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18. とある二人の恋の行方

 その後の夜。

 盛大に打ち上げが行われていたが、僕はまだ参加せずに人気のない裁判所の中庭に向かった。

 夕暮れの光が泉の表面を揺らし、橙と金のきらめきが波紋に溶けていく。花びらは吐息みたいにゆっくりと沈んでいった。

 周囲には誰もおらず、ベンチに座っていた先客のセリーヌと立ったままの僕が向かい合う姿勢になった。

 そこで僕はぎこちなくセリーヌに聞いた。


「……あの、セリーヌ様。カイさんを守ってたことばらしちゃいました」


「………気づいてたのね。ほんとうに、いつから……」


 セリーヌの声は蚊の鳴くように小さかった。肩を落とし、ふわり、と夜風が彼女の銀髪を撫でていく。


「いつからって……今日の裁判中です」


「……はい?」


「だって、セリーヌ様の目つきが……あえてカイさんから目をそらしているような感じがして……」


「それだけ?」


「はい」


「………とんだ自信家ね」


 いや呆れないでよ。僕だって失敗した時の代償も覚悟した上だったんだから。勘違いしないでくれるう?


 でも、彼女の片思いではないのは確かだ。

 カイはセリーヌの自分への想いに気づいて顔を上げた時、彼女と超絶! 熱く! ……見つめあっていたのだから。おかげでセリーヌは冷たい仮面を取り戻すのに時間がかかったと思う。

 カイの方はきっと朴念仁なのだろう。なぜかその時も赤面せず、クールな顔つきで確認するだけかのような態度だったけれど、(のち)の吹っ切れた笑みはレアすぎて眼福だった。


 セリーヌはすこし静止したあと、視線をそらしながら聞いてきた。


「ねえ。カイのこと、あなたはどう思ってるの?」


 なんで僕の話になるの。


「……どうって……」


 一瞬何を言おうか迷い、僕は目を上下させた。この世界で以前、素直に『推しだから』とか言ったら、不思議なことに語彙が伝わらなかったしなあ……――


「依頼人として笑顔にしたいな、とは思ってますっ」


 僕はあっけらかんと言葉を濁す。セリーヌは苦笑しながら立ち上がった。


「そう。……じゃあ、泉の件より先に、わたくしがカイを守った理由。改めて、話してもいいかしら」


 水たまりに自分の顔を映すセリーヌ。そういえば昨日は少し雨が降っていたっけ。

 僕が頷くとセリーヌはゆっくりと話し出して空を仰いだ。


「わたくしは氷血令嬢を演じた。そうすれば、わたくしの周りの者も、わたくしに近づこうとはしない。だって公爵令嬢として命を狙われることがままある中、人々を信用できなくなって、そうしなければ保てなかった……でも、その仮面がカイに誤解を植え付けたのよね」


 沈黙。小さい泉に花びらが落ちる音が聞こえた気がした。セリーヌは微笑みながら続けた。


「……でも、カイは〝あの時〟と同じ瞳をしていた」


 セリーヌは小さく息を吐いた。


「泥だらけで、でも真っ直ぐで……。たぶん、あの頃から――」




 言葉が一瞬、泉の水音に溶けた。


「好きだったのよ」


 僕は静かに聞く。


「私、あの頃の自分が嫌いだった。おせっかいで、自分だけで何もできないくせに必死に笑って……。だから、レオン。あなたがわたくしを樹海庭で守ろうとした時――まるであの頃のわたくしを見ているみたいで、つい苛立ったわ」


 少し沈黙の間があり、水音だけが響く。セリーヌはこちらを向いた。


「けれどあなたの、あの時の言葉で気づいた。やっと自覚できた。……私自身の、カイへの気持ちが……ずっと抱えていた、紛れもない恋心だって」



『――― そんなのっ、僕が言う義理はありません!!!』



 僕は自分が言ったことを思い出して息を呑んだ。セリーヌは僕に背を向ける。


「わたくしが樹海庭の泉に足を運んでいた理由は……古くからヴィランの儀式が行われていた泉で、カイやその周りのヴィランの平和を願ってのことだったの。………笑ってしまうわよね。氷血令嬢がそんなことをしていたなんて」


「いや笑いませんよ。むしろ、()()します」


 僕は真顔だ。


「……」


 セリーヌは僕の言葉になぜかまた沈黙する。今度は少し長かった。


「??」


「……ハアァァ……。本当に、あなたは変な所で鈍感ね」


「へぇっ?」


 思わず間抜けな声が出た。


 こちらを睨みつけるようなジト目で、髪を一束つまんでくるくると動かすセリーヌ。呆れたような仕草にもとれる。いやなんで? なんで!?


「………わたくしこそ、あなたを応援するわ。これだけは言っておくけれど………今皆があなたに夢中なのよ。せいぜい、これから頑張って頂戴」


 セリーヌは突然、無邪気にふふふっと笑った。


「どどど、どういう…」


 僕の焦った声を遮って、セリーヌは言葉を続ける。


「わたくしがいま、そんなあなたに一番伝えたいことがある。それは―――




 あなたなら、世界を変えられる」






「! ………僕、なら………」


 まるで呪いのようにその声は泉の奥にまで沈んで、僕の胸の奥でずっと波紋を作り続けた。不思議と嫌じゃないのはなんでだろうな。




「………ありがとござますっ。そうしますっ、かならず、かならず変えて、僕がこの世界をこれから、限りなく平和に近づけてみせましょうっ!」




 僕は大きな声を上げた後、びしっと敬礼してからいつものようににこにこ笑った。僕の宣言に呼応するかのように、水面がざざっと波打った。セリーヌが呆れた顔をしているけれど、そこには安堵も混ざってる気がするな。


「……ふふ、これならカイもあなたに任せられるわ――」


 セリーヌは切なげに笑った。

 んええ?


「なんて言いました?」


 セリーヌはなんでもない、とでも言いたげに首を振る。


 そんな時。



「おーーぃ!」


 ドタドタと乱れた足音が中庭を揺らす。静寂を木っ端微塵にぶち壊すような、けたたましい足音。 


「うおっ?」


 驚いて声を上げると、振り返る間もなくアヅミの赤い髪が視界の端から飛び込んできた。まさかの乱入だ。絶対酔ってるな………ムードもへったくれもありゃしない!


「ぐはっっ」


 アヅミは足もとの花びらを散らしながら、ずんっと僕に構わず突進してきた。ワインの香りと、アヅミ特有の陽だまりみたいな匂いが混ざり合ったこの香り………これは役得だぁ…………っじゃなくて!!


「いや重い! 重いってアヅミ」


 筋肉質な身体が全体重をかけてのしかかってきて、僕のただでさえ貧弱な背骨がミシミシと悲鳴を上げている。


「おーい、レオンぅ! 宴お前参加しねぇのぉ!?」


「しょうがないなぁ………もう! 今行くよっ!」


 ほんとにもう。アヅミは酔った時、手がつけらんないな。僕は頭をかいてため息を付いた。それも可愛いけどさ!



「あと、カイ様が呼んでるぅぅ…」


 アヅミはふにゃふにゃと笑いながら言った。


「なんだってぇ!」


 僕はひゅんっと飛び上がった。


 推しに呼ばれてしまった! カイが僕を呼ぶなんて何があった!?


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