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16. 切り札使っちゃお!

 僕は中央に進み出た。


 異議ありとこの口で言ったのなら、責任をとってすべてをひっくり返そうか。

 一呼吸置いてから口を開く。


「まず。

 被害者のグラス底面に、セリーヌ様の指紋が残っていたという点ですが、底面に本人の指紋が残るのは、毒を盛るにしても不自然ですね。

 本来底面に指紋が付着するのなら、持ち手にも指紋が残るはずです。

 つまり――あの指紋は事前に採取したものが転写された、下手な細工にしか過ぎないっ」


 オスカーが顎を上げ鼻で笑う。


「はっ。そのようなでっち上げはやめてくれないか? 見苦しいぞ」


 おっとオスカー検事、特大ブーメラン! 人のこと言う前に自分のことを振り返って考えてみるんだなっ! あと仮説とでっちあげを履き違えないでね? 

 しかし、傍聴席から英雄族の罵声がちらほらと再開され、僕は一瞬だけ目を閉じて息を吐く。


 この手段は、ほんとは使いたくなかったんだけどなぁぁ〜。一度出せばもう後には引けないし。

 けれどもう、迷っている時間はないね。

 僕はセリーヌを見据えた。






「事件当夜、彼女は被告人カイ・ヴァン=ノクスを守るために行動したんです」




 これも正しくは僕の仮説にしか過ぎないが、一番筋が通っている推測だと思う。

 まだ意味のわかっていない貴族たちが、僕を侮蔑のこもった目つきで見る。あちこちから戯言だと鼻で笑う者たちのひそひそ声が聞こえた。

 あと、もう一押し。


「混乱の中で……偏見をもった衛兵たちの剣が、その場で唯一のヴィランである被告人に向けられそうになった時。

 セリーヌ様は被告人を名指しした。


『状況を考えるに、このお方が犯人で間違いない……そこの衛兵、何をしているの? ()()()()()()()()()()()()


 とか、そんな風に言ったのでしょう。

 彼女はカイ・ヴァン=ノクスに明確な疑いをかけてから、付近の参加者を速やかに外に誘導させ、本人に形式的拘束をかけるという形で、その命を守りました」




 ヴィランの間でもざわめきが起きている。




「ま~、やりすぎな面は否めませんよねっ。どうしてそんな、極端な手段まで使って被告人の命を確実に守りたかったのかは……本人のみぞ知るといったところでしょうか」




 僕が肩をすくめると、オスカーの額に青筋が浮き出た。



「なっ……しっ、しかしそんなこと、そもそも動機が見当たらない! 一体、なんのために英雄族がヴィランを救おうとするのだ!!」



 唇を震わせているセリーヌと視線を合わせてから、さすがに完全な真実を言うのは酷かなと思ったので、僕はぎゅーっと目をつむり拳を握って叫んだ。



「これ以上、僕が言う義理はありません!」



 証言台に立つセリーヌの肩がわずかに揺れた。滑らかな白銀の髪を滑らせてうつむき、視線を落とす。

 扇を持つ手がわなわなと震え、色白の肌が首まで真っ赤に染まっている。いつもの氷のような冷徹さはどこへやら。  

 チラリと彼女がその瞳で盗み見たのは、僕ではなく――何が何だかわかっていないカイの方だった。

 カイは目を丸くしたまま、視線を何か遠い記憶ごと探るみたいに彷徨わせている。



『くぶっ』

『あはははははは!!』



 全てを理解して、腹を抱えて爆笑するヴィランの仲間たちと、ようやく気付いたのかハッと顔を上げたカイが視界の隅に見えた。









「…本当、あの弁護人はお節介ね。まるで―――()のわたくしみたいに…」







 セリーヌはうつむいて顔を赤らめたまま、眉間を手のひらで押さえて言った。




 ぬ? ……君と僕は似た者同士だったの?


 僕はひとまず、にっこりと口角を上げた。

 カイとセリーヌ、君ら二人が()()()はどこで知り合ったのかはわからないけれど、その恋路は応援するよ!!



