47. 王城での仕掛け
今日やることは決まってる。
「レオンくん」
「はい」
「怖くないの」
「何が」
「私のような……国のヴィラン族代表とも言える者を連れて、王城に書類を出しに行くことだよ」
一瞬考えた。
「ぜんぜん。ゼオスさんこそ百戦錬磨でしょうから、平気でしょ」
「……」
堅物天然ボスが何か言いたそうな顔してる。でも言わない。
まさかコワイの? 意外と可愛いんだね、なんちゃって。
ゼオスさんが隣を歩いている。僕たち二人の足音が、揃っているようで少しだけズレている。
衛兵に資格証を見せて通してもらった。王城の法務局は、正門をくぐって右に折れた先にある。
監査院に行こうとも一瞬考えたけれど……この前の罠でグルになってたから、どこも同じだと分かった。だったら牽制がてら直接行った方が良いかもと思ってさ。
廊下、長いな。
石造りの壁に採光用の細い窓が並んでいて、光が等間隔に床を切っている。
歩きながら、ひとつだけ考えていることがあった。
ミナは自身の裁判を望んでいるとしたら、まだ計算の全貌は僕にはわからない。
……まあ、今日やることはやる。
法務登録の窓口には、担当の官吏が一人いた。
僕たちは書類を提示した。
ゼオスさんの保護相手であるミナの裁判で、
僕の弁護人としての登録を同時に済ませる書類だ。
「ふむ」
官吏の人が目を通した。それから表情を変えずに言った。
「……この案件には公安管理指定が付いています。弁護人登録をするにあたって、上級の資格が必要です」
ゼオスさんの顔色が変わった。
「そ、そうなのかい? それって、貴族のみがもつ資格だったよね……?」
「見せてください」
僕はその指定書を受け取った。一箇所だけ確認する。署名欄だ。
「……『王太子特権による代理公安指定・法務担当書記:エルド』。なるほど」
「はい、王子殿下の代理権限を用いて即時発行された指定書、です」
官吏が口を止めた。少しだけ間があった。
……さすがは頭のいい英雄族攻略対象エルド書記。アレクシス王子の権限を使ったってことね。
でも、法律ってのはパズルなんだよ。
言っていい。論点は合ってる。
息を吸った。
「ええ、代理申請自体は完璧です。ですが……公安管理指定の申請権限は、検察局長以上に限られています。英雄族法、第十四条の三。王太子の代理であっても、書記職にはその権限がない」
書類をぱっと卓上に返した。
「つまりこの指定は『無効』。
だから、最後保護者の同意さえあれば、弁護人登録は通りますねぇー」
にっこりした僕に官吏が青くなった。
たしかに、エルド書記は完璧な書類を作った。でも、僕らは王太子権限の穴なんて突けるんだ。
「……確認します」
そう言って、窓口の奥に引っ込んだ。
「今の、合ってるの?」
隣で小声で聞いてきたゼオスさんを見上げた。
「合ってます。第十四条の三、昨日確認しました」
「いつ?」
「昨日。あはは、たまたまですかね?」
ゼオスさんが黙った。
待合の椅子には、どちらも座らなかった。
壁際に長椅子がひとつ。天井が高い。奥からかすかに、羽ペンが紙を走る音がした。
心配してる沈黙でもある。ゼオスさんってほんとそういう人。
官吏が戻ってきた。無言で、登録書類を出した。サインする。それだけだ。
「よっし。行きましょうっ」
廊下に出てから、ゼオスさんが小さな声で言った。
「……君がいなければ、私はとっくに諦めていたよ」
振り返ろうとしたけど、でもゼオスさんはもう歩き出していた。
あなたがいてくれるから、ここまで来られたのに。
廊下の窓から、正午に近い光が落ちていた。朝に来た時より、影が短くなっていた。
無事ミナの弁護登録を終えた時だった。
角の向こうから人が来た。
銀の短髪。長身。書類を手に持ったまま廊下を歩いていて、こちらを見た瞬間に目が止まった。
「おっ」
さっきの指定書に署名してた、エルドだあ!! 書類を数枚、片手にまとめて持ったまま廊下を歩いてる。足音がほとんどしない……ッ。
あの権限外の署名、いけると思ってこちらを舐めていたのか? ……まあ、どれにしても。
エルドの視線はこちらへ向いたまま、歩調は変わらなかった。
そして感情の動きが外に出ない顔で、すれ違いざまにぽそりと言ってきた。
「……あなたは」
声が、低かった。
「いつまで続けるつもりなんです」
でも怒っていない。脅してもいない。だけど硬くて冷えている声。
僕が続けているのが何かを、エルドは言及していない。
だけど、なんとなくわかる気がするんだ。
思わず半歩、踏み出した。
「えーと、あの!」
振り向いて、大きめの声で呼びかけるように言った。
「僕、やめないですよっ」
エルドの足が一歩分だけ止まった。
それからまた歩き出した。振り返らなかった。
廊下の先まで、光の線がまっすぐ伸びていた。
うーん……何かを処理している感じの沈黙だと思うのは気のせいだろうか?
