15. 見せかけの正義に鉄槌を
傍聴席は静まり返っていた。
セリーヌは証言台に立っているが、口を開いたのはオスカー検事だ。
「グラディス嬢。あなたはその日、被害者の近くにいた。
しかも――皆様、これをご覧ください」
ヴィラン族の少年を踏みつけるセリーヌの姿が、魔法映写で法廷に流れる。
………カイの裁判なのに、セリーヌの行動に焦点を当ててきてる。
僕は顎に手の甲を当てて、オスカー検事をまじまじと見る。今さら、指がひどく冷たいことに気づいた。
「この公爵令嬢としてあるまじき暴行に加えて、今回の事件。
諜報部隊の新情報によると、被害者のグラス底面からあなたの指紋が見つかったとのことだ。
卑怯なことに、あなたはヴィランにその場で濡れ衣を着せて、自身の罪から逃れた」
一歩踏み出したオスカーが、低く吐き捨てる。
「つまり……あなたこそが犯人だ」
きっと気づいているのは僕だけじゃないだろう。
これは、セリーヌを第二の犯人として祭り上げようとしているね。そのためにわざわざ証人として呼んだんだろう。
証人を被告人扱いするなんて、僕がいた日本だとまず前例がないくらい常識から外れている。
僕は呆れながら口を真一文字に結ぶ。
いやさあ……ただでさえあり得ないんだけど………それにしても、もうちょいマシな問い詰め方ないの? がばがばな論理立てだし。ハアァ〜………こんなの、反論する気も無くしてきた。ホントにこの人たち、何を考えて――
ふと、誰にも聞こえないような小さい声量で、後方に座る誰かがぽつりと呟いた。
「………ひどい…………」
かすれながら、震えているミナの声だった。
麗しの公爵令嬢は沈黙を貫いている。扇も、指先も、時間が止まったみたいに動かない。
その間、オスカーが額に青筋を立て、感極まった口調でさらに責め立てていく。
「あなたの家は封印庫を管理する権限を持つ。毒の入手は容易だ! それで何を守ろうとした? あなたの冷酷な正義か!?」
傍聴席から怒声が押し寄せる。
『そうだ!』
『自らの権限を利用し人を殺めるなんて!』
絢爛なドレスを纏った三十代くらいの貴婦人が、セリーヌを見ながら扇で隠しもせずに「ああ恐ろしいこと……」と吐き捨てた。
口々に罵声を飛ばす傍聴席の英雄族の声に、耳を塞ぎたくなる。
うわあ。いやはやすごい熱量だ。なに、新手のライブ?
一方、ヴィランたちは表情を歪めていた。
ミナは泣き腫らした目を伏せ、ゼオスさんは目を閉じながらミナの背に手を添えている。
アヅミの額には怒りで血管が浮いていて、身を乗り出しそうだ。
しかしそんなアヅミを宥めようとするライラさんも、瞳が潤んでいる状態である。
被告人席のカイが、わずかに顔を上げ視線だけを這わせて、ことの成り行きを見守っていた。ウィリアムはため息交じりに眉間を押さえる。
これは誰が見てもむごい問い詰めだね。
唯一、愉快そうに笑っている者はアレクシス王子だけである。その冷笑の理由なんて知りたくもない。
裁判長が何か言いかけたが、その声はかき消された。
「答えなさい! 有罪か、無罪か!」
オスカーの追及に、セリーヌの指がわずかに震え、扇が小さく鳴った。呼吸が一拍遅れ、伏せた睫毛の奥で瞳が赤く滲む。
「わたくし、は…」
あぁ、もう。
僕は肘掛けに手を置き、体重を預けた。それからさっと腰を浮かせる。
「―――はーい、そこまでっ!」
こちらに向いた視線が一斉に止まった。
凍りついた空気を切り裂くように、僕はパンパンと手を叩く。
床に足を踏みしめて、己の立場を思い出す。
座っていた時より世界がほんの少し高く見えたことで、急に視界が明瞭になった。
「ぜーんぶぜんぶ、異議ありですっ!」
手を上げてから、場違いなくらい口角を上げて、弾けるように笑って―――声を軽やかに響かせた。
いつも凛として賢くて、本来みんなに憧れられるような強い女性なんだ、あの人は。
でも、いくらなんでも限度があるよねぇ?
裁判長はガベルを手に持ったままピクリとも動かさず、ひたすらに僕を注視していた。
誰かの衣擦れの音が途切れて、ざわめいていた傍聴席から怒号が消えていった。
さ、ここからは僕の仕事だ。




