表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/50

41. 勝負後の夜風ってさむいんだよ

 その後、僕は判決書や物的証拠の整理など一通りの仕事を終えて、裁判所を出た。


 ほっと、息を吐いたら白くなった。


 法廷の熱気が体にまだ残っているうちは気づかなかったけれど――広場を歩く人々の声が、いつもより低いな。


「認証鍵は王家と宰相くらいしか持てんだろう」


「だとしたら、いったい誰が……」


 声を潜めた会話が、すれ違う度にちらりと耳に入ってくる。裁判前から漂っていた不穏さが、今日の判決で形を持ち始めた感じがした。


 僕は少し足を止めて、広場の遠い方を眺めた。


 外の空気はずいぶん冷えている。もうあたり一面が真っ暗で、星がじんわりと輝いている。裁判所近くの広場には、仕事終わりの人々がちらほら行き交っていた。


 とりあえずは勝訴した。

 そう頭の中で繰り返すと、ウィリアムが顔を隠した、あの一瞬が脳裏に浮かんだ。


「……はは」


 声に出したら、また息が白くなった。


 革鞄を肩に掛け直して、石畳の上に立ったまま建物を振り返る。荘厳な扉の向こうで、まだ傍聴席の騒ぎが収まっていないんだろうな。あの熱気の中にはもう少し戻りたくなかった。


 外は、静かだ。



 風が一度だけ吹いて、前髪が揺れた。寒い、と思った瞬間――


「ちょっと待て! 置いてくな、レオン!」


 アヅミの慌ただしい声が後ろから聞こえた。


「無断で先に出てる!!」


「ご、ごめんよ」


 振り返ると、多忙なため先に帰ったゼオスさん除く、ヴィラン四人が裁判所の扉から出てくるところだった。

 あ、僕の仕事が終わるまで中で待機してくれてたのね。こりゃ申し訳ないことをした。

 アヅミが小走りで追いつき、その後ろからライラさんが悠然と歩いてきて、ウィリアムが眼鏡を押し上げながらついてくる。カイが最後で、特に急いでもいない歩き方だった。


 全員が外に出た。


 全員が、ほぼ同時に止まった。


 そして、ほぼ同時に僕を見た。


「……寒そうだな」


 カイが最初に言った。


「寒そう」


 ライラさんが続いた。


「末端から体温が奪われていますね」


 ウイリアムが最後に言った。


 僕が「そう、かな」と言いかけた瞬間だった。


 するり、と肩に重みが乗った。

 ライラさんが何も言わずに、自分のコートを僕の肩にかけてくれていた。


「え、ライラさん」


 振り向いた瞬間、反対側から手袋が突っ込んできた。


「手、冷たいだろっ! ほらっ、これっ!」


 アヅミが片手に手袋を持って、力ずくではめようとしてくる。


「あっ、あっ、ちょ、アヅミ」


「じっとしろ! 逃げんな!」

「逃げてない!」


 もぞもぞと手袋と格闘していると、ウィリアムが書類を脇に抱えたまま歩いてきて、「失礼」と言いながら僕の手に何かをすっと押しつけた。


「この冷え込みでは体温が奪われますよ。適切な対処ってわかります?」


 皮肉気味に言われたが、やってることは別だ。

 手のひらの上にある小さな丸い魔道具が、じんわり温かい。


 ライラさんのコートが肩にある。アヅミさんが手袋をはめようとしている。ウィリアムがカイロを持たせてくれた。


 三方向から同時に囲まれて、僕は身動きが全くとれない状態になっていた。


「あれ」


 ふと気づく。


「カイさんどうしたの?」


 少し離れた位置で、カイだけが全員の様子を眺めていた。腕は組んでいない。ただ立ってる。表情が読めない……。


 カイが間を置いて、それから無言で近づいてきた。


 ぽん、と。


 肩に片手が乗った。

 重い手のひらの体温が、コートの上からでも伝わってくる。


「……あったかい~……」


 思考より先に口が動いた。このヴィラン体温高いのかな……?


