人がどこから聞いたか知らないが、たぶんあの皮肉屋ヴィランだな。
でも正直助かるうっ……。
「じゃあ、決まりですねっ! 次は聖封印庫の調査です! 片付けできたらこのまんま出発ですっ!」
「……いや、ちょっと待って、いきなり王城の地下に!?」
「だいじょうぶです! ミナに任せてください!」
「……えっ、大丈夫なの? 本当に?」
――今日のことは次会う時にでも、ヴィランたちに自慢しちゃお。
かくして、超絶キュートな僕の補佐が現れたのだった。




