11. どちらが勝つか見ものじゃないか
笑いながら焦げ茶色の髪をかきあげているこの男、グルムは街の情報屋だ。弁護人として資格をとった時に知り合ってから、僕はたまに情報を分けてもらっている。
グルムが魔力水晶の台座を取り出して僕にちょいちょいと手招きをした。
僕は台座に近づき、ミナもそれにならう。
「ほれ、お前が欲しがってた幻影映像。市場広場で流されたアレの原本に近いやつだ」
「お、本当に見つけてきてくれたんですね。これだけ胡散臭いのにやるじゃないですか~」
「だろだろ? ははは、自分これでもプロフェッショナルだからなぁ!」
僕の嫌味にやたら嬉しそうに反応するグルム。ほんとにプロフェッショナルかどうかは怪しい。
映像が空中にスーっと投影される。セリーヌが少年を踏みつける「瞬間」の静止映像が一時停止された状態で映る。
「これが、流された幻影かぁ」
僕は数秒、視認してから――
「……でも、なんか変です。動きが妙にぎこちなくて。輪郭が、少し歪んで見えるような? ミナ、ちょっと解析お願い」
ミナが「はいっ」と言って魔力を送り込むと、幻影の周囲に紫色のノイズのような波紋が揺れた。
「……波動が二重になってますねっ……これって、もしかして」
ミナが低い声でつぶやく。
空気が一瞬、張り詰めた。グルムが片眉を上げて笑う。
「ああ、この波動は改ざんされた証拠だ。こいつは本物じゃねぇ……王族が使う幻影偽造術と酷似してる」
前世でいう映像編集技術をこの世界でも使いこなす者がいるなんて。恐るべしだ。
僕はそこで思い当たった。
「…っ英雄族の中に、幻影加工を使って世論操作をするヒトがいる……?」
僕の言葉にグルムがニヤリと笑う。
「さぁね。でもこの映像、加工前の原版を持ってるヤツがいるとしたら……王城の記録保管庫か、聖封印庫の管理者だな。つまりお貴族様の誰かってこった」
僕は少しうつむき加減に思いを馳せる。
もしかしたら、だけど。カイたちが疑っていた毒殺事件のセリーヌの関与についても、本当に関与しているのかが怪しくなってきた。
「公爵令嬢―――セリーヌ……」
ねぇ教えてよ。ほんとのことを。
グルムはふと思い出したように首をかき言った。
「それとよ。氷血令嬢、あの日の事件の夜『魔力の泉』の前で一時間ほど、ひとりで座ってたらしいぜ。ま、ノクス領自体奴の実家から近いし、前からよく月が光る夜にひとりで通ってたって話もある」
英雄族なのに、ヴィランの自治区の樹海庭にわざわざ足を運ぶ、その理由は…
僕は合点してぱんっと手を叩いた。
「……ふうむ、なるほどっ。彼女にとって、何か意味のある場所なのかもしれないね。よしっ! 今夜にでも、もう一度泉を見に行ってきます!」
ミナはふんっと僕に向かって拳を掲げる。
「ミナも行きますですっ! えいえいおーっ!」
「はーい、夜だからミナはお留守番っ」
「うぅ、ざんねんむねんん゙っ……」
ミナはしょぼんと尖った耳をしなしなとさせた。
写真撮りたいくらいかわいい。最近ちょっとだけウィリアムの気持ちが分かるような気がしてきた。だめだめ、自重しないと…!
