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辺境伯の執着愛

 それから2人の間に、取り立てて特別な出来事は起きなかった。

 クロディオは黙々と書類の整理を行いながら、時折尋ねてくる騎士団の団員達に指示を飛ばす。


「団長! 支援物資の到着が遅れています!」

「倉庫の貯蓄庫から、不足分を充填しろ」

「はい! ところで……」

「なんだ」

「そちらの目麗しい女性は……?」


 団員は地べたの上に布を敷き、セロンと並んで座る辺境伯の姿に疑問を感じたようだ。

 恐る恐る紡がれた質問を受けても眉一つ動かさず、彼は淡々と部下を追い返す。


「気にせず、仕事に戻れ」

「失礼いたします!」


 どうやらクロディオは、聖女天使を保護して匿っていることを周知したくないらしい。


(騒ぎになるの。嫌、だから……?)


 長年存在を秘匿されて生きてきたセロンにとって、来客が訪れるたびに「隠れていろ」と命じられた伯爵家の暮らしよりはよほどマシだ。


「旦那様。もっと、セロン様を気にかけてくださいよ~」

「くどい」


 しかし侍女は2人がそばにいるのに一切会話をしないことが気がかりらしい。

 1時間ごとに辺境伯へ促すが、彼は大人しく本を読んでいるセロンを邪魔するのも忍びないと考えてくれたのだろうか?

 何度促されようとも、ピシャリと遮断しているのが印象的だった。


(面白かった……)


 一冊の本を読み終わり、パタンと本を閉じる。

 その様子を目にしたルセメルは、パンっと両手を叩いて笑みを浮かべた。


「セロン様! そろそろ、夕食のお時間ですよ!」

「ご飯……?」


 天使はこてりと首を傾げたあと、あたりを見渡す。

 窓の外はいつの間にか夜の帳が下り、真っ暗になっていた。


「食堂に移動いたしますか?」

「いや、ここでいい。持ってきてくれ」

「かしこまりました!」


 2人の会話を耳にしていたセロンには、悲しそうに目を伏せてぽつりと呟く。


「わたしのご飯、3日に一度きり。今日は、食べられない日……」

「なんだと?」


 どんなにお腹が空いていても我慢しなければならないと、幼少期の頃から散々家族に教え込まれてきたのだ。

 それを破ったら、食べたものを吐き出してしまうほど恐ろしい目に遭う。

 どれほど辺境伯が不機嫌そうにしか聞こえない問いかけをしてきたとしても、日頃の習慣を変えるつもりはなかった。


「朝、昼、夕。今までは1日3回きっちりと、食べて来なかったのか」

「どんなにお腹が空いても、我慢しなきゃいけなかった……。わたしは、野良天使だから……」

「ありえん……。聖女天使を、一体なんだと……。いや。君は、どれほど過酷な状況下で暮らしていたんだ……?」


 セロンの事情を耳にしたクロディオは、自問自答を繰り返すように呆然と呟く。

 それを聞き、ようやく自分が劣悪な環境で過ごしていたと自覚した。


「わたしの当たり前、あなたの異常?」

「ああ。腹いっぱいになるまで、好きなだけ食べるといい」


 天使が今まで置かれていた状況に心を痛めた辺境伯は、優しい声で諭す。

 しかし、セロンはその好意を素直に受け取れなかった。


「それが当たり前になったら、自国に戻った時、耐えられない……」

「君はあの国に、戻る気があるのか」

「うんん。でも、連れ戻されるかも……」

「俺がそんなことを、許すとでも?」


 もしもの可能性に憂いた少女の姿を間近にした彼は、先程までの優しく瞳を和らげたからは想像もつかないほどに硬い表情で凄む。


(怒って、る……?)


 感情の起伏が思ったよりも激しい辺境伯の姿に戸惑いながら、セロンは彼の主張に耳を傾けた。


「君は願った。そばにいたいと」

「ん……」

「何があっても、この手を離すつもりはない」


 クロディオの大きな手が、天使の細い指先を包み込む。

 そこからじんわりと伝わる熱を感じ、セロンはうっとりと瞳を潤ませた。


「俺は……」

「お待たせいたしましたー!」


 彼は何かを言いかけたが、すぐさま言葉を止める。

 夕飯の乗ったティートローリーを片手に、ルセメルが満面の笑みを浮かべたからだ。


「まさか食事も、ここに座ったまま取るなど言わないだろうな」


 視線で射殺さんばかりに睨みつけられてしまえば、「はいそうです」など言えるわけがない。

 セロンは渋々本を床に置いて、キョロキョロとあたりを見渡す。


「テーブルと椅子……」

「抱き上げるぞ」


 目線が逸れたことに気づいたクロディオはこちらに向かって一声かけると、繋いでいた手を離して軽々と天使を抱き上げた。

 そのまま移動した先は、書類が山積みになったテーブルの前に置かれた椅子だ。

 辺境伯はそこへどかりと腰を下ろすと、セロンを膝上に座らせた。


「ルセメル。紙エプロンを寄越せ」

「はい! ただいま!」


 侍女から紐つきの紙エプロンを受け取ったクロディオは、天使の細い首筋にそれをくくりつけてくれる。


(この人は……どうするんだろう……?)


