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逃げる天使

 ――どこからともなく、小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 セロンはごろりと寝返りを打ち、ぱちりと目を覚ます。


(あれ……?)


 太い腕が己の膝上から転げ落ちていかないように、守ってくれる様子がなかったからだ。


(ふかふか……)


 真っ先に飛び込んできたのは、見慣れない天井。

 そして、ふわふわと寝心地のいい寝台の感覚だった。


(このままずっと、ここで横たわっていたいくらい……)


 固くて寝心地が悪く、ひんやりとした冷たい床でしか眠ったことがなかった天使は何度も寝返りを打ってこのまま二度寝したいという気持ちでいっぱいになったが、室内に誰もいないことに気づいて飛び起きる。


(ルセメルと、あの人……。いない……)


 なぜか開け放たれている窓の外からは暖かな日差しが差し込み、カーテンが揺れていた。

 まるでここから外へ出るなら今しかないと、誘っているかのように……。


(逃げるなら、今……)


 ぼんやりと外に繋がる扉を見上げていた少女は、背中に純白の翼を生やす。


(あの人は、わたしにおいしいご飯を食べさせてくれた。侍女は騒がしいけど、悪い人じゃない。ここにいたほうが、安全だってわかってる。でも……)


 セロンには、ここにいてはいけないと感じる理由があった。


(呼んでる……。誰かが……。わたしの、こと……。迎えに行かなくちゃ……)


 それが自分の同胞なのか、見ず知らずの人間なのかはわからない。


『セロン』


 何度も、自分の名を呼ぶ少年の声が空から聞こえてくるのだ。


『こっちだよ。ボクに、会いに来てくれ』


 天使は何かへ誘われるように、開け放たれた窓から上空で飛び立とうと試みる。


「だっ! 駄目です! ここ、3階ですよ!? 地面に叩きつけられたら、大怪我をしてしまいます……!」

「ぅ……っ」


 しかし――それを阻止するものが現れた。

 どこからともなく姿を見せたルセメルに背中から抱きしめられ、飛び立てなくなってしまったのだ。


(お、重い……)


 無理にこのまま飛び上がれば、翼が折れてしまう。

 そう危惧した天使はすぐさま羽根を消失させると、侍女の腕の中にすっぽりと収まってぐったりとした様子で身体を預けた。


「セロン様!? 大丈夫ですか!?」

「飛ぼうとしてる時、危険……。翼、もがれたら……。元には、戻らない……」

「す、すみません……! ですが、旦那様にご心配をかけるわけにはいかないので……!」

「心配……?」

「そうですよ?」


 ルセメルの口から思ってもみない発言が飛び出し、セロンは不思議そうに首を傾げた。

 しばらく2人は、無言で互いに顔を見合わせていたが――。

 いつまで経っても続きの言葉を紡ごうとしない侍女の姿を見越して、悲しそうに目を伏せた天使がクロディオの印象を語る。


「あの人……。よく、わからない……。わたしのこと、どう思ってる……?」

「あれはどう考えても、脈アリです! 好きに決まってますって!」

「蟻……?」


 セロンは聞き馴染みのない単語を耳にして、こてりと首を傾げた。


(わたしと一緒に床へ座るまでは、どうでもいい存在に対する扱いにしか見えなかった……)


 その後、食事に対する会話などからはこちらを心配する要素が見え隠れしていたが、完全に信頼できる人だと見極められたかと言えば別の話だった。


(あれでも、大切にしている人へ向けた丁寧な対応なんだ……。もっと、わかりやすくしてほしい……)


 蟻の大群が行進している姿を思い浮かべていた天使は、どこか納得のいかない様子で侍女の説明を耳を澄ませた。


「セロン様は、とっても可憐なお姿をお持ちですから……。男性らしく逞しい体躯の旦那様は、視界に捉えるだけで恐ろしいとは思いますが……」

「うん……」

「旦那様は、ぶっきらぼうで無愛想なだけなのです。心の奥底では、とてもセロン様を大切にしていますよ!」

「あなたがそう、思いたいだけ?」

「う……っ。それは、否定しないです……けど……!」


 黙って話を聞いていたセロンが今までの内容を纏めれば、ルセメルはショックを受けてしまったようだ。

 胸元をぐっと堪えた侍女は、どうにかクロディオに対する好印象を植えつけたいらしい。

 納得した様子を見せる天使に向けて、まだまだここからだと言わんばかりに力強い発言を口にした。


「やっぱり……」

「大事に思っていなければ、領城に連れ帰ったりしないですよ!」


 ここからルセメルは持ち前の明るく元気なところを活かし、人形のように大人しいセロンに向けて畳みかける。


「旦那様に、朝のご挨拶を……」

「今すぐは、嫌」

「セロン様!」

「わたし、探しにいかなくちゃ」

「駄目ですよ!」

「誰かが、呼んでるの……」

「でしたら、旦那様と一緒に……!」


 自分を呼んでいる得体のしれない誰かと顔を合わせるまでは、絶対に外へ行くのを諦めない。

 そうセロンが頑なになっていると知り、観念したのだろう。

 何かを思いついた彼女は満面の笑みを浮かべ、明るい声で天使に提案した。


「そうだ! でしたら、一緒に気分転換をしに行きましょう!」

「てんか……?」

「はい! 私がセロン様に、領地内を案内いたします!」


 思わぬ誘いを受けたセロンは、当然断ろうとした。


「でも……。歩いて行くより、空を飛んだほうが……」


 しかし、天使の手に許可なく触れたルセメルは、どれほどセロンが難色を示しても諦めなかった。


「旦那様に何か言われたら、この国のいいところをたくさん知りたかったって言いましょう! そうすれば、勝手に抜け出しても文句は言われません!」

「わたし、1人で……」

「さぁ! 行きましょう!」

「話、聞いて……」


 ルセメルはどうにも気乗りしない様子を見せていたセロンの指先を離れないように握りしめると、クロディオの許可を得ずに天使を領城から連れ出した。

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