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46. 全部聞こえてますよ?

レオン視点に戻ります!

 僕はハンディング帽を被り直して、借りた条文の写しを立ったまま読んだ。

 さらさらと手帳にメモを入れる。


「英雄族法、十四条。

 公安管理指定の申請権限は、検察局長以上に限られるっと。

 えっと、次はあ〜……」


 法務院の廊下は、昼でも暗い。

 壁に沿って並んだ棚に書類が隙間なく詰まってる。


 僕は顎に手を当てた。

 ウィリアムの冤罪トリックを設計したのは、ホントに誰だろう。

 もし僕が相手の立場で、目障りな弁護士を次の盤面から排除したいと思ったら、どうする?

 物理的に消すのはリスクが高い。なら、一番手っ取り早いのは法的に身動きを取れなくすることだ。


 平民には手が出せない特権の壁を作るのが定石。


「たとえば……関わる事件そのものに『公安管理指定』のような、高い機密ランクの蓋を被せるとか、ね」


 でも、いけそうだと思ったことほど意外な落とし穴が存在する。


「反復しよう。第十四条の三……」


 僕は手帳に引いた赤い線の横に、小さく対策を書いた。


 司書さんが一度だけこちらを見て、また書物に目を戻した。あ、声に出ちゃってた。


 申し訳なく思って、そそくさと廊下の隅に移った。窓のない壁に背を預けて、手帳を繰る。


 念のため確認しておきたい。第十四条の三、第七条の二、第二十条。



 用事が終わり、鞄の持ち手を直しながら僕は法務院を出た。


 あー予想以上に骨が折れた。目はしょぼしょぼするし、指先はインクで汚れ、肩はパンパンに凝り固まってる。


「んーっ!」



 伸びをしてから、僕は街を歩く。

 

 たどり着いた広場は昼を過ぎても人が多い。水の音がまず耳に届く。露天商の声、荷車の音、子どもが走っていく足音――

 その向こうで、噴水の縁に腰かけている人間が一人いた。


「アヅミだーっ」


 僕は小走りで駆け寄った。


「遅いっ」

「ええ、そう? 君が早いんでしょーもー」


 近づいてから、気づいた。

 アヅミは噴水の縁に腰かけて、両手を膝の上に置いていた。いつもなら体の前で組んでいるか、どこかを触っているか――じっとしていない人なのに、今日は手が止まっている。

 僕が来るのを待ちながら、どう言おうかを考えていた。そういう静けさじゃないのか。

 僕はそっと隣に座る。


 アヅミはもごもごと言った。


「……話が、ある」


 声のトーンが変わったな?


