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27. 少女をめぐる作戦会議。

 ガクンッと、まるで糸の切れた操り人形のように、ウィリアムが冷たい石畳の上に崩れ落ちた。


「ミナが、俺を置いていくわけが」


 アジトの敷地内にて、僕たち二人はミナが落ちた方向の庭まで降りていた。ウィリアムがどうしても確認したいと言うので、僕も一緒に降りたのだ。


 水滴がウィリアムの眼鏡を伝い、ぽとりと落ちた。


 僕はたまらず歩み寄る。

 推しの失意なんて、僕の精神衛生面上よろしくないからね!


「ウィリアムさん、落ち着いて」

「落ち着けるわけないでしょう!」

「生きてますよ」


 僕はしゃがみ込み、彼の震える背中に手を当てる。


「彼女は地面にぶつかる寸前、転移魔法を発動させました。彼女は自らの意志でどこかへ向かった。実際、ここにも血痕は一切ないでしょ? だから、生きてます」


 はっきりと口にした。


「妹の失踪なんてもう大ショックでしょうから、いくらでも泣いていい……と、言いたいところなんですけど。実際、そんな時間はありません。さあ、ミナを迎えに行く準備をしましょ!」


 僕はウィリアムの腕を引き、無理やり立たせた。ウィリアムはそれどころじゃないので、転移魔法で移動はできない。

 そのため、塔の階段を一段ずつ、二人で上がっていく。

 僕はその間、ウィリアムの肩をポンポンたたき続ける。泣きじゃくる人間を前に、僕は何度も『大丈夫』という言葉を飲み込んだ。根拠のない慰めより、事実を並べることしかできなかった。



「……レオンさん」


 ウィリアムは、きっと僕の手の震えに気づいている。


「ねぇ……覚えてます? あなたが、俺に優しいと言った日のこと」



 え? いやたしか記憶にあるけど。


「それがどうしたんです?」



「今まで言われたことがなかった言葉を、出会って間もないのに軽々と言いのけたあなたのことが……ずっと、分からなかった」



 ウィリアムは、僕の手を振り払わない。



「でも、最近になって、俺の中でようやく結論が出ました。


 あなたこそが、いちばん優しいって」



 ――ん? それ本気で言ってるのか。……ミナを引き止められなかったのに。褒められる筋合い、ないよ?


 真意を確かめるため、僕は立ち止まって横にいるヴィランを見る。

 ウィリアムは視線を一度目をそらしてから、僕に追い付くように視線を合わせてくる。ウェリントン眼鏡の向こうで、すっとした切れ長の眦がのぞいて、褐色の瞳には―――ホワイトブロンドのぱつっと切られた前髪を垂らす、僕が映った。


 気恥ずかしくなって、首をかしげてはにかんで、僕は誤魔化す。


 もしかしてこの人は、こういう理屈での渡し方しかできない僕みたいな人間に、慣れていないだけかもしれないな。


「……ウィリアムさん。皮肉はどうしたんです?」

「それがご所望ですか?」


「……いや、こんな状況で、そこまで求めないですけど。にしてもお世辞がくどいというかっ」


「ああ。こんなの普段から思っていることですよ」

「っ!?」


 横の男はなんでもなさげに言い放った。僕は二度見、三度見を抑えられない。ツンを忘れてるぞツンを。デレてる自覚がおありでない? このヒト、可愛い妹と似た方面で破壊力がすごいな……。


 居づらくて落ち着きがないまま、僕たちはしばし手すりに掴まりながら、階段を登りきった。




 ◆◇◆




 執務室の扉を開ける。キイっと音がなり、その先にはヴィランの面々がそろっていた。ゼオスさん、カイ、ライラさん、そしてアヅミ。異変に察知していたのか、みんな一斉にこちらを見やった。


