10. あやしき氷の令嬢!
公園の広間から抜けた先にある東屋にて、そよ風が吹いている。
曇りがちな空に落葉が舞うなか、意を決して僕はセリーヌと護衛の兵士二人を連れて聞き取りを始めた。
ミナには残った兵士とともにヴィランたちを静める役割を任せた。
その可愛さで癒やして静めるものだとばかり思っていたけど、実際ミナは魔法を使い大騒ぎのヴィランたちを眠らせ一時的にスリープ状態にしたのだった。結構力ずくだな。
僕はさっと手帳を広げ、万年筆を用意する。
「―――ではセリーヌ様! 状況を教えてもらう前に自己紹介を改めてしておきますね。僕はレオン・カーティスといいます。このミィア王国の弁護士資格をとっている者です」
「兵士としての責任を放棄して、疑り深きヴィラン族の味方をするようになったお人ですか。はっきりと聞いておりますわ」
「!……」
セリーヌの言葉に僕は内心むっとしたけど、それくらいは堪えて万年筆を握った。
「それはまぁ……そうかもしれませんねっ。……それでは、その当時の状況をお聞きしてもいいでしょうか?」
「はぁ……申し訳ありませんが、聞き取りには応じません。噂を聞いた時から思っていたのですけれど―――あなた、少しご自分のことを過信しすぎていませんか。法廷にもまだ立っていない、ヴィラン族のことばかりで、英雄族関連でのお仕事を請け負っていない。それなのにわたくしを呼び出して自己満足のために事情聴取……職権濫用もいいところですわね………わたくし、こんなことに付き合っていられませんわ」
セリーヌは僕を拒絶するように目線を合わせない。
なんでだろう。―――普通なら、自分の潔白を証明しようと少しはこういう場で主張するはずなのに、セリーヌは一向に口を開かない。
「……セリーヌ様。一つ確認したいことがあるのですが……」
「なんでしょう」
僕はセリーヌの瞳を覗き込んだ。
「なにか焦って……ます?」
ピタッとセリーヌは硬直する。
「……笑わせないでくださいまし」
「僕で良かったら聞きますよ」
「……結構ですわ。それ、だいぶお節介ですのよ? ……」
セリーヌの視線が上下に少し揺れ、最後に僕の方を見るときっと強い目つきになる。
うーん、今は聞き取りが出来なさそうだなぁ。
「分かりました。貴方への聞き取りを取りやめます。だけど、僕は僕でこの件について別に調査しますっ」
僕が目を見てにこっと宣言すると、セリーヌの眉がわずかに動いた。そのまま冷ややかな笑みを浮かべて椅子から立ち上がる。
「お好きになさいませ。もっとも、あなたが何をしようと、愚かな民衆たちは何も変わらないでしょうけれど」
そう呟いてから、セリーヌは護衛を連れて東屋を出ていった。その後ろ姿はなぜか少しだけ物悲しい余韻が残った気がした。
僕は東屋に一人残され、そよ風を浴びながら独り言をぽつりと呟いた。
「……セリーヌ様は、何を隠しているんだろ」
◆◇◆
バンッッ。古びたテーブルが勢いよく叩かれる。
「だから! あのお方は悪くないんです!!」
そばかすの少年は苛立った声で机を叩いた。
夕方、樹海庭の近くにある石造りの家屋で、僕はセリーヌが頭を踏んづけたとされる少年に聞き取りをすることにした。セリーヌの腕を掴んでいた父親である家主はまだ魔法で眠っている。
僕は音に驚いたミナの隣で、きっちり正座して少年の顔色を窺う。
すると机を叩いた少年はおずおずと手を引っ込ませ、もごもごと喋った。
「おれの親とかそのほかの大人たちが言っていたことは……ほんとは違うんです………今日はおれ、広間近くの花壇の手入れを任されていました。その時いきなり急に……大きめのジャイアントラットが、おれの前に飛びかかってきたんです」
ジャイアントラット。湿気の強い場所周辺でよく見られる巨大なネズミの姿をしている魔物だ。やはりミナの言った通り、この地帯は多かれ少なかれ出没するんだな。
「そしたら通りかかったセリーヌ様が……おれの前に出て、ヒールでラットを蹴っ飛ばして……まじでかっこよかった……」
そう言って少年ヴィランは遠い目をした。
意外に豪快なんだあの人……。僕も少年と同じように窓越しに遠くを見ながら頷いた。
「……やっぱり、そうだったんだね」
「でも……その拍子にびっくりしておれ、転んじゃって……。その調子に、きっ、気絶しちゃって……セリーヌ様に比べておれは、ホントかっこ悪い……」
そう言って顔を赤くしながら恥ずかしそうにうつむいた。
なんか、健気だなこの子。
僕は指を顎に当て、少年の動向をじいっと見つめて伺った。
少年は僕に向かって顔を上げる。軽く表情筋が歪み、目は大きく開いていて、今にも泣き出しそうだ。
「大人たちは誰も現場を見てなくて……なのに、セリーヌ様がやったって決めつけて。誰かが、おれの頭を踏んだとかって!」
君が見てきたことを聞けて良かった。
僕はテーブルに手をついて、深々と頭を下げた。
「……ご協力、感謝します」
少年はグズグズと鼻を鳴らして、こくりと頷いた。
やっぱり、当事者の言う事には信憑性があるな。
少年に、父親を眠らせている魔法は数刻で切れることをしっかりと伝えてから、その場を後にした。
ミナがメモを取って、背伸びして耳打ちするように囁いてくる。
「レオンさま、これ証言として使えますねっ!」
「うん。でもね、これだけじゃまだ足りないかなぁ。もっと決定的な証拠がいるよ」
僕も控えめな声で返事をした。
「物的証拠……ってやつですかっ?」
「そう! さすがぁ」
僕はミナの頭をもしゃもしゃと撫でた。
証言は手に入れられた。
さて次は、あの人のところに行こうか!
◆◇◆
数日後。イーゼルハイムの市場の片隅、胡散臭い店が立ち並んだそのさらに奥の空間にて、僕とミナはとても怪しい占いを受けていた。
屋台の裏でいつも客の相手をしている奇妙なヴィラン占い師。
山高帽にマント、鼻眼鏡までかけて声も裏声だ。
「……おぬし……欲しいのは〝真実〟か、それとも〝希望〟か……」
ミナはきらきらとした目で占い師を見つめる。
「ええっと、ええとね、ミナはね……」
「さぁ……どちらを選ぶ……」
僕はというと、そろそろ白けてきてじとりと眉を寄せて口を開いた。
「……あのー、グルムさんですよね」
僕は呆れ顔で遮った。
「―――はいよ、ビンゴ」
鼻眼鏡を外し、マントをばさっと脱ぐと、中から若い焦げ茶色の髪に太眉の男が現れた。ミナは「ふあっ」と驚いて声を上げる。
男はにやっと不敵に笑い、ずんっと頬杖をついた。
「――占い師グルム、ここに見参……ってな」
「はいはい、そんなに占い師やりたいなら転職したらどうですかっ」
僕の言葉に男は「くはっ」と子供のように笑って目じりを垂らした。
「言うねぇ弁護士サマ。ははっ、今度は遂にかわいい女のコ連れかい?」
全くこの男は……。こちらをカップルと揶揄うにも、ミナの年齢を考えると無理がある。僕をロリコンだとでも思ってるのか! ……思ってそうだな。
「はあ……いつも通り、〝情報料〟は正規価格でお願いしますね」
僕はやれやれとため息を吐き、目の前の男にそう告げた。