 自分も彼の膝上に立ち、つけてあげたほうがいいのではないかと考えて振り返る。

 しかし、こちらが気を回す必要はなかったらしい。

 辺境伯は何事もなかったかのように自らの首にそれを巻きつけると、セロンにカトラリーを手渡した。


「足りなければ、言ってくれ。用意させよう」

「これ、2人分……?」

「ああ。そうだが……。全部食べても構わないぞ」

「4分の1くらいで、平気」


 鶏の照焼が丸ごと1羽、カップに注がれたオニオンスープ、お皿いっぱいに乗せられたみずみずしいサラダ、焼き立てのフランスパン――。

 見ているだけでもお腹いっぱいになってしまいそうなほどに豪華な食事を目にしたセロンは、ルセメルが小皿に取り分けてくれた肉料理を口に運び、嬉しそうな声を上げた。


「おいしい……」


 伯爵家で出されていた粗末な食事とは比べ物にならない。

 こんなおいしいものを食べれるなど、夢のようだ。

 天使はマイペースにあれもこれも欲張り、全ての料理を少量ずつ食べ進め、このうえない幸せを感じながら夕食を終えた。


「ごちそう、さまでした……」

「もういいのか」

「お腹、いっぱい……」

「3日に一度、この量しか食べていなかったのか」

「うんん……。今日、いつもの5倍、食べた。普段は、もっと少ないよ……」

「なんということだ……」


 セロンの告白を聞いたクロディオは、天を仰ぐ。

 腐りかけのフランスパンを半分だけしか与えられなかったと聞いたら、卒倒してしまいそうだ。


「本当に、これだけで足りたんだな?」

「ん。平気……」

「わかった。ルセメル。明日からは、量を減らしてくれ」

「かしこまりました」


 クロディオの膝の上にちょこんと座って料理を食べ進めている間、彼はずっと片づけていた書類仕事を終えたらしい。

 辺境伯はようやくカトラリーを手に取り、もの凄い速さで冷めた料理を片っ端から食べ進めていく。

 その光景は思わず見惚れてしまうほど小気味よく、セロンは目を丸くした。


「旦那様は、騎士団を率いていらっしゃいますから。出身こそ貴族ですが、マナーよりも食べれる時にすべて口に含むほうを優先するタイプなんですよ」

「そうなんだ……」

「幻滅したか」

「……うんん。お見事……」


 カトラリーをテーブルの上に置いた天使はパチパチと手を叩き、全ての料理を空にした彼の食べっぷりを称賛する。

 それを目にした辺境伯は、口元を綻ばせて不敵な笑みを浮かべた。


(褒めてもらえて、喜んでる……?)


 クロディオに直接問いかける勇気のなかったセロンはそう勝手に解釈すると、彼の胸に身体を預けた。


(こうして誰かとお話をしながら、食事ができるなんて……。夢みたい……)


 あのまま伯爵家の地下牢で過ごしていたら、一生経験などできなかっただろう。


(あの国を見捨てて、本当によかった……)


 辺境伯の逞しい胸板に寄りかかっていると、頭部から伝わるじんわりとした熱が眠気を誘う。

 空腹を満たしてうとうとと微睡み始めれば、上部から待ったをかけられてしまった。


「寝るなら俺の腕の中ではなく、湯浴みを終えてから寝台でしてくれ」

「ん……」

「聞いてるか」

「ここが、いい……。それか、床……」

「まだそんなことを言っているのか……。身体を痛める。その辺に寝転がるのだけは、絶対に止めてくれ」


 セロンは飼い主に懐いた猫のように彼の膝の上にまるまると、ゆっくりと目を閉じた。


「仕方ないな……」

「旦那様はすっかり、セロン様の信頼を勝ち取ったみたいですね! 羨ましいです~!」

「騒がないでくれ。彼女が目を覚ましてしまうだろう」


 微睡む意識の中で、セロンは声を落とした彼の囁き声を耳にした。


「君は、誰にも渡さない……」


 さらりと長い銀髪を手櫛で撫でつけられたあと、一房手にとって口づける。


(出会ったばかりの彼が、わたしに好意をいだいてくれるわけがない……)


 天使に対する独占欲を隠すことなく曝け出した辺境伯の声だけを聞いていたセロンは、それが自分の都合のいい夢だと判断し、眠気に抗いきれずに意識を失った。

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