 僕はウィリアムをソファーに座らせて、中央に立つ。


「……皆さんに緊急事態をお知らせします。僕の最強の補佐であるミナが、初めて家出をしました!」


「「「はあ?」」」


 アヅミの素っ頓狂な声が響く。カイは顔をしかめ、ライラさんは目を丸くした。ゼオスさんは事態の深刻さを察したのか、静かに眉を寄せている。

 僕は裁判の時と同じように、パンパン! と大きく手を叩いた。


「驚いている暇はありません! これより、ミナ奪還プロジェクトを開始しますっ! いいですか? 時間は待ってくれません!」


 僕は執務室に備え付けられた黒板の埃をはらう。それから、勝手にチョークでガシガシと陣形図を書き込む。


「まず、アヅミっ」


 艶のかかった赤髪のヴィランは、突然の状況にいささか緊張した面持ちだ。


「君は体力と直感が取り柄! アジト周辺と、ミナが消えた空間の『魔力痕跡』の追跡を頼んだっ。足を使って走り回って!」


「お、おう……ってなんで自分、パシられてんだ!」


「いいから走る! はい次、ライラさん!」


 反論するアヅミをスルーし、僕は紫の瞳を持つ美青年にビシッと指を突きつけた。


「ライラさんはその優男的美貌を活かして、街で聞き込みを! 焦らず、騒がず、ヴィランや英雄族の奥様方をメロメロにしてミナの目撃情報を根こそぎ引き出して!」


 紫の瞳が僕の指先を追ってから、口元がふっと緩んだ。


「あははっ。レオンの指示なら張り切っちゃうなぁ。合法的な範囲で、ね」

「よし完璧! 続いてゼオスさん、カイさん!」


 今度はヴィランのトップとその息子に向き直る。ゼオスさんとカイの視線が、真正面から僕に向いている。二人とも表情は違うけれど、その瞳の圧は相当なものだ。

 普通ならプレッシャーで震え上がる場面だが、今の僕は無敵モード。不思議と、怖くない。


「お二人は、裏ネットワークを総動員して、ノクス領を中心に怪しい動きを洗い出してください! 特にカイさん! いつもみたいに寝っ転がってる場合じゃありませんよ! ミナを見つけたら……ええっと、僕が特別に肩たたき券とか、差し上げますから!」


「俺をなんだと思ってんの。……ま、あいつがいないとウィリアムがめんどくせぇしな」


 やれやれと首を鳴らすカイ。ゆったりと立ち上がり、黒髪をかき上げる。

 ゼオスさんは腕を組んだまま、ふむと考え込んでいて、少し口角が上がっていた。沈黙は拒絶じゃない。この組織の頂点が真剣になってくれている!

 よし、これで役割分担は完璧だ! 僕は満足げにふんすと鼻を鳴らした。普段は組織のトップに君臨する彼らが、一介の元下級兵の指示に素直に従っている図は、控えめに言ってシュールだ。


「レオンさん」


 その時、ソファーで俯いていたウィリアムが掠れた声で僕を呼んだ。


「俺に、できることは」


 僕はチョークを置き、歩み寄る。ここからは弁護士でもファンでもなく、彼の味方として、真っ直ぐに目を見た。


「ウィリアムさん。人が心を閉ざして逃げる時、一番向かいやすい場所はどこか分かりますか? ……自分のルーツ、あるいは一番因縁のある場所です」


 僕の言葉に、ウィリアムが顎に手を当ててから、合点したように見上げてくる。


「まさか」


「はい。あなたと妹のミナが昔、奴隷として働かされていたということを、僕じつは本人の口から聞いています」


「!」


「それでまずは、あなたたちが買われたという『奴隷市場』に向かいましょうっ。グルムにも連絡するので、今回三人で!」


 でも、もし転移先がいつまで経っても分からなければ。彼女が自分の意志で、僕を拒絶したのなら―――

 そんなことは、考えない。今は砕けてもいいから、当たるくらいしか、成す術がないんだから!


 壊れるわけにはいかない。雑念を振り払って、ぐっと拳を握りしめる。


「僕と一緒に来てください!」


 ウィリアムに差し出した手が、しっかり握り返された。目の前の瞳はもう、涙がこぼれていなかった。

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