 そうだね、もう仕上げの時間かな? 振り返ると、太眉の胡散臭い男――グルムはにかっと笑った。


 そして僕は傍聴席に座るエリオットの方を見る。


「さらに、加工映像と捏造された証拠。これらは貴族特有の比較的高い魔法技術で作られてます。その技術と見合った動機を、〝偶然にも〟持ち合わせていた人物が調査により判明したのですが………エリオット卿。あなたのご家族である妹さんですね?」


 この名を口にした瞬間、全ての視線が僕に突き刺さる。

 この情報は完全にグルム頼りだ。


 今朝、グルムから手に入れた最後の情報なのだ。


 もし外せば僕はただの道化になる。

 グルムを信じた僕は間違っていないか。




 僕は少しだけ汗を流しながら、エリオットを見据えた。







「…っっなぜ……っ!!」


 視線が揺れ、椅子の上で貧乏ゆすりをするエリオット。泳いだ視線は助けを求めるように周囲を這うが、英雄族の誰もが彼から目を逸らしている。


「―――はい、ビンゴ」


 グルムは腕を組んで片目を瞑って、飄々とつぶやいた。


 僕は懐から、グルムに渡された『魔術執行記録』の写しを取り出してひらひらと周囲に見せる。そこには彼が妹と共に裏工作を行った時刻と、事後始末をしている様子の隠し撮りが鮮明に焼きこまれているのだ。そう、ホントは()()()()()()()()()


 僕は安堵で胸をいっぱいにしながら、法廷中央で手を広げて冷静に笑った。

 タイミングがやっと訪れたねっ。ここで僕の仮説を披露しましょーかっ。


 

「エリオット・グレイブ卿。

 僕と一緒に、一つずつ噛み砕いていきましょう。


 貴族のなかで野心家のあなたは、権力闘争を操るため、グラディス家が持つ聖封印庫の管理権を奪い取ることを狙った。そのために、晩餐会に参加予定でグラディス家の長女であるセリーヌ様を失墜させようとしました。


 ()()()諜報員を巧妙に使って、マチズの種子を持ち出し、グラディスの魔法痕跡を意図的に付着させ、セリーヌ様に疑いを向けるように仕込んだ。

 こういった痕跡は普通、微細なはずです。なのにあえておかしいくらいにはっきりと残すことで、セリーヌ様の犯人説を印象付けようとしましたね? ……裏目に出ましたね。


 聖封印庫のアクセス記録を改ざんしてその上、晩餐会の前に、セリーヌ様が準備で使用していたグラスに付着した指紋を、妹さんに頼ってわざわざ採取して転写させる細工をして。

 事件後に工作したグラスを被害者のものと差し替えましたが……指紋があり得ない位置に残っていた。人に任せるにしても、もう少し自分で監督とかしたら上手くいったのに。しっかりしてくださいよ〜。


 そしてそして、あなたはセリーヌ様が少年を助けた瞬間を『踏みつけている』ように加工し、貴族ネットワークに流布し、これで世論を先に掌握しました。

 さらに。


 晩餐会で彼女がやったかに見せかけると共に…………本当のところ、あなたは―――


 被告人カイ・ヴァン=ノクスを毒殺することを狙っていましたね?


『ヴィラン陣営を弱体化する』ことを同時にあなたは計画していた―――ただし、毒は被害者が飲んでしまい、計画が半分だけしか成功しなかった……。

 その混乱の中で、上手いこと被告人カイとセリーヌ様を同時に容疑者に仕立て上げた。

 あなたにとってセリーヌ様の事件後の行動は、さぞかし都合が良かったことでしょう。

 ――――以上のことから――



 僕は独自に、そして極めて個人的に起訴する。


 あなたこそが毒殺の首謀者であり、証拠捏造の張本人ですっ」





 沈黙。


 

 その後、裁判長の口がゆっくりと開いた。




「―――カイ・ヴァン=ノクス。セリーヌ・ド・グラディス。双方、無罪!!」


 

 法廷に爆発的な歓声と怒号があふれる。椅子から転げ落ちたエリオットの口元が、ひくっと引きつった。傍にいたアレクシス王子が、なんの感情も湧いていないような顔でエリオットを見下ろしていた。

 今回、王家の諜報員を使った犯行なので、アレクシス王子も一枚噛んでいたのは気づいてる。大きな陰謀においては、今回の裁判もトカゲの尻尾切りにしか過ぎないのかもしれない。


 けれど、それについてはまた今度にしよう。

 


 カイが小さく息を吐き、肩の力を抜くのが見えた。

 その顔は、憑き物が落ちたように穏やかだ。

 セリーヌも、一転して氷のような澄まし顔に戻っている。


 僕は急いで振り返る。

 ミナはにんまりと口角を上げながらぽろっと涙を流し、アヅミはビシッと親指を立てて、グルムはおどけてガッツポーズしていた。

 ライラさんは八の字眉で胸を押さえ、ゼオスさんは背を丸め、深く息を吐いていた。ウィリアムは拍手をやめずに、見たことないような幼い顔で笑っていた。

 スカッとしたヴィランたちが、僕をずっとずっと見つめていたような気がした。



 僕は清々しい気分でふっと目を瞑った。少し力が抜けてから、じわじわと清涼な空気に包まれて、かすかに笑った。

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