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一度きりの離縁をください ― 契約夫婦、期限切れ前夜  作者: 東野あさひ


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第8話「夏欄の設計――“負債を半分に割る地図”」

 朝の光が砦の石壁に反射して、少しだけ夏の気配を含んでいた。

 壁に掲げられた〈季節の棚〉の夏欄は、まだ空白が多い。昨日置いたのは〈寄進の継続方式〉ただ一つ。だが、王都からの返文は明確だった――十日以内に夏欄を提出せよ。


「空白を恐れすぎるな」

 レオンが隣で静かに言った。机の上には剣帯ではなく、紙と白墨だけがある。彼は今日も空の掌を差し出していた。

「今日やれるのは、夏欄に“負債”を割り振ることだ。全部は無理でも、半分に割れば進む」


 私は頷き、札束から三枚を抜いた。〈寄進の金額〉〈親戚筋の婚姻調整〉〈議場での発言枠〉。どれも重い札。けれど、今日だけ欄に落とせば持てる。



 食堂に人が集まった。ヘーデは鍛冶場から煤を落とさぬまま来て、サビーナは洗い場の桶を脇に置き、ローレンは粉袋を抱えて腰を下ろす。マルタは菓子皿を運びながら笑った。


「今日は“夏”を分け合う日ですよ」


 私は壁の板に線を引き、〈夏欄〉に三つの負債を並べた。

「まず、寄進の金額。――半分を砦の生活で証明します。導水樋と兵の休息、これを生活の寄進と呼ぶ。金貨ではなく、仕組みを寄進する」


 ローレンが手を叩いた。「麦もそうですな。袋を渡すより、粉を挽く仕組みを守るほうが、寄進になる」


「残りの半分は王都に送ります。帳簿と一緒に、生活の記録を添えて」

 私は札〈寄進の金額〉を“半分に割る”印の下へ置いた。



「次に、親戚筋の婚姻調整」

 この札を掲げたとき、空気が少し固くなった。家に関わる話は、誰もが重みを知っている。

「今日できるのは、“代理窓口”を決めること。王都に出る人をここからは選ばない。――ハーゼ、お願いします」


「承ります」執事は短く答えた。


「窓口は砦の生活に根を置き、書式を私が作る。半分をこちらで持ち、残り半分を家に返す」


 レオンが付け加える。「俺は婚姻に使われない。――今日はここで生きている」

 指輪が短く光った。マルタがわざとらしく咳払いをして、「ほら、証明」と笑った。



「最後に、議場での発言枠」

 私は板に大きな丸を描いた。

「王都の議場に立つのは家の役目。でも、発言の内容を支えるのは生活。――そこで、発言を“生活の写し”にします」


 ヘーデが腕を組んだ。「鍛冶場の火も、打つたびに火花が出る。発言も打ち直しが要る。写しがあれば、打ち損じても燃え尽きない」


「ありがとうございます」

 私は札を三つ並べ、板に太い線を引いた。**夏欄の三負債を“半分に割る地図”**が形になった。



 午後、王都へ送る写しを作るために机に向かった。白墨の粉で指先が白くなり、インクの匂いが鼻を刺す。レオンが肩越しに覗き込み、短く言った。


「頼む。俺の弱さも書いてくれ」


 私は頷き、余白に記した。


彼は家の議場を避けてきた。だが、今日、議場を“生活の写し”に変えると決めた。


 光が小さく揺れた。



 夜の一時間。食堂の隅で記録帳を開き、今日を声にする。

「今日の好き――あなたが“仕組みを寄進にする”と言ったこと」

「今日の好き――君が婚姻の札を割って、俺を生活に残したこと」


 二つの光が、静かに重なった。


 季節の棚の夏欄には、まだ空白が多い。けれど、負債は割れる。割れば半分は持てる。残りの半分は、誰かに渡せる。


 離縁まで、二十五日。

 私たちは今日も、空白に線を引いた。――現在形の地図として。

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