23. パパラッチとは無縁だと思ってました
「レオンにいちゃん! 起きて」
「うーん、うーぅぅぅん、僕はきみのことぉ、ほんとにほんとにほめてるのぉぉ~っ!」
「にいちゃん、打ち上げの後からもう三日経ってる! いい加減、お寝坊はだめだよぉ!」
はっ!!
僕は目をばちっと開けた。
柔らかな光が視界に入り込んだ。
木製フレームのシングルベッドにて僕はぐっと起き上がり、何か信じられない思いで辺りを見回した。
机の上には法学書、手書きのメモ、ヴィラン族に関する調査書が山積みになっている。ベッド脇の床には読みかけの本や裁判記録が積み重なり、時々崩れている。
――現実だ。ここは『僕』の自室――ほっと、ため息をついた。
そうだ。
僕はどういうわけか、同僚が勧めてくれた『蒼き誓約と王子の夜明け』という、この世界にいるんだった。
末っ子の弟アランは心配そうにベッドにいる僕を見つめた。僕を起こすために叩き続けたのか息が切れている。
「なんだ、アランかぁ」
「どうしたのにいちゃん――」
「なんでもないよぅ」
布団の上で不安そうにする末の弟をひょいと抱え上げ、床に降ろす。
キッチンからは、虚弱体質の母が野菜を刻む音が聞こえてきた。漂ってくるのは、安価なコンソメとクズ野菜を煮込んだ、スープの匂い。今日は体調が良いみたいだね。
……夢、か。よりによって、同僚が出てくるなんて。
前世の同僚。仕事バカの僕に無理やりBLゲームを勧めてきた、お節介で、それでいて、僕のことを「冷徹」だと切り捨てなかった数少ない友人。
彼のおかげで、霧がかかっていたゲームの知識が、今更ながら鮮明に蘇っていた。
いつも目立つホワイトブロンドの髪に軽く寝癖がついていたので、窓ガラスを確認しながらさっと木櫛で整える。
あくびを一つしながらダイニングの席につき、記憶を探っていく。
ゲーム『蒼き誓約と王子の夜明け』。
同僚の夢をきっかけに思い出したことを、ちゃーんと掘り起こしてみようかね。
ヴィランの罪が引き金となって、世界は種族間の戦争へと突入するはずの展開が、アレクシス王子のルートだって同僚は言っていたけど。
戦争で疲弊した人々を救うため、王子とプレイヤーが手を取り合い、ヴィラン族という「共通の敵」を討つことで結ばれる……
という、王道にして残酷な物語……。
「……待って」
僕は英雄族ルートをやっていないからわからないけど。
もし、そのヴィランの罪が「冤罪」なら。
僕、初手でそのトリガーをことごとく粉砕してない?
カイは無罪。セリーヌも潔白。
「つまり……僕が介入したせいで、王子ルートは実質的に消滅したってことも、もしかしたらあり得るのかなぁ……?」
僕はスプーンを止めて、天井を仰いだ。
本来の主人公がこの世界に存在しているとしたら、申し訳ないことをしたかもしれない。
ゲームパッケージに描かれていた金髪の麗人の冷ややかな微笑。いかにも「高慢ちきな支配者」という顔立ち………
「ま、……いいか。アレクシス王子を攻略したがる物好きなんて、僕の同僚くらいでしょぉ〜」
主に私怨で呟いてから、最後の一口のスープを飲み干して、口を布巾で拭う。
さて、これからの身の振り方を考えないと。
王都での注目度はちょっと上がっているみたいだし、これ以上目立つのは家族の安全を考えても得策じゃない。
「あ。そーいえば、ヴィランたちとの契約終了手続きもしないとっ」
このダイニングのポールハンガーにかかっている、普段使わないチェスト鞄。その底に、ゼオスさんと交わした顧問契約書があったはずだ。
事件は解決した。弁護士として契約を終了し、またも彼らが冤罪をかけられるまでは、適切な距離……つまり「影から見守るいちファン」に戻らなければならないっ!
「にいちゃーんおはよ」
「おっはよぉ!」
「はよぉ。シェン、イリク」
「今日ひさしぶりのお仕事ぉー?」
「うん、そんな感じ〜」
僕はゴソゴソと契約書を取り出しながら、寝起きの甘えてくる弟たちをいなす。
ヴィランたちと一緒にいる口実ともいえる契約をきっかり終わらせるなんて、ちょっとだけ、さみしい気がするけど……
「……サクッとアジトに乗り込んで、判をもらってこよ!」
「あじとって、いつものとこ? いってらっしゃい、にいちゃん!」
「そうだよアラン。じゃ、行ってきますっ」
善は急げだよね。心残りもあるけれど、とりあえずそんな思いは飲み込んで弁護士として全うすることにして、僕は革の鞄を肩にかけた。
――王都の記者が家の前に押し寄せていることなんて知らずに。
「出たぞ!」
「少年弁護士だ!」
後ろに下がれば玄関のドアに頭をぶつけ、横に逃げようとすれば記者の肩に阻まれる。まるで満員電車の中で一人だけ逆走しようとしているような不自由さに、僕は引き攣った笑いを浮かべるしかない。
「うわああっ」
いやなにこの人たち。ねえ、誰か説明おねがい。
一歩踏み出した足元には、すかさずノートとペンが突き出され、逃げ道を塞ぐみたいに肉の壁が構築されていく。
「レオン様! 聞かせてください、裁判に前代未聞で初勝訴した心境を!」
「逃げないで、答えてください!」
「待ってぇ! 行かないで!」
伸ばされた無数の手が、僕の衣服の裾を掴み、鞄を引っ張る。
必死すぎるでしょお、僕そんな人気者だったっけ??
「ひえぇっ……」
思わず情けない声を漏らしながら身をよじったとき、近所の人々までが窓を開ける。
「レオンちゃん、有名人だねぇ!」
呑気に手を振ってる。まじかよ。
押し寄せる記者たちの放つ熱気で、早朝の空気は一瞬で蒸せ返るような密度に変わる。汗の匂いで、酸欠になりそう……!
「いや……っ、僕ぅ……弁護しただけなんだけどぉっ!?!?」
そう叫んだ僕の声は、裏返って情けなく街の空に溶けていった。
第二章はじまりました! 多分明日にまた更新です。




