4. オールジャンルの美形が揃いました
狼の目が光りそうな夜。
馬車が英雄族の街を走っていると、通りを行く人々が僕たちをちらりと見ては、あからさまに道の端に避けていった。
前世の記憶を思い出す前は、この光景にさして違和感などなかった。――なのに、今は。
「……なんだ、これ」
思わず口をついて出た。
アヅミは窓からの視線を遮るようにロールカーテンをさっと閉めてから、肩をすくめる。
「慣れろ。自分たちが何をしたって、向こうは勝手に『危険な魔族』って思うからなー」
それを聞いたライラさんは、かすかに笑った。
「……もう怒るのもいいかなって」
その笑みはどこか切なくて、胸の奥がちくりと痛んだ。
ヴィラン族自治区ノクス領の街の中にある高い塔。それがヴィランのボスがいるアジトらしかった。
塔は黒い石でできていて、外壁を這うように青白い魔力が薄く揺らめいている。
近づくほどに空気がひんやりして、肌に細かい魔力の粒が触れるような感覚がした。
「…わぁ」
すげ。思わず声が漏れる。
ライラさんにお願いして魔法を使ってもらって、最上階の階段前に僕は転移した。アヅミはそれに自分の転移魔法で続いた。
さすがだなぁ、ライラさんもアヅミも魔法が上手い。
なんで僕自身で魔法を使わないのかって? まぁ、それは後々分かるさ……。
緊張して肩の力を極限まで入れる僕にアヅミは呆れ、ライラさんは笑った。
塔の最上階のロビーに足を踏み入れた瞬間、僕は足元から心臓までがそわそわしていた。
いや、落ち着け。深呼吸だ。冷静になろう。
「ふぅ」
だが、視界に広がるのは、絵画の中みたいに豪奢な部屋と、推しで構成された美形たち。それぞれ丸椅子に座ったり、ソファーに腰をかけていたりする。きらきらしていて眩しい。僕は美形たちの前に突っ立っていた。顔が熱くなり縮こまる。ただでさえ僕は低身長なのにさらにちっちゃくなっていることだろう。
うぅ、やっぱ心臓爆発しそう。
まず微笑んだのは、黒髪をきっちり撫でつけたグレーの瞳が特徴的な男。
ヴィランの中でも耳の尖り方が丸っこくて綺麗だ。
鋭い目元に反して、言葉は驚くほど穏やかだった。
「…初めまして。私はゼオス。ヴィラン族を束ねている。君がレオン君だね」
うおおおお堅物そうなボス!
だけど、どこか天然っぽい雰囲気がするこの人は。……『蒼き誓約』のかわいい和ませ担当じゃないかぁ!!!
その横で腕を組み、眼鏡を押し上げ笑う男がひとり。
「ははは。英雄族のお子様が、ボスの前で腰を抜かさなかっただけマシですね~」
こっちはウィリア厶。きた皮肉屋。声だけでIQが高そうだ。
僕は即座に内心で毒舌眼鏡属性のフォルダを作った。ありがとう、神様。この世界に生まれてよかった。
「……あの、それじゃあ僕も自己紹介していいですかね」
僕は気を取り直してヴィランたちに向き直る。
「構わない。だが、まずは見せてくれ」
ゼオスさんがにこにこして顎をしゃくった。
「君の魔法の腕前をね」
…はい?
僕は焦ってたじたじとする。
「えっ、と、……魔法………ですかあ〜」
汗がだらっと流れた。
ウィリア厶がむっとしてまたも眼鏡をクイッと押し上げる。
「まさか、使えないなんて言わないですよね?」
そう言った眼鏡の主は少し顔をそらして、「ふんっ」と鼻で笑った。待って、今の見逃さなかったから!
ぐぬぬ……ここは、見せるしかない。
「じゃっじゃあ……ちょっとだけね……!」
僕は手を前に出し、深呼吸して詠唱を始める。
「――光よ、我が手に――」
ぼんっ!!!!