 噴水のそばに来たのに、水音だけがしばらく僕らの間を流れた。

 アヅミが手の中のものをこちらに差し出した。それはぴったりと手のひらに収まる、見たことのない形の魔道具だった。


「ライラさんから届いた。……使い方は最初、分からなかったけど」


 一拍置いて。


「聞いたんだ。英雄族の会話」


 広場の向こうで子どもが端を走っていく。

 水音が、間を埋めた。


「…へぇ……ありがとう。教えてくれて」


 僕はあっけらかんと言った。


「なんでありがとうなんだよ」


 声が、少しだけ跳ね上がっていた。


「自分は聞いただけで……」


 そのままアヅミは下を向く。


「君が聞いてきてくれたから、分かることだってあるかもよ」


「むう〜……」


 アヅミが地面を向いた。靴先が石畳の目地に沿って置かれていた。わずかにつま先が内側に向いていた。


「……お前、色々仕掛けてきやがるあいつらに、怒らないのか?」


 うーん。平然としているように見えるのか。

 僕は少し間を置いた。


「怒ってるよ、ちゃんと」

「え、」


「声に出さないだけで」


 アヅミが顔を上げて、僕の顔を見た。何も言わなかった。代わりにぎゅっと、手を握ってきた。


「……落ち込んだら言うんだぞ!?」

「うん」


 離した瞬間、僕の手を握っていたことに気づいたのだろうか、表情に出た。


「――っ!! 自分なんで……!?!?」


 耳まで赤くなっている。


「君が握ったんだよ」

「分かってる! 言わなくていい!! うるさい!!」


 アヅミがものすごい勢いで自分のこぶしを胸に押しつけた。


「……笑うな」

「笑ってない」


「絶対笑ってる!!!」


 全力で顔を逸らした。しかし、そんな僕をチラチラと見る赤髪ヴィランの耳の赤さが収まる気配がない……。



 そして、先に立ち上がったアヅミは歩き出した。半歩前を行く背中が、少しだけ肩を張っている。


「……っ、まずライラさん呼ぶか。この道具、どう再生するかくらい分かるだろ」


 言いながら魔法石を取り出した。




 路地の角に着いた時、ライラさんはもうそこにいた。


「早いですね」


「なんとなく、ね」


 僕が言うと、ライラさんが壁を離れた。外套をゆるく羽織って、腕を組んで壁に背を預けている。こちらが来るのを待っていたというより、最初からここにいたような佇まいだ。


 ライラさんはアヅミから魔道具を受け取り、ひっくり返して確認する。


「……うん、録れてる」

「ほんとか!?」


「おぉ〜」


 アヅミに続いて、僕も声を上げた。


「音だけだけど。壁が厚かったから、聞き取れないところもあるかも」


 ライラさん、最初からこの可能性を考えて仕込んでたのか。……食えない人っ。でも頼りになるな。さすがだあ。


 これで手が一枚入った。

 どんなに小さくても、何かを持って行く方が何も持たないより強い。法廷はそういう場所だ。


「じゃーこれ、アジトに行って全員で聞きましょうか」


 僕は前のめりで言った。



 ◆◇◆



 アジトに灯りがついた時、外はもう夕方だった。縦長の窓から橙色の光が差し込んで、石の壁が温かく見えた。実際はそんなことないのに。


 ゼオスさんだけは昼前から外出していて、まだ戻っていなかった。


 カイもいない……。

 「どこ?」とライラさんに聞いたら、「さあ」と一言だけ返ってきた。

 聞いた僕が悪いな。この人に居場所を把握されたくない人間の筆頭がカイだと思う。不仲だ……。


 そして、ウィリアムが合流した。


「何があったんです?」


「とにもかくにもこれ、聞いてくださいよ」


 ウィリアムにアヅミが返す。


 ライラさんが全員の顔を一度だけ見渡してから、魔道具を卓上に置いた。

 スイッチを押す。

 雑音が走って、音が始まった。

 石壁越しに吸われた部分がある。音が切れる箇所も。だけど――



『――市場管理の上書きは、王家印がないと動かない。あの検察官は見落としていましたね』


『――次の段階に入るってことで……』


『あのミナは、保険として使うことになったんですよねぇ、殿下?』


 聞き終わって、誰も口を開かない。


 ウィリアムが眼鏡を押し上げた。

 窓の外が暗くなり始めていた。橙色だった光が、少しずつ青に変わっていく。

 ライラさんは窓の外を見ていた。アヅミが拳を、太ももの上でゆっくり握った。


 灯りが揺れた。


 最初に口を開いたのは、アヅミだった。


「……保険、って」


 声が低かった。問うているのか確認しているのか、本人にもまだ分からなさそうな声だ。


「どういう意味だ……」


 ウィリアムはすぐには答えなかった。

 テーブルの端を指先でそっと押さえてから、静かに言った。


「……使われる、ということです。我々を動かすための駒にするか。あるいは、俺のときと同じくミナを逮捕させて、良いように罪を着せるか。たぶん、どちらかだと思います」


 声は揺れていない。動揺しないように気を配っているのだろう。


 ライラさんが窓の外から視線を戻した。

 アヅミが僕を見た。


