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3. あふれる鼻血

 その後、僕は自由の身になった。

 王立刑事裁判所出口にて身体を伸ばす。うーん、夕暮れがきれい!


「はぁ! 牢獄はもうこりごり! きもちー」


 爽快感マックスだ。スキップしようと軽やかに身を乗り出す。


「おい」


 低い声で後ろからいきなり声をかけられる。はえ?


 振り返ると、フードを深く被った男二人が立っていた。紫の瞳をしたほうの男が僕に声を掛けようと近づいてくる。


「ちょっと。きみに話があるんだ」


 このイケボ聞いたことある…まさか――

 二人はフードを外して正体を晒す。


「どわぁぁぁぁぁぁ!?」


 すってんころりん。

 僕は盛大に後ろに倒れ、尻餅をついた。


「だ、大丈夫かよ!?」


 短髪の深緑の瞳をしたもう一人の男が僕のほうをおずおずと覗き込む。


「怪我はない……?」


 二人共、耳が尖ったヴィランだった。

 そして、前世の僕の推し。いいか、もっかい言うよ。推しだ。

 紫の瞳で片目が髪で隠れたほうのヴィランは大転倒した僕に心配そうに手を差し伸べる。


「きみ、大丈夫……」


 つー。

 顎を触ると、血がついていた。やべっ。鼻血出た。


 僕に手を差し出したヴィランはそのまま硬直。ドン引き顔だ。


「ん゙っ」


 こらえて咳をすると、僕を立たせてくれた。

 立て直すように笑顔を取り戻すと、自己紹介を始めた。


「……俺はライラ。こっちのうるさい方はアヅミ。ヴィランだけどよろしく。きみは名前、なんていうの?」


「僕うゃレオンれしゅ」

 言えてない。


 ―――目の前にいるのは『蒼き誓約と王子の夜明け』の攻略対象たちだ。

 確か……『ライラ』は周りがこぞって噂する美形だけど、不運すぎる運命の不憫キャラだった。哀愁漂うイケメンってたまんない。『アヅミ』は強気だけど本当はメンタルよわよわのヘタレキャラだったか。思う存分からかってやりたい。

 とうとう降臨しやがった。最高。


 僕が昇天しそうになっていると、ライラさんは本題に入った。


「単刀直入に言うけど、きみにちょっと頼みたいことがあるんだ」


 頼み? イケメンが僕に何の用だ!



 ◆◇◆



 そろそろ暗くなってきている。

 王立刑事裁判所の近くにある老舗の喫茶店は、英雄族やヴィラン関係なくほどほどに客が来ていた。

 喫茶店内のテーブル席で僕は居住まいを正して座る。やばい、向かいにいる二人を直視できない。

 僕はクリームソーダをすすり、ライラさんの前には柘榴の色をしたカクテル、アヅミの前にはパッと見ジンジャーエールの炭酸水が置かれている。


「そっそれで、頼みたいことって……」


 僕は二人ををしげしげと見つめて話を促した。


「ヴィラン族のボスの息子――今捕らえられているカイという者を、助けてくれないか」


 僕は目が点になった。

 〝カイ〟って…またヴィラン攻略対象じゃん。僕は鼻血を押さえた。デジャヴッ。

 とりあえず、確認をしておこう。


「えっと、カイさんはなんで捕らえられて……」


「殺人事件の犯人だから。でも」


 ライラさんは飲んでいたカクテルをことり、と置いた。


「その罪は冤罪なんだ」


 淋しげに僕を見て告げた。するとアヅミはテーブルに置いた拳を震わせた。


「……カイ様はな。二ヶ月前に、英雄族の晩餐会にヴィラン代表で招待されたんだ。その夜の最中に、毒殺事件が起こった。それが余すことなく全部カイ様のせいにされたんだっ……不自然なくらいのでっち上げだ。カイ様は英雄族を前にしておれたちの時と同じくすごく親切にするような人なのに、貴族はカイ様の言い分なんて一ミリも聞かないんだ。ホンット、馬鹿じゃねーの……」


 どこにもやり場のないような声をアヅミは絞り出した。


「事件が起きた時真っ先にカイ様が救助に駆けつけたんだぞ。それなのに――ヴィランだからって理由だけで、証拠もろくに調べられず捕まった。貴族連中は決めつけ過ぎなんだよ。………マジで腐ってるっ……」


 ライラさんはかぶりを振って困ったように笑った。


「……だから元々期待なんてあまりしてない。でも、きみみたいな子がいるなら…少しくらいは信じてみてもいいのかなと思ってさ」


 そう言うライラさんの笑みは、どこか切なくてやさしすぎた。


「でも、英雄族であるレオン君は、大変気後れすると思うから…」


 アヅミはライラさんの言葉に頷いてから、半ば諦めたように俯く。


「そうだ……無理にとは言わな――」


「っやるに決まってる!!!!!」


 僕は立ち上がり、テーブルをどんっと叩いた。周りの客たちの視線が集まる。

 口を開き、キョトンとした目で僕を見上げる二人。


「僕にできることなら、何でもしますよっ」


 ライラさんは不思議そうに眉を寄せた。


「……きみ、ちょっと変だよ。ほんとに英雄族らしくない。なんで、見ず知らずの俺達の願いをそんなに聞いてくれようとするの?」


「大切な推しだから」


 僕は即答する。

 あれ、今僕告白しちゃった?


「あ……? オシ?」


 アヅミはテーブルに手をついて首を傾げた。こいつ何いってんの…? とでも言いたげだ。

 うわまずった。


「あーごめんなさい、わかりやすく言うとですね。貴方がたのファンなんですっ、僕。だから放ってはおけないんです……」


 ぷしゅー…と力が抜ける。恥ずかしい。

 ライラさんとアヅミは目を少し見開いてから、お互い顔を見合わせた。


「くっ」


「ぷ……ふふっ。レオン君きみ、本当に変わった子だね」


 今、笑った……!? やっぱ美形すぎだろ。


「それは良かった。ふう、ふう……」


 アヅミは若干笑いが引かないままため息を吐く。


「息切らしてんじゃねーか……落ち着け」


「はいぃっ」


「!? また鼻血出してんのかよ!? 出すなよ!!」


 アヅミは立ち上がってとんとん、と僕の肩を叩いた。


「……きみ、この後大丈夫かい」


 ライラさんはカクテルを飲み干し、にこにこして僕に聞いた。


「? はい」


「じゃ、今から行こうか」


「……? どこへ……」


「俺達の拠点――俗に言うアジトだね。きみには、ボスに会ってもらうよ」


 今から、行く? 推したち全員の元……に?



 僕の心臓が、どくんっと跳ねた。

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