 するとカイが微妙な顔をした。


「あっそ」


 小声でそれだけ言って、手を離した。

 ……なんで、離したんだろう。疑問が来た時には、もうカイはそっぽを向いていた。

 推しは、こういう時、なんで離すんだろう。せっかく手も乗ってて暖かかったのに! 純粋に疑問であるな。


 その時。


「……弁護士サマと、幹部の人たちだー」


 グルムが扉を開けて、外に出てきた。


「お、グルムさんじゃないですか」


 僕は手を振る。


「……弁護士サマ気づいてるか? 奪い合いになってるけど」


 グルムは呆れたように額を掻いた。


「えっ? 何が?」


『おい』

 全員が口を揃えて言った。


 奪い合い。

 何のだろう。


「まあ、いつか分かる」


 グルムが肩をすくめた。


 カイは鼻を鳴らして、そっぽを向く。


「べつに。気づかないほうが、楽でいい」


 誰にとって、とカイに聞こうとして、やめた。

 カイって、ああいう言い方をする時、大体それ以上説明する気がないやつだ。

 言葉で説明しないというか、できない人なんだよなぁ。そんなとこも可愛いんですけどね。さすが推し。

 ライラさんは前髪を指で払いながら、小さく息を吐いた。


「……まあ、焦ることもないか」


 アヅミは両手で顔を覆った。


「なんで気づかないんだよ!!! なんで!!!」


 ウィリアムはすっと目を細めた。


「……自覚していただく方向で、手を打ちましょう」


 ええ、僕が自覚していないこと、あったっけ? もしや次の案件に備えろ、弁護士として自覚しろってこと?


 僕は疲れ気味に目を瞬かせながら、ちらりと宴会会場の方向を見た。


 にぎやかな声が遠くから漏れてくる。頭がそちらにシフトした。


 打ち上げ、か。


 息をひとつ吐いて、正面を向いた。


「僕、すぐ帰ります」


 アヅミとライラさんがピタッと止まった。

 え、まさかこの後行くつもりだったの?


「まだ、何も終わってない。ミナのことも解決できていない。証拠の設計者も誰だか把握できていないうちは、油断しない方がいい……」


 声に出すと、思ったより冷静な声が出た。

 ヴィランたちが黙っている。

 誰かが何か言おうとした、かもしれない。でも言わなかった。


 ライラさんがほんの少しだけ眩しそうに目を細めた。アヅミが、言いかけた言葉を飲み込んだ。カイが気だるげに頭を掻いた。ウィリアムが書類を抱え直した。


 グルムが鼻を鳴らして「そうだな」とだけ言った。

 夕風がまた吹いた。


 手のひらの中の魔道具がじんわりと温かかった。


 ライラさんのコートが、風でわずかにはためいた。

 推しに借りたコートを着たまま帰るのは少し気まずいけれど、それより先にやることがある。

 起こるかもしれない次の裁判。証拠の設計者。ミナのこと。

 ――推しを、守り切るまでが仕事だ。


 ま、コートと魔道具は次会ったときに返しに行けばいいか。



 ◆◇◆



「レオン、さま」


 広場の外れにある石柱の影に、ワンピースの裾が収まっていた。


 ミナはレオンを、じっと見ていた。

 勝訴した直後に、打ち上げを断った。そうして一人で、まっすぐに前を見て。




 ねぇ、追いつめられてたんじゃないの。

 あの方はすこしも変わらない、勝っても何をしていても、たとえ窮地でも。それが、どうしようもなく―――


 このままだと、眩しいまま遠のいているだけだ。

 何かを言おうとして、口が開かなかった。


「行くよ」


 外套を被ったアレクシス王子が声をかけた。

 ミナは一度だけ広場の方を振り返って、それからかぶりを振った。


 あの方が完膚なきまでに叩きのめされれれば。

 それで初めて、この手がちゃんと届く気がする。


 ―――レオンさま、待っていて。

 あなたの可愛いミナが、あなたの光をかならず壊してあげるから。



 ほのかに、笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