第13話「家からの反駁――“仕組みは贈り物にならぬ”という声」
その文は、午後の鐘が二つ目を打った頃に届いた。
封を切った瞬間、墨の匂いが強く漂う。そこに記されていたのは、冷徹な反駁の文だった。
『寄進とは金である。婚姻とは人と人を結ぶこと。議場とは血統を示す場。仕組みや生活は贈り物にはならぬ。貴殿らの提案は、家の威信を損なう恐れがある』
私は文を持つ手を震わせた。昨日ようやく“交差”として線を引き、生活を中心に据えたばかりだというのに、その根を否定するような言葉。胸に置いた石が一気に重くなる。
レオンが文を取り、目を細めた。唇が固く結ばれているが、沈黙の奥には怒りが隠れているのが分かる。彼にとって「仕組みでは贈り物にならぬ」と言われるのは、彼自身の存在を否定されるのと同じだから。
砦の集会
夕刻、食堂に皆を集め、私は文を読み上げた。空気が一瞬で重くなる。
ヘーデが眉をしかめて机を叩いた。
「火を渡すより、火の起こし方を渡す方が長持ちする。それが分からんとは……」
サビーナは桶を抱えたまま震えていた。
「洗い場だって同じです。順番を守る仕組みがあるから、喧嘩せずに済む。人を贈っても、仕組みがなければ壊れてしまうのに」
マルタはため息をついて、「まあ、家の人たちは毎日鍋をかき回すわけじゃないからね」と皮肉を言ったが、その声には悔しさがにじんでいた。
私は深呼吸し、壁の板を指差した。
「仕組みは贈り物にならないと言われました。でも、私たちにとって仕組みこそが生きる証です。だから、仕組みを“贈り物の形”に整えましょう。金貨のように数えられる形に」
“見える寄進”を作る
その日の午後、砦は慌ただしく動いた。
ヘーデたちは樋の仕組みを図に描き直し、寸法と金具の数を記した。ローレンは麦の粉を計量し、粉袋の数と回転率を一覧にした。サビーナは洗い場の手順を絵にし、桶と布の交換回数を書き込んだ。
「数字や印があれば、彼らの言う“贈り物”の形になるでしょう」
ハーゼがまとめた紙を私に渡す。そこには“生活の仕組み”が見える数字として並んでいた。
私はうなずき、余白にこう記す。
本日現在、砦の生活は以下の仕組みで成り立つ。
導水樋二基、兵の休息帯二刻、麦粉百二十袋、洗い桶十二。
これを寄進の証とする。
紙面に墨を落とすごとに、恐怖が少しずつ形を持ち、持てるものに変わっていく感覚があった。
レオンの葛藤
夜、執務室で仕上げをしていると、レオンが窓際に立っていた。背を向け、拳を固く握っている。
「……仕組みは贈り物にならぬ、か」
低く絞り出すような声。
「レオン……」
「俺は、家にとって“剣”でしかなかった。議場では、ただ立って威信を示すための駒。それが、仕組みでいいと言い換えることは、俺の存在を削ることになるのかもしれない」
胸が痛んだ。彼の弱さが、こうして形になって溢れるのを聞くと、抱きしめたい衝動に駆られる。けれど私は記録帳を開き、ペンを走らせた。
彼は今日、仕組みを贈り物に変えることに怯えている。だが怯えは、彼がここに生きている証でもある。
読み上げると、レオンはゆっくりとこちらを振り向いた。
「……弱さを、書いたのか」
「はい。今日の姿として」
指輪が淡く光り、彼の肩が少し下がった。
夜の一時間
食堂の隅で記録帳を開き、今日の三行を記した。
〈家からの反駁、仕組みは贈り物にならぬ〉
〈砦で“見える寄進”を作成〉
〈弱さを記録に落とす〉
「今日の好き」と私は書いた。〈あなたが弱さを語り、それを私に預けたこと〉
「今日の好き」とレオンが返す。〈君が仕組みを数字にし、贈り物の形に整えたこと〉
二つの光が重なり、部屋の隅に静かな灯が生まれる。その灯は恐怖をすべて消してはくれないが、恐怖と一緒に歩ける温度を持っていた。
寝台に戻る前、記録帳に一行を追記した。
〈恋は、“贈り物にならぬ”と否定されたものを、共に贈り物に変えること〉
離縁まで、二十日。
家の反駁は強い。だが砦には答える形がある。生活は確かに、贈り物になり得るのだ。




