3話 女性リーダー
目の前に現れた光景は、私がいた時よりも進んだ文明のように見える。
空を自動車のような乗り物が飛び交い、空に届きそうなビル群は美しくそびえ立つ。
道路には樹木が植えられ、自然が満ち溢れている。
気付くと、15歳ぐらいの女性が私のことを見ていた。
急に地面から現れたことに驚いた様子はない。
というよりも、私の方が驚くことばかりだった。
最近、私みたいな人がいると日本語で話しかけてくる。
日本語を話していると言うのは、ここは日本なのかしら。
技術が進歩し、目に見えない翻訳機でもあるのかもしれない。
服装は私がいた世界とほとんど変わらない。
寝巻き姿の私に、着ていたカーディガンを私にかけてくれた。
さっきまで少し暑いくらいだったのに、ここではもうすぐ冬という感じで少し寒い。
周りを見ると、誰もが穏やかな表情で、ここは誰もが優しい世界なのだろうと感じた。
しかも、溌剌とした、活気に溢れる雰囲気も感じる。
その女性は、驚くことを話し始める。
この世界は、私が暮らしていた時代から70年ぐらい先の日本だという。
そして、2年ぐらい前に地球外生命体の支配から脱したらしい。
周りを見渡すと、私の時代と違い若者ばかり。
昔は、地球外生命体が20歳を超えると殺していたからだと聞く。
活気に溢れているという印象は、年老いた人が少ないからだったのかもしれない。
また、女性の方が圧倒的に多い。
地球外生命体が男性を間引いていたことが理由らしい。
その頃の奴隷としての生活がどんなものだったか想像がつかない。
その女性は、私のように地面から現れた人の集まりに連れていってくれた。
いろいろな色と形のソファーがある、洗練された会議室に通される。
そこには5人の人が座って笑顔で話していた。
「あなたも、前の世界から消えて、この世界に来たんですね。この世界は暮らしやすいですよ。若者であふれ、明るい未来に向かって進んでいる。」
「ところで、前の世界では、大勢がいなくなったけど、この世界に来たのは私たちだけ。他はどこに行ったのかわからない。私たちは未来の日本に来たけれど、こんなことがあり得るなら、他の人は、時代も地域も違うところに飛ばされたのかもしれないね。恐竜がいた大昔とか、空気がない宇宙空間とかに。」
40歳ぐらいのおじさんとおばさんが話しかけてきた。
おばさんは赤ちゃんを抱きかかえているけど、おじさんとはご夫婦ではないみたい。
前の世界から消えて、この世界に現れた赤ちゃんの面倒をみているのだと思う。
おばさんは、私のみすぼらしい格好と顔色を見て声をかける。
「前の世界では、心を病んでいたのね。本当に、恐怖と諦めで誰もが絶望感を感じていたものね。私もそうだった。でも、この世界は、いいわよ。若くて活気に溢れている。まずは、のんびりして、心のリハビリをするのがいいわ。そうだ、あなたに部屋が提供されるまで1週間ぐらいはかかるから、それまでの間、私の部屋に来なさいよ。土地はいっぱいあるんだけど、人が急増して、部屋の用意が追いついていないの。」
「それは助かります。お邪魔して、大丈夫なのですか?」
「大丈夫。そんなこと気にしなくていいから。お互い様よ。私も、この世界に来た時は、同じだったから。そういえば、この子、美紗というんだけど、育てるの手伝ってね。まだお子さんはいないんでしょう。教えるから。」
「ええ、もちろんです。私の子はまだいないので、子育ては、教えてください。」
「この子は、前の世界からお母さんからはぐれて、この世界に飛ばされてきたの。だから、私が美紗と名付けて育てている。かわいいでしょう。前の世界では、私は妊活していたけど、できなかったから、我が子のようで嬉しくて。そういえば、名前はまだだったわね。私は郁子。あなたは。」
「私は彩華といいます。では、お世話になります。郁子さん、よろしくお願いします。」
この場には、あとは、私と同年齢の男性2人がいた。
そういえば、竜也はどうなったのかしら。
「竜也って人はこの世界にはいないんですね。」
「恋人のこと? 聞いたことないね。」
「あなたは、どんな仕事をしていたのかな?」
「カリフォルニアのIT会社で働いていました。」
軽そうな男性が、私のことを尋ねてきた。いきなり仕事の話し?
でも、働かないと生きていけないし、私のために聞いてくれたんだと思う。
「それなら、IT専門の結菜さんが亡くなって、今の世界のリーダーである澪さんが、その後任を探していたから会ってみたら?」
「この世界のリーダーは女性で日本人なんだ。少し、びっくり。」
「今、人間がいるのは日本だけなんだよ。」
「どうして?」
「他の国々は、地球外生命体と闘い、攻撃されて全滅したんだ。日本だけが奴隷になるという苦渋の選択をして、生き延びたと聞いた。」
「そして、機が熟したときに、澪さんが地球外生命体と闘い、最後には勝ったんだ。」
日本が奴隷になることを選択した?
しかも、カリフォルニアで一緒に暮らしていた人達は全滅した?