爆発音。天井に黒い焦げ跡。僕は煤だらけになりごほごほと咳をする。沈黙する室内。
「……」
「……逆にすげーな」
ウィリアムは無言になり、アヅミは放心した様子だ。ライラさんはなぜか無言でぱちぱち大きな拍手をしてきた。おい。
そうだよ。もう認めます。僕は魔法が大の苦手なんです。
「……これは圧巻だ」
ゼオスさんは驚いた表情で言った。
「えっ!? 褒めてます!?」
「いや、こんなに派手に外した魔法は久しぶりに見た」
感心したとでも言いたげに、にっこりするゼオスさん。僕は笑顔が引きつった。
◆◇◆
あの後なんとか僕たちは各々自己紹介を終えた。
ウィリア厶は眼鏡を押し上げ、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「一応、忠告しておきますよ。英雄族の裁判所でヴィランに有利な判決が出た前例なんて、この十年で一件もないです」
「えっマジですかっ」
「はい。証拠がどうだろうと、最初から有罪ありきで進む茶番です。ま、それをひっくり返せるならさぞかし皆喜ぶでしょうけど」
「…では、英雄族管理下にある牢獄に我が息子がいるので。君には弁護人として会ってもらおうか」
ゼオスさんがそう言った瞬間、僕の心臓は波打った。
カイはセクシー怠け者担当。日本のオタク学生を騒がせたキャラクターだ。
「うん卒倒する準備はできてる」
「いやどういうことだよ」
アヅミにツッコまれた。
アジトを出て、僕たちは英雄族管理の牢獄にまたもや馬車で向かった。ヴィラン族のメンバーに囲まれた僕は浮かれていた。
「カイ様……ついにご本人に会えるんだねっ!」
「うるせぇ、歩きながら鼻血出すな」
アヅミに後頭部を小突かれた。うん、知ってる、出てた。もう貧血起こしそう。
牢獄の奥深く。
そこは、湿気と鉄錆の匂いに満ちていた。床は冷たく濡れ、壁には古びた鎖がかけられている。
「……うお」
不意に口にすると、アヅミが肩をすくめた。
「ヴィラン用の牢なんて、どこもこんなもんだ」
寡黙そうで目つきが悪い英雄族の衛兵が、重厚な鉄扉をゆっくりと開けてくれる。
そこにいたのは――
「……」
長い黒髪を無造作に結び、椅子に寝転んだままこちらを見もしない青年。だらけた姿勢。半開きの目。
……はい、推しです!!!
僕は目を瞑ってのけぞった。しかし慌ててすぐ姿勢を戻す。
「…お前、誰?」
目の前のヴィランは視線だけ動かして僕を見た。
僕は目を伏せてから――
胸を手で押さえて視線を真っ直ぐよこした。
「…あなたを救う弁護人です」
カイは、まぶたを少しだけ開いた。面倒くさそうに、僕を一瞥する。
「……めんどくせ」
「ぐはぁっ!!! 致命傷!」
僕は胸を押さえて叫んだ。
でもカイのそのセリフも最高なんだよ!?
カイは僕の挙動不審に動じる様子を見せない。さすがだ。
「……変なやつだな。それに俺、別に助けてほしいとか言ってない」
「知ってます。でも僕が勝手に助けます!」
牢の前で拳を握りしめる僕に、カイは頭をかく。
「……好きにしろよ」
そう言ってまた寝転がる。
――好きにしろって。つまり信頼の第一歩!?
「カイ様ぁぁぁ!」
「やめろ檻がんがんするなうるさい」
後ろでアヅミとライラさんはとうとう呆れ顔になり、ウィリアムが「バカですね~…」とぼそっと言った。
ゼオスさんだけは、ほんの少し楽しそうに笑っていた。
さてさて、この推したちのために反論するための証拠を集めなければ。
ふふ、まずは目の前の怠け者ヴィランに聞き取りだ。
――今から調査を始めよう!




