43. 家族にご挨拶!?
台所にお茶を足しに行こうとしたら、廊下にアヅミとウィリアムが立っていた。
え、なんで全員いるの。
「い、いや! ライラさんを尾行したわけじゃなくて!」
アヅミが言いながら、明らかに尾行してきたことがバレている顔をしている。ウィリアムが「ライラくんが不審な動きをしていましたので」とカイとまったく同じことをカイより丁寧に言った。
同じ理由で二人も来てたんですか。
結果として、僕の家のリビングにヴィラン四人が全員揃っていた。
リビングの壁際には継ぎ当てのある椅子が並んでいて、テーブルの脚の一本は少し短い。それでも、母が拭き続けているのが分かるくらい、天板だけが綺麗に光っていた。
「……ほかの弟たちは?」
カイが一瞥するように部屋を見渡したのが分かった。人数が足りない、ということに気づいたらしい。
「教会に行ってるよ。週に四日、修道士のエドガー先生に字と算術を教えてもらうんだ」
僕は答えた。
この世界では、学校に通える子どもはそう多くない。でも教会が無償で教えてくれる日がある。
それを知ったのは、ヴィランのアジトに出入りするようになってから、ゼオスさんが教えてくれたことだった。英雄族の子でも、ヴィランの子でも、来た者には教える――それが、この王都でエドガー先生の教会だけが続けている習慣らしい。
「……そういうのがあったのか」
アヅミが小声で言った。誰に向けたわけでもない声だった。
「今日は夕方ごろに帰ってくるよ」
アランがアヅミのカップにお茶を注ぎながら、当然のように言った。
遠慮がない。むしろ嬉しそうだ。
「みんな、レオンにいちゃんのお友達だよね!」
四人が一瞬だけ固まった。
アランがカイを見上げた。
「ねえねえ、にいちゃんのこと、好き?」
弟特有の、悪意のない直球だった。
カイは無言で視線を逸らした。ライラさんが少しだけ笑った。アヅミが「ぶっ」と吹き出しかけて口を押さえた。ウィリアムが眼鏡を押し上げた。
全員の反応が、それぞれ違った。
アランはきょとんとしている。
「なんで誰も答えないの」
台所の方から、母の声がした。
「レオン、お客さんが来たのに言ってくれれば……」
体調がいい日だったことが分かる声だ。
アヅミが台所の方向に目を向けた。ウィリアムも向いた。
母が台所から顔を出した時、二人の表情が少しだけ変わった。
「あ、えっと……お邪魔してます」
アヅミが珍しく神妙な顔になった。ウィリアムが「突然の訪問をお許しください」と丁寧に頭を下げた。
母が「まあ、レオンの友達ね」と笑う。
「……体調、大丈夫ですか」
アヅミが小さく言った。聞こえるか聞こえないかの声量だ。でも母には届いた。
「あら、気遣ってくれてありがとう」
「いや、そういうんじゃ……」
アヅミが小声で言いながら耳まで赤くなった。
ウィリアムは静かに台所を見回して、何も言わずに棚の前に立った。食材の位置を確認している。それからレオンに、ほんの小さな声で聞いた。
「俺から何か言いましょうか」
「え?」
僕が反応する間に、ウィリアムがもう母に向かって「何かお手伝いすることがあれば」と静かに言っていた。
ウィリアムは、こういう人だ。言葉じゃなくて、動く。
それが分かってから、なぜか喉の奥が詰まる感じがした。
全員がリビングに落ち着いた頃、弟たちはそれぞれの用事に戻っていた。ヴィランたちと僕が輪になって、会話が一段落した静かな間が生まれた。
僕はそっと、ライラさんの横顔を見た。前髪で隠れている目のほうだ。
「ライラさん、隠れている目って」
ライラさんが僕の方を向いた。振り向く速度が、少しだけ早い。
「――なに?」
聞き返す声は穏やかだ。「どんな色なんですか」と聞こうとした言葉が、引っ込んだ。
ライラさんが前髪をゆっくりと指で払う。しかし隠れている目が見えるほどは払わない。ほんの少し、毛先を動かすだけ。
「教えてほしいなら……そのうち、ね」
微笑んでいる。その笑みがからかいなのか、本気なのか僕には分からない。
ライラさんはヴィラン族の妾と、英雄族の貴族の間に生まれた子どもだ。攻略ルートの過去回想で明かされるのだ。不義の子として、どちらの家にも居場所がなかった――と。あの片目が何色なのかは、ゲームでも、ついに明かされなかった。だから僕も知らない。
これ、ほんとに転生者チートだよな……。
リビングに差し込む夕方の光が、ライラさんの横顔の輪郭だけを柔らかく縁取っていた。
『そのうち』という言葉の重さが、どこかに落ちないまま、ただ空気の中に溶けていく感じがした。
僕には『そのうち』を待つ時間があるのかな、と一瞬だけ思った。思考の意味が分からないまま、僕は視線を窓の外に逃がした。
会話が続いている。アヅミが何かに突っ込んで、カイが「うるさい」と言っている。ウィリアムが呆れた顔でお茶を飲んでいる。アランが端から全部面白そうに見ている。
僕はその場の全部を、一秒だけ眺めた。
疲れていた。でも、ここに全員がいる。それだけで、少しこのまま時間が止まればいいと、思いかけた。
「そいえば、レオン」
ライラさんが割り込んだ。
「さっき俺たち、お母さんに挨拶終わったから。だからこの中で誰でも」
「言わないでください」
アヅミが間髪を入れずライラさんをどついた。
いやなんのこと!?!?
「僕の、知らない間に、なにか進んで……?」
カイは無言だ。ウィリアムが眼鏡を押し上げてから笑った。
「ふっ。レオンさんは知らなくていいんですよ?」
何か、寒気がする……。




