3話 海外旅行
翌日も、私の気持ちと関係なく、課外授業は進む。
まずは、どこに行くかということ。
ところで、この世界には、現実世界と並走してメタバース空間がある。
私たちは、自分の部屋にいながら、メタバース空間に入り、街を歩いたり、観劇を楽しむ。
メタバース空間では、用意した食材をAIが脳を操作して味、食感を楽しませてくれる。
海辺で水飛沫が肌にあたるといった体験もできる。
歩けば、床も動き、まるで外の石畳を歩いている気分も味わえる。
私たちは、自分の部屋で快適に暮らし、部屋の外に出ることはない。
過去の人がより清潔な環境を求めて、外に出るのをやめたと聞いた。
だから、感染症からも解放された。
昔は外に出かけるために部屋から出たということを聞いたけど信じられない。
すべてがこの部屋で完結するし、外を見たければメタバース空間に行けばいい。
また、ネットで注文すれば、すぐに部屋の配達ボックスに機械が届けてくれる。
ただ、ほとんどの人は物を注文しない。
ジャージでいても、メタバース空間では、ドレスを着ているように見せれるから。
むしろ、メタバース空間で身にまとうドレスの映像とかを買う人が多い。
一日中、メタバース空間で過ごす人も増えている。
リゾート地で温泉に入り、優雅な時間を楽しむ。
友達と海に出かけ、翌日には、ホテルのテニスコートで友達とラリーをする。
でも、私は、現実世界を大切にしている。
本当の自分を見失いそうだから。
また、1人で過ごすなら、自分の部屋でも十分だし。
メタバース空間には必要な時だけ出入りし、あとは自分の部屋で過ごす。
私はミニマリストだから、部屋にはほとんど物はない。
目の前に投影される本を読み、天井を見て空想にふけるだけで1日は終わる。
刺激がほしければ、知らない誰かと対戦ゲームをすればいい。
私は、いつからこの部屋にいるのか記憶がないし、出たこともない。
窓には公園や海辺も映せるけど、意識して何も写さず、現実世界を見ている。
窓からは、無数の高層ビルが立ち並ぶ。
朝日が昇り、高層ビルの窓ガラスに反射する光景は美しい。
高層ビル群より先には広大な森が広がる。
こんな素敵な光景を見ないなんてもったいない。
800万人の人がそれぞれの部屋で暮らしている。
メタバースを通じて、いつでも、誰とでも会える。
メタバースは東京だけではない。
メタバースニューヨーク、メタバース上海というように各地にある。
だから、海外旅行といっても実際に飛行機に乗って海外に行くわけじゃない。
海外のメタバース空間に入るだけ。
メタバース空間では、現実世界を精密にコピーして、現地の人が住んでいる。
時差もあるし、食べ物も、AIが現地の味が楽しませてくれる。
言葉もAIが翻訳するから、言語の壁はなくなった。
どこにいても、日本語で会話ができる。
「芽衣は、シドニーに行きたいんだ。でも、東京と同じ都会じゃなくて、古代遺跡とかどう? ジャワ島のボロブドゥールとか。」
「私、虫とか、へびとか嫌いなの。そうなると都会しかないじゃない。」
「実際に、横で虫が飛ぶわけじゃないし。」
「そういうことじゃないのよね。」
芽衣は、莉音のことをがさつな人だと結菜に小声でけなしている。
莉音に聞こえているのに気付かないのかしら。
いえ、聞こえるように言ってるのね。
「ねえ、ねえ、このネイルきれいでしょう。今の時期に合わせて桜色にしたのよ。」
「芽衣、今、みんなと違うこと話してるでしょう。どこに行くか決めないと。」
「もう疲れた。どこでもいいわ。それなら、結菜に決めてもらえば?」
翠に取り込まれた芽衣は、翠と一緒に結菜を責める。
それによって芽衣は、翠と仲間だとアピールしてるんだと思う。
微妙な人間関係を察して、会話もせずに進められる芽衣は、本当に見事だと思う。
「私は、みんなが行きたいところでいいです。」
「結菜は本当に、自分がないというか、存在している価値もないのね。それなら、私みたいに、綺麗に着飾るとか、なんか自己主張できるものを作った方がいいって。」
「私、自分の容姿に自信ないし。」
「そんなことばかり言ってるから、結菜はだめなのよ。」
芽衣は、結菜の髪の毛に手を入れ、かき乱している。
「もう、結菜をいじめるのはやめなよ。」
翠は、私がまるでいないかのように無視して、芽衣と仲良く話している。
これで、また、私が孤立するのは決まりね。
この部屋はこんなに明るいのに、私の周りだけが暗い影に包まれる。
陽葵がまとめて、多数決でシドニーに決まった。
次は、観光、食事、宿泊等の役割を決めれば、今日は終わり。
本当に人と一緒に過ごすのは苦労でしかない。
6人で海外に行ったら、単独行動をしよう。
オペラハウスが見える海辺。
夕日が水平線に落ちていき、ハーバーブリッジが真っ赤に染まる風景は美しいに違いない。
荘厳な教会とかがある欧米の街並みにも、少しはワクワクする。
「ところで、澪はリアル派なの? 実際に会ったら、全く違う容姿だったりして。」
「私はリアル派。芽衣はどうなの?」
「秘密かな。」
「そうなんだ。まあ、アバターの顔を変えて、理想の自分になりたいという人も多いし、人それぞれだから、どうでもいいんだけど。」
リアル派とは、実際の顔でメタバース空間でも暮らしている人。
私は、リアル派だけど、髪だけは、夏はショート、冬はロングヘアにしている。
でも、半年後には会うこともない人に、そこまで言う必要はないか。
アバターは完全に違うものから、自分の顔をベースに少しだけアレンジする人まで様々。
でも、メタバース空間では美人でスタイルのいい人ばかりって感じ。
そのせいか、容姿のコンプレックスという言葉はなくなった。
アバターを変更するのって、メイク感覚になってるんだと思う。
でも、芽衣が自分のことを秘密にするなら私に聞かなければいいのに。
それとも、翠のグループに入れっていうこと?
そんなことはあり得ないし。
いずれにしても、無理して話しに付き合ったのに、損をした。
結菜も、私のおせっかいはやめてほしいと思っているかもしれない。
この課外授業でも、会話は最低限にしよう。
その方が気が楽だから。
1週間後に、あの爆破事件に巻き込まれることを知らずに会話は続く。
そして、AIが私たちに真実を隠していることなんて想像すらしていなかった。
私たちがAIを使いこなしていると信じて。




