第6話「季節の棚――“春の欄”から埋めていこう」
朝、私は壁に新しい板を釘で留めた。見出しは大きく、〈季節の棚〉。その下に四つの小見出し――春/夏/秋/冬。まずは春の欄に三つの引き出しを描く。
①導水の恒常化(板→樋へ)
②兵の休息ローテ(当直の“空白帯”を作る)
③家×生活の交差窓口(返書→窓口→日次まとめ)
白墨の粉が指に付く。私は息を整え、今日だけ欄の札束から三枚を抜いた。〈樋材の調達〉〈休息帯の試行〉〈窓口の位置決め〉。拾い制に投げると、すぐ手が挙がる。
「樋材は鍛冶で金具、木は粉屋の裏山で切り出し手配」ヘーデとローレンが同時に。
「休息帯は兵舎で昼の二刻、誰も呼ばない時間を貼り出す」ユルク。
「窓口は執務室の扉わき、見守り札の真下に」ハーゼ。
「ありがとう。――春の欄、運用開始」
声に出すと、胸の奥の硬さが少しほどける。季節は遠い言葉に見えるけれど、今日の小石を並べていけば、棚になる。
◇
峠道。仮の板を樋に替えるため、私は印の上に紐を張り、角度を測る。レオンが隣で木口を支え、私は金具の位置に白墨で点を打った。
「頼む、右をもう少しだけ上へ」
「引き受ける。半分」
高さが揃った瞬間、流れがすっと細くなる。水は新しい道を覚え、泥の舌が退く。私は記録帳の端に小さく記した。〈樋:一号完成/拾い=鍛冶・粉屋・兵〉
「今日のうちに二号まで」と口にしかけ、私は舌を噛んだ。未然形は言わない。
「二号の“設計だけ”今日やる」
「いい選び方だ」
レオンが笑い、指輪が微かに温かい。
◇
昼、兵舎の入口に休息帯の札が貼られた。“この二刻、呼ばない”。呼ばないことを言葉にするだけで、空気が柔らかくなる。ユルクが「最初は落ち着かないが、やる」と短く言い、兵たちは頷いた。
私は札の下に小さな箱を置く。**“呼ばれた/呼ばれなかった”**の小石を入れる箱。見える数字は、安心の形になる。
◇
夕刻、家×生活の交差窓口の前に立つと、ミーナが緊張した顔で札を差し出した。
「家からの早文が来ました。返書への受領のみ。でも……変な一行が」
札には、細い字でこうあった。
――『季節の棚の写しを求む。春欄、明日の朝までに』
「急だな」レオンが眉をひそめる。
「今日だけ欄に落とします。〈写しの作成〉――拾い」
私は自分で拾い、板へ向かった。白墨の線を清書し、春の欄の三引き出しに現在形の文を添える。
導水は、今日、樋一号が流れている。二号は設計図を描いた。
休息帯は、今日、二刻を守った。呼ばれなかった小石は七つ、呼ばれたは一つ。明日は貼り直す。
窓口は、今日、家の文を受け、記録の写しを作る。
余白に**“弱さの開示”**を追記した。
王都は怖い。だが、怖さを棚に載せる。
紙を綴じる前、背に息が落ちる。レオンが空の掌でページを支えた。
「頼む。俺の“家の弱さ”も添えてくれ」
私は一行を書き足す。
彼は壁を“今日だけ欄”に落とすと決めた。跳ね返りは位置をずらして受ける。
指輪が短く光る。ミーナが目を丸くして笑う。「見守り拾い、します!」
◇
夜の一時間。食堂の隅で、第三者立会いなしの静かな検証を始めると、扉に軽い影が差した。セルジュだ。入らず、声だけ。
「季節の棚は、記録の骨格になる。――**“今日だけ欄”が動いている限りは」
「動かします」私は答えた。「今日から」
彼はそれ以上何も言わず、足音を遠ざけた。灰の目は、まだ判定の色を保っている。けれど、生活の密度に触れているのがわかった。
私はレオンのほうを向き直る。「今日の好きを書きましょう」
彼――〈樋の角度を“設計だけ”に止める君の選び方〉
私――〈休息帯の札を“呼ばない勇気”と呼んだ彼〉
光は、短く、確か。記念日ではないが、胸の灯に十分だった。
◇
消灯前、窓の外で風が変わる音がした。春は早く、夜の冷たさはまだ残る。私は春の欄の紙束を袋に入れ、窓口に縄で括りつけた。
「明朝、使者に渡します」
「頼む。半分」
「半分、持ちます」
掌を重ね、短く笑う。剣帯は今日も机の上に置いたまま。空の掌は、頼る手になる。
離縁まで、二十七日。
季節の棚の最初の引き出しが、音を立てて閉まる。明日、また開けるために。