日本は、とんでもない決断をしたと思ったけど、その結果、勝てたということなのね。
澪さんって、どんな方なのか興味がわいた。
「澪さん、このビルにいるから、早速会いに行こう。」
「そんな急に? どんな人かも知らないのに。」
「そんなこと考えているより、会ってみる方が早いから。」
澪さんという女性リーダーの部屋に連れていかれる。
部屋に入ると、机に座る女性がいた。
窓から差し込む強い光で、その女性の顔は影になりよく見えない。
それでも、強いオーラを感じる。
リーダーの女性は立ち上がり、私に椅子に座るようにと促した。
さっきの話しだと、このリーダーは20歳前だと思う。
でも、苦労のせいか、多くのしわがあり、見た目は、40歳ぐらいの威厳がある。
「どうして、この方をここに連れてきたの?」
「この人は、私たちと同じで過去から来たんです。そこでは、ITで全世界をリードしていたカリフォルニアのIT会社で働いていたようなので、結菜さんの後任にどうかなと思いまして。」
「そうなんだ。じゃあ、まずはここで働いてもらいましょうか? 働いてもらって、何ができるかわかったら、適切な場所を紹介する。」
「1時間ぐらい前にこの世界に来たばかりで、まだ、この世界がどんな風なのか、よくわかっていないのですが、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫だって。そもそも、元の世界に戻りたくても、戻れないでしょう。まあ、ゆっくりと慣れていって。この世界では、人はまだ圧倒的に足りていないから、豊かな生活の実現に向けて働いてもらいたいことはいっぱいあるのよ。」
「わかりました。」
世界のリーダーらしい大局観と包容力があることは一瞬にして感じた。
ただ、人手が足りなくて忙しいからか、私にはそれほど関心がなさそう。
まあ、この女性から見れば、何ができる人なのか全く分からないのだから、仕方がない。
秘書の柚月さんに澪さんの様子を聞いてみた。
柚月さんは、てきぱきと、小さいことでもきめ細やかにこなす真面目な人。
でも、どんな時でも、話しかけると最高の笑顔で向かい入れてくれる優しさが溢れていた。
澪さんは、誰一人として見捨てない強い人。
だから誰からも尊敬されている。だからと言って、驕り高ぶらない。
誰とでも同じ人間として1対1で接する人だと言う。
たしかに、口から出る一言ひとことに重みがあった。
私を見る目は、私の奥底まで見通す力を感じる。
私より年下なのに、何倍もの経験を経ているのだと思う。
戦闘訓練で鍛え上げられた筋肉も、険しいイメージを印象づけている。
ただ、顔にはシワが数多く刻まれているけど、笑うとチャーミングさが滲む。
おそらく、過酷な環境がなければ、あどけない可愛らしい女性だったに違いない。
澪さんと初めて会った後、郁子さんに連れられて、門前仲町に向かう。
高層ビルが立ち並ぶ街だったけど、私が知っている門前仲町の風情も残っている。
郁子さんの家は、富岡八幡宮の横にあった。
富岡八幡宮は、私の知っている姿のまま。ただ、高層ビルに囲まれている。
部屋は、家族はまだ少ないから基本は1人用のワンルームだという。
でも、家族は人数によってもっと広い部屋も与えられているらしい。
郁子さんは美紗さんを育てているということで2DKの部屋が与えられていた。
そういえば妊活をしていたというから、前の世界では結婚をしていたのだと思う。
でも、今は1人だし、旦那さんは、どこか別の世界にいるということ。
そんなことは一切、顔に出さずに楽しそうに過ごしている。
妊活をしても子供ができない自分に子供できたと喜んでいるかのように。
もしかしたら、旦那さんは子供を作るために一緒に暮らしていただけかもしれない。
いえ、こんなに親切な方の過去に立ち入るべきではない。
郁子さんの部屋に入ると、清潔感あふれる清々しい空気が流れる。
消えるという恐怖がない世界で、郁子さんの暖かいご飯が振る舞われる。
一緒に美紗さんの面倒も見ながら、心穏やかな日々が続いた。
夜は、また希望に満ちた朝が来ると、何も気にせずに眠ることができる。
朝は、陽の光を浴びて力強くベッドから起き、朝ごはんのお米とお味噌汁が美味しい。
久しぶりに、懐かしい日本食をいただくことができた。
そして、ごく普通のことが、こんなに有難いことだったのだと気づいた。
また、美紗さんの笑顔と匂いが愛おしい。
子供がいなかったから、子供がこんなに可愛らしいとは知らなかった。
美紗さんが郁子さんに育てられていることも、美紗さんが幸せそうな要因なのだと思う。
子育てがこんなに大変とは思わなかったけど、私も子供が欲しいと感じさせてくれた。
美紗さんが泣くと、何かをしなければいけないという気持ちになる。
最初は、なにも手につかず、泣くのを眺めていただけだった。
だけど、放っておくと、罪悪感に心がざわめき始める。
だから、体を動かし、おむつ替えやミルクを作っていた。
それが、リハビリにはよかったかもしれない。
私が動くことで、赤ちゃんが笑顔になり、達成感も感じられた。
郁子さんも心を病んでいたから、私の気持ちが分かり、優しく見守ってくれたのだと思う。
無理に、私の心に入ってくることなく自然に接してくれる。
そう、まるで竜也が私に接してくれたように。
ぼさぼさの髪の毛も手入れをし、メイクをする心の余裕も生まれる。
郁子さんがお金を貸してくれて、服も何着か買った。ブラも久しぶりにつける。
たった、1週間なのに、気持ちはすっかり平常に戻っていた。