「じゃあどうすんだよ。手をこまねいてるだけか」


「手はこまねかない。今夜できることを、今夜やる。それだけです」


 僕は言った。


「……何する気ですか」


 ウィリアムが聞いた。


「法的な壁が来ることは分かってます。だから先に崩しておく。そのための、準備をしますっ」


 アヅミが拳をゆっくり解いた。


「……分かった」


 短く言った。

 ライラさんが小さく息を吐く。ウィリアムが眼鏡を押し上げた。今度はいつもの速さで。

 外で風が鳴った。



 僕はアジトの客室で、書類を開いた。


 公安管理指定に関する条文、弁護人資格の継続規則――認識している範囲で穴がないか、


 もう一度確かめる。


 特に第十四条の三。

 今日の法務院で確認した内容が手帳に入っている。


 これを利用するのに必要な論点を、頭の中で三回転させる。外で風が鳴った。筆の音だけが続いた。

 目が覚めた時、僕はテーブルの上に伏せていた。


「うわあ、書類が枕に!?」


 やっちゃったよ。とほほ。


 体を起こすと、窓から朝の光が目に入った。


 事前に弟たちに「僕が仕事で帰らなかったらよろしく!」と言っておいたけど……まさか実現するなんて、兄としてどうなのか……。


 とりあえず鞄を持ち上げた。急いで帰ろう。


 と、その時扉が開いた。


「……レオンくん」


「ゼオスさん!?」


 なんだなんだ。

 ゼオスさんは外套を着たままだった。顔が、いつもと少し違った。


「……ミナちゃんが、逮捕された……」


 声が平らだった。

 てか、ミナが逮捕!?


「ゼオスさんっ」


「私は、昨日から商業地区に出ていた。

 ウィリアムくんの無罪判決後に残っていた書類関係で、事務係の連絡先を何軒か回っていてね。

 ……夜明け直前に、市の記録局の担当者から急報が届いた」



 ゼオスさんが外套の留め具を外しながら話す。手の動きが丁寧だ。


「ミナちゃんは夜明けに商業地区の東門付近で逮捕された。……令状は既に出来上がっていた。担当者が言うには、署名の日付が六日前だったそうだ」


 六日前。


 つまり昨日、録音を聞いたあの時間には、令状はもう完成していたことになる。


 ゼオスさんが椅子に腰を下ろした。背もたれに体を預けて、目を少しだけ伏せた。


「私は何もできなかった……それが悔やまれるよ」


「いやいや。あなたのせいじゃないです」


 僕は言った。

 ゼオスさんが小さく頷いた。同意しているのか、受け取ったのか、それだけでは分からない。


 えーっと?

 ゼオスさんによると、罪状が二点。

 王族不正行為への教唆。奴隷市場における不正契約の隠蔽。



 へええ。



 僕は首をかしげて書類を机に戻した。


 その時。


「……―――これ、ミナの計算通りだと思うんです」


 背後から声がした。振り返ると、ウィリアムが扉の枠に手をついて立っていた。


「え? ウィリアムさん」


「あの子は、馬鹿じゃない」


 声がいっそう低い。


「自分が捕まることで、何か引き出そうとしてる。そういう設計に見えます」


 ウィリアムは眼鏡を押し上げて、ため息をついた。


 ……もうさ。


「僕のかわいいミナは、どこいったぁ!!」




「――レオンそういうとこ良くないぞっ」

「そうだよ。ミナちゃんもいつまでも演じられないからさ」


 アヅミとライラさんも入ってきていた。

 いつの間に??


「え??? 僕のミナがあざとかったってこと? はは、まさか――」


「ミナが天然だと思ってたんですか。レオンさんの補佐やってる時に振舞ってたあれ、普通に養殖ですよ」


 ウィリアムはやれやれと頭を振って言った。


「ええええええええ!!!!」


 そんなああ。

 つ、つまり……。


 僕は顎に手を当て頭を巡らせる。


 ……ミナはある程度、いやかなり算術ができるみたいだね。

 それで君は、自分が捕まることを計算式に入れたんだ。



 少女が巡らせているだろう設計図を思い浮かべた。


 自分が捕まり、裁判が始まること。

 全部、頭に入っていて、なにか計算をしている。


 ……でも一つだけ。


 たぶんあの子の計算式に入っていないことがある、かもしれない。いやまだわからんけど。……信じよう。



「―――じゃ、行きましょうかあ!」


 僕は視線を戻した。



「え、ちょっと待って!? どこ行くって?」


 アヅミが飛び上がった。


 ウィリアムとライラさんが顔を見合わせて、小さく笑った。



「ゼオスさん。これから、僕と王城に同行していただけますか」


「いいけど、なんで…?」


 ゼオスさんは目を丸くした。


「僕、あの子の弁護をします。なにか向こうが謀っていようが、関係ない……。

 そのためには、弁護士契約を結ばないと。

―――先に法的な壁だけ外しておくために、()()()にも来て欲しいんですっ!」


 そう笑いながら言って、僕は鞄を持った。


 ミナ……君の計算、堂々と外させてやるよ。


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