13. あいつは結局誰なんだ カイ視点
俺は小さい頃から父ゼオスに養われていたが、父がその身一つでヴィランのボスとしての地位を形成するまではほどほどに貧しかった。
小さい俺はスラム街の他のガキたちと取っ組み合いをした後、泥まみれで倒れていた。
路地裏は生ぬるい空気がよどみ、遠くの喧嘩の声が混じっていて、俺は泥の中に転がったまま、空の青さだけをぼんやりと瞳に映した。
その時、もうすでに自分は死んでるんじゃないかとなぜか錯覚した。その時はちょうど暑い季節だった。なのでこのまま俺は腐って虫がたかるんだとか、変なことを妄想してた。
そんな時、通りの陰からボロ布で髪を隠した同年代くらいの子供が現れた。
髪を隠してはいたが、その瞳はこの街の子供が持つはずのない透明さをしていた。
まるで別の世界から来たみたいに。
「……なんだ」
子供はじいっと澄んだ目で俺を見た。
「………大丈夫?」
「……なに? どっか行ってくれる」
「怪我してる子がいたら、放っとけないから」
俺に馴れ馴れしく近づいた子供はげっと鼻をつまんだ。
「それに、なんかくさいよ。きみきっと風呂にも入れてないでしょ。環境劣悪すぎじゃない」
俺は体温が熱くなるのが自分でも分かった。
「……仕方ないだろ。うち井戸古くて壊れてて、修理出す金もないんだから! ………俺なんか見てても面白くないでしょ。構わないでくれよ」
「面白くはないけどさ。見てて不安になる」
「………放っといて。どうせ誰かがこの先どうにかしてくれるとは限らないんだし……」
言おうとしていなかった言葉があふれてしまい、胸の奥でなにかがざらつく。
すると子供は自らをびっと指さした。
「じゃあ、自分が最初になればいいでしょ!」
何を言ってるんだこいつは、と俺は眉をひそめた。
「……なんでそんなに構うんだ? お前だって面倒になるだけだろ」
「面倒くさくてもいいし」
「……そんなこと言って…」
「?」
「…たまたま助けた俺のこと、忘れないって言えんのか」
俺は足元を見て皮肉を言った。
「もちろん」
子供は即答して、俺にまっすぐ手を差し出した。おそるおそる手を取ると、ぬるくて暖かかった。冷たい手にじんわりとその温度が伝染った気がした。
そいつはその後、週に何日か現れ続け白パンや革袋に入れたスープを恵んでくれた。その度他愛ない話をしたが、ある日忽然と来なくなった。
だけど、最後に会った日にそいつが俺に言った言葉がある。
その日はなぜかそいつが少し真面目な顔をしていた。
「ねぇカイ。これだけは覚えといてっ―――」
言葉が一瞬止まって、
『あなたは、生きてるだけで素晴らしい』
……あの時の言葉と、レオンが言った言葉がなぜか重なった。
気づけば、薄暗い牢の中で俺は口元をゆるめていた。
どうしようもないほど清々しい天気で、朝の陽だまりが小さい窓からこぼれている。
「ははっ。俺にはあの時のあいつの正体も、裏で働いてる陰謀も、犯人さえも分からない。……なら、もうあの妙にうるさい弁護人に全部賭けてみるか」
衛兵は怪訝そうな顔で俺に声をかけた。開いた牢獄の檻を俺はくぐり抜け、一人笑った。
今日は、裁判当日だ。
補足
ヴィラン族の中で水面下の抗争があった時代、ゼオスはただ武力紛争に強いというだけでなく、人望集めにも大変優れているので一代でのし上がることに成功しました。つまり頭脳派ですね。
カイが小さいころに出会った人物は一体誰なのか。
次回から法廷パートが始まります。




