第9話「生活の寄進――“仕組みを贈る”証明」
春の陽が高くなり、砦の中庭には干し草と粉袋の匂いが混じっていた。昨日設計した〈夏欄〉の三つの負債。その最初の一つ――寄進を、今日の仕事として示さねばならない。
家は金貨を望んでいる。だが、私たちが差し出せるのは金ではなく、仕組み。水を流す樋、兵の休息帯、分担表に並んだ小さな印。生活そのものを贈ることが寄進になると、私は信じていた。
午前、食堂の壁に大きな紙を貼った。題は〈生活の寄進・春欄の証〉。その下に三つの段落を描く。
一つ、導水樋。昨日完成した一号と二号樋。春の雪代を逃がし、峠の道を守っている。板の継ぎ目は鍛冶場の金具で固定され、粉屋の木材で補強。兵が一日交代で点検する仕組み。
二つ、休息帯。兵舎の入口に貼られた〈呼ばない札〉。二刻だけ誰にも呼ばれない時間を作り、心と体を回復させる。昨日は小石箱に“呼ばれた”がゼロ、“呼ばれなかった”が十。
三つ、窓口と記録。執務室の扉横に設けた〈交差窓口〉。家からの文を受け、返書を作り、記録帳と照合する。誰でも拾える仕組みで、透明に保つ。
「金貨は送れません。でも、これらは金貨より長く残る寄進です」
私は声に出して読み、ペンで余白に書き足した。〈今日:寄進の写しを王都へ送る〉。
ヘーデが鍛冶場の腕を組んで言った。
「火は一日で消えるが、火を扱う段取りを渡せば、誰でも火を起こせる。寄進とはそういうもんです」
ローレンが粉袋を叩いた。「麦を一袋やるより、挽き方を教える方が腹を満たす。生活を贈る、いいじゃないですか」
サビーナが桶を抱えて笑った。「洗い場も寄進に入れてください。水を清める順番の仕組みなら、どの屋敷でも使えます」
皆の言葉を聞くと、生活が寄進になるという実感が紙に沁み込んでいくようだった。
昼、門に使者の馬が到着した。封蝋はグライフ家。彼らは机の上の写しを受け取り、細い眉を動かした。
「金貨ではないのか」
「はい」私ははっきり言った。「金貨は一度きり。仕組みは続きます。これが、私たちの寄進です」
レオンが隣で空の掌を見せた。「俺は戻らない。だが、家の負債は今日半分ここで持っている。残り半分は、仕組みで返す」
指輪が静かに光った。使者の目にそれが映り、声を潜めた。
「……確かに、光は依存ではないように見える。報告に記す」
彼は文を抱えて砦を去った。
夜の一時間。私は記録帳を開き、今日の三行を写した。〈導水樋の写しを王都へ送付〉〈休息帯二日連続成功〉〈寄進=仕組み〉。声に出して読むと、胸の奥が静かになった。
「今日の好き」と私は書く。〈あなたが“負債を半分持つ”と言ったこと〉
「今日の好き」とレオンは返す。〈君が“仕組みを寄進にする”と宣言した声〉
二つの光が同時に揺れた。短く、けれど芯のある灯。
寝台に戻る前、私は記録帳の末尾に一行を加えた。
〈恋は、生活を寄進に変えること。〉
離縁まで、二十四日。生活はまだ続く。季節の棚は夏へ進み、次の空白を待っている。




