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一度きりの離縁をください ― 契約夫婦、期限切れ前夜  作者: 東野あさひ


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第12話「季節の交差――“夏欄”をどう埋めるか」

 夜明けと同時に鐘が鳴り、砦の空気に夏の気配が混じり始めていた。春の雪代は収まりつつあり、峠の道も少しずつ落ち着きを取り戻している。だが壁に掲げられた〈季節の棚〉の夏欄は、まだ空白が目立った。寄進、婚姻調整、議場答弁――三つの札は掲げられているものの、細部は空いたまま。


 その空白を見るたび、胸の奥にざらりとした不安が生まれる。未来に備えろと家は迫るけれど、私にできるのは“今日”の小石を置くことだけだ。それでも空白を放ってはおけない。


「今日から“交差”を始めます」

 私は食堂の壁の前に立ち、そう告げた。人々はそれぞれの持ち場からやって来て、半円を描くように座る。レオンは剣帯を机の上に置き、掌を空にして座った。


「夏欄に置かれた三つ――寄進、婚姻、議場。これを互いに結びつけ、半分に割ります」


 私は白墨で三本の線を描き、中央で交わらせた。

「寄進の“仕組み”は、婚姻における顔つなぎに変えられる。たとえば、導水の樋や休息帯の仕組みを王都の親戚筋に見せること。それが“贈り物”になる」


 ハーゼが眼鏡を押し上げて頷いた。「結びの形を人ではなく仕組みにすれば、顔を立てつつ半分を守れます」


「議場答弁も同じです。仕組みを寄進とし、それを言葉に変える。寄進と議場は半分重なる」


 ヘーデが鼻を鳴らす。「つまり、鍛冶場の火を議場に持っていくわけだな」


「ええ。そして婚姻は――“窓口”で交わされる。窓口そのものを仕組みとして見せる。これで三つは交差します」


 白墨で線を引き終えた板の中央には、三角の重なりが浮かび上がった。私はそこに小さく文字を書き入れる。〈交差=生活〉。


 午後、私は窓口で新しい文をしたためた。

「寄進の仕組みを婚姻の贈り物に変える。導水や休息帯の記録を、候補者の家へ送る。――婚姻は生活を渡す形で進めます」

 書きながら手が震えた。家からは反発が来るだろう。だが“仕組みを贈る”と決めたのは昨日の私だ。今日の私が書かずに誰が書くのか。


 背後でレオンが静かに見守っていた。目を閉じ、短く言う。

「頼む。俺の弱さも添えてくれ」


 私は余白に加えた。


彼は血の絆に縛られながらも、婚姻を仕組みに変えると決めた。人ではなく生活を渡す道を選んだ。


 ペンを置いた瞬間、指輪が柔らかく光り、緊張がほどけていく。


 夕刻、窓口に人々が集まった。ローレンが麦袋を肩に担ぎながら言う。

「粉を贈るより、挽き方を贈れ。これで婚姻の顔も立つでしょう」

 サビーナが笑った。「洗い場の順番も贈りましょう。きっと王都の屋敷では混乱しますから」

 マルタは皿を拭きながら、「菓子の分け方だって仕組みにできるわよ」と言った。


 それぞれの言葉が板に重なり、夏欄の空白が少しずつ埋まっていく。私はその光景に胸を打たれた。未来の重圧は消えない。けれど、みんなが交差点に石を置いてくれるのだ。


 夜の一時間。私は記録帳に今日の三行を書いた。

〈夏欄の三札を交差させる〉

〈婚姻=仕組みの贈り物に変換〉

〈交差の中心=生活〉


「今日の好き」と私は書いた。〈あなたが婚姻を仕組みに変える道を選んだこと〉

「今日の好き」とレオンが返す。〈君が三つを交差させ、生活を中央に据えたこと〉


 指輪が光を重ね、部屋の片隅に温かな灯が揺れた。


 記録帳の末尾に一行を追記する。

〈恋は、空白を交差で埋めること〉


 離縁まで、二十一日。季節の棚はついに交差を得た。未来の重圧も、今日の石を積めば支えられる。

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