◆◇◆
その日の夜九時。エルデシルヴァ樹海庭、広間近くの並木道で僕はザッと歩を進めていた。
隣接する『魔力の泉』は遥か遠い昔から、ヴィランたちが儀式を行ってきた聖域……。
それを思い出してからふと上を仰いだ。
星空が訳もなく輝いていた。うっすら霧が立ち込めるなか、泉の水面に月が反射して揺れる。
ミナも来たがっていたけど、夜に出歩かせたくはない。たぶん魔法の観点から考えたら僕よりもミナのほうが絶対強いんだけど、それでも小さい女の子という立場を蔑ろにはしたくない。なので今、僕は一人行動である。
僕は離れた場所から、泉にゆっくりと歩み寄った。
さらさらと水が流れる音が聞こえる。
魔力の泉というだけあって、近くによるだけで身体全体が浄化していくような感覚がある。癒やし効果もありそうだ。
たどり着くと、セリーヌが泉の前で背を向け祈るように手を合わせ、長椅子に座りひとりたたずんでいた。
人知れず弱さを見せているような背中だと思うのは、きっと気のせいじゃない。
僕はさらに十メートルほど近寄り、声をかけた。
「セリーヌ様!」
セリーヌは僕が声を掛けるとびくっと肩を揺らしてから、ゆっくりと振り向いて薄く笑った。
「………また、鼠が迷い込んできましたの?」
僕はらしくもなく少しだけ見とれてから、セリーヌの斜め後方で立ち止まって膝を折り、しゃがみこんだ。
「…わたくしに何の用かしら。いい加減節度をわきまえてくださる? しつこいわよ」
僕はムッとして言った。
「っ………僕は、貴方のほんとの気持ちを知りたいんですっ」
君は、本当は潔白なんだから。
「あのっ。セリーヌ様っ。一つだけ聞かせてください」
「……」
セリーヌは無表情で僕の言葉を待った。
ちょっと緊張するな……。僕はぎゅっと目を瞑って、拳を握りしめ切り出した。
「英雄族の何者かが、あなたを蹴落とそうとしてるんじゃないですか?」
「……どうしてそう思うの?」
セリーヌはうつむいた。僕は続ける。
「数日前の騒ぎの件で、セリーヌ様が踏みつけていたとの誤報は……英雄族の誰かが加工した現場映像によるもの………、と判明したんですっ」
セリーヌは顔を上げて――笑った。
「……知ってたわ」
「えっ」
「いい? わたくしにはわたくしの倫理観があるの。あなたみたいに、自分の正義を必死に証明しようとするのは卑しいと感じる―――だから、いくらどの場所でも、どの事件でも冤罪をかけられようと、わたくしは信条を貫くのよ」
僕はハッと気づいて口を手で押さえた。
「………も、もしかして……あれも知ってるんですかっ……?」
ヴィランたちが、カイの事件でセリーヌを疑っていること。
「………そうね、あのヴィランのお頭の息子さんが起こした事件のことでしょう。ええもちろん、その周囲のヴィランの方たちは、状況的に考えてわたくしを疑うに決まっていますもの」
「!」
どこからともなく風が吹き抜け、月の光が強く差し込む。
―――僕は大きく口を開けて、胸を張って言葉を紡いだ。
「…なら! 勝負です! カイさんの裁判で、カイさんとセリーヌ様の潔白を、どちらも僕は証明してみせる」
その瞬間、泉の水面がさざ波を立てた。
セリーヌは少しだけ目を細めて不敵に微笑んだ。
「あら、あなたはわたくしを疑わないのかしら?」
「あなたはシロです。状況を踏まえてもそうですし、何より僕の長年積み上げた勘がそう言ってますからっ」
僕はにーっと口角を上げた。
「無茶な理屈ね。わたくしにも分からない真犯人を見つけるなんて、あなたにできるかしら? ―――いいでしょう、受けて立つわ」
セリーヌは完璧に笑う。
僕はしどろもどろになりながら、セリーヌに質問した。
「あの、僕が勝ったら、セリーヌ様がこの泉に来る理由を……教えてくれませんかっ?」
「……なんであなたが知る必要があるの」
「個人的にめちゃくちゃ疑問だからですねっ。謎過ぎます」
僕がふっと笑ってみせると、セリーヌの顔がそこで綻んだ。
「……了解したわ。ふふ、貴族たちはきっと手強いわよ?」
「……あっ、ありがとうございます!!」
あなたは、ほんとは誰よりも美しいプリンセスなんだね。
セリーヌの返事に、僕は嬉しくなって勢いのある敬礼ポーズをとったのだった。




