第10話「婚姻調整の札――“代理窓口”が背負う重さ」
翌朝、窓口に届いた封書を開くと、整った字で命令が記されていた。
『親戚筋の娘との婚姻調整を急げ。候補は三名。いずれかを選び、夏までに結びつけること』
あまりに冷たい文面に、胸の奥がきゅっと縮む。昨日、婚姻調整の札を“半分に割る”と決めたばかりだというのに、家はそれをまるでなかったことのように押し付けてきた。
「婚姻……三人の候補……」
紙を見つめていると、レオンが短く言った。
「俺は結ばない」
その声は低いけれど、揺らぎがなかった。光が指輪をかすかに照らす。
食堂に人々を集め、私は札を掲げた。
「家は婚姻候補を三人挙げています。でも、ここで決めることではありません。窓口を通して返すのが唯一の方法です」
ハーゼが静かに前へ出る。「代理窓口の務め、改めてお引き受けします。調整の文式は私が整えましょう」
マルタが肩をすくめて笑った。「婚姻の話なんて、台所の煙みたいなもの。外で風に散らせばいいわ」
サビーナも「洗い場でも婚姻の噂話は絶えません。でも、札で仕分けできるなら怖くない」と言う。
皆の言葉が心を支えてくれる。私は返書の大枠を読み上げた。
「候補者三名については、窓口を通じてのみ議する。砦から王都に出る者はいない。半分は窓口が持ち、半分は家に渡す――そう記します」
午後、執務机で返書を書き始める。インクの匂いが鼻を刺し、白い紙の前で指が震えた。未然形を避けようとすればするほど、未来の影が濃くなる。
「私は今日、婚姻を結んでいません。私は今日、砦に暮らしています。候補の件は窓口で扱います」
現在形だけで文を繋いでいく。
レオンが隣に座り、低く言った。
「頼む。俺の弱さも添えてくれ」
私は余白に一行を書き足す。
彼は婚姻の札を壁に留めず、窓口へ落とすと決めた。壁を守るために。
その瞬間、光がふっと強くなった。
夕刻、家の使者が砦に現れた。鋭い目で紙を受け取り、口を結んだ。
「……婚姻を避けるなど、無謀だ」
「避けてはいません」私は返した。「今日の話を今日の場に落とす。それが調整です」
レオンが一歩前へ出る。
「俺は家のために生まれた。だが今はここで生きている。半分を窓口に渡す。それが今日の答えだ」
使者は短い沈黙ののち、文を抱えて去った。残された空気は重かったが、砦の壁は揺らがなかった。
夜の一時間。私は記録帳に今日の三行を記した。
〈婚姻候補三名の文、窓口に落とす〉
〈返書、現在形で作成〉
〈代理窓口、正式に稼働〉
「今日の好き」と私は書く。〈あなたが“俺は結ばない”と短く言ったこと〉
「今日の好き」とレオンは返す。〈君が札を窓口に落とし、壁を守ったこと〉
二つの光が重なり、部屋の隅に淡い灯が生まれる。
寝台に戻る前、記録帳の余白に一行を添えた。
〈恋は、壁を守るために札を落とすこと〉
離縁まで、二十三日。婚姻の札は重い。だが窓口に落とせば、持てる。今日の半分を、確かに。