しかし、エルドは何も言わずに歩き去った。
「あの方は、裁判のときにいた英雄族の方か……レオンくん、知り合いなの?」
廊下の先でゼオスさんが僕に聞いた。
「今日初めて話しました」
「……そう」
それにしても、エルドに抜け道を突破したことが即伝わったのか。
あの官吏、すぐ引っ込んだけど早速エルドに報告していたんだなあ。報・連・相、大事だもんねぇ。
正門を出ると、風があった。石畳の継ぎ目から、草が一本、細く伸びていた。
帰り道を二人で歩き続けた。
「……本当に、第十四条の三を昨日確認していたのか」
ゼオスさんがもう一度聞いた。
「はい。あと第七条の二と、第二十条も」
「……三つも」
「いやもっと。十以上は」
「……」
ゼオスさんが一瞬だけ立ち止まり、また歩き出した。
「え、なんで黙るんですか」
「……黙るしかないでしょ。ぽかんとしちゃうよ……」
このボス、ため息ついてる。なんで呆れ気味なのか。
少し首をかしげた。
「そういうもんなんですか……」
「君はすごいんだよ、君が思うより」
「ええ、嬉しい」
◆◇◆
アジトの客室の机の上にある二枚の書類を、僕はじっと見ていた。
家を出てから二日経つ。またも弟たちには家の見張り番をさせてしまってる……。今度はゼオスさんの使いに「ごめんね」とメモ書きも渡しておいたし、シェンは僕よりひとつ年下なだけだから問題ないとは思うけど。
「ごはんは棚の上」「お風呂は順番に」「夜更かしさせないで」までこの間留守番させるときに言ったら、玄関でアランが「ごはんある?」と聞いてきたことがあったものだ。
……問題ない、たぶん……きっと……。
書類には王族不正行為への教唆。奴隷市場における不正契約の隠蔽。
二点の罪状を、頭の中で並べる。今度もたぶん崩せる。その確信はある。
でも、ミナが計算しているのは、いったい何だ。
判決じゃない、気がする。あの子が欲しいのは、勝訴でもない。
じゃあ何だ。
ペンを持ったまま、答えが来ない。
守ることと、分かることは——
ちがう……、
「うわあ調子こいたのに、ちんぷんかんぷんな僕カッコ悪い!!!」
がばっと頭を抱えた。
……いやでも明日は来る。
ペンを持ち直した。でもまた、止まった。
耳の奥で、キンと耳鳴りが鳴り始めた。
――しんとした法律事務所。
倒れる直前まで、判例をめくり続けていた夜の記憶。ただひたすらに寒かった。
でも、そんな僕を止めてくれた一人の男がいたなぁ。
だけど孤独なのは変わらない。だってあの同僚、出現回数少なかったんだよぉ。
事務所は同じなのになかなかタイミングが合わないどころか、普段はなぜか僕のことを避けてる動きをしてた。
なのに、こっちが一人っきりの時には現れるんだ。
まるで、僕の孤独なタイミングを謀ったみたいに。
でもそんなことを抜きにしてあの人は優しかった。
あの人みたいになりたいな、本当に。今もそう思ってしまうんだ。
……あーだめだめ、今は感傷に浸ってる場合じゃないから。
僕がここで止まればみんな傷つく。――ミナだって、そうかもしれないじゃん。
休んでる暇なんてない。
背筋を伸ばして、前のめりにもう一度ペンを握り込む。しかし書類の文字が二重にぼやけて、まともに読めない。
その時。
「……」
扉が少し開いていた。
「カイ!?」
隙間からこちらを見ている怠け者ヴィランは、背をドア枠にもたれかけている。
廊下の灯りを背に、顔が少し逆光だ。珍しく腕は組んでいない。
瞳がまっすぐにこちらを向いていた。カイの虹彩は灰色なのに、なんでこんなに透き通っているんだろう。不思議ぃ。
またしても夜のカイだ。やばい興奮してきた。
…………さっきまで哲学してた人間とは思えない。我ながら。
「あの。ご、ご用件は」
目の前の色男は一度だけため息を吐いた。
「……おまえさ」
なんの断りもなく部屋に入ってくる。しかも当たり前の顔をしている。そういうヒトだよ、カイって。それがいいの。
書類の山を一瞥する。また、こちらを見た。
「見てられない」
それだけ言ってカイはがしっと僕の手首をつかんだ。
「え」
力強い手に引っ張られる。
指の根元に薄い豆だこがある。剣を握ってきた手だ。でも手首を掴む力の加減は思ったより、乱暴じゃなかった。
立ち上がるしかない。
「ちょっ、どうしたんです――」
「いいから」
「書類が」
「置いてけ」
下準備が、机の上に残っていく。惜しい、惜しいよ……
そのままドアが開かれ、廊下を歩く。カイの後れ毛が歩くたびに揺れていた。
「いったいどこに????」
「……うるさい」
いやだからどこに。
でもちょっとだけ、胸が高鳴るのはなぜ。




