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義姉に婚約者を奪われた天使は

「ちょっと! あんた、殿下に何したの!?」


 父親に怒鳴りつけられてから、数日後。

 セロンの元へ、今度は義姉がやってきた。


「かあさま、頼まれて……。髪飾り……」

「その話は、母さんから聞いた! これからバズドント伯爵が、あたしに会いに来るって言うのよ!」

「ねえさま、に……?」

「そうよ! 殿下は、あたしと同姓同名の聖女天使を探しているんですって!」


 ルイザにそう叫ばれた妹は、真っ先に王太子と出会った時の光景を思い出す。


(ねえさまの名前だけ、あの人に伝えたから……)


 セロンがルイザに髪飾りを渡すように告げた結果、義姉がそれを舞踏会で受け取ったのは明らかだ。

 頭には見慣れた髪留めが、しっかりと身につけられているのだから……。


(殿下、が……。ねえさまに直接、あれを渡していたら……。そんな勘違い、しない、はず……)


 妹が不思議そうに眉を顰めていれば、義姉の口から再び不可解な言葉が飛び出した。


「あたしは今日から、聖女天使よ!」


 ルイザは普通の人間だ。

 聖女天使は、なりたいと思い立ってなれるものではない。


(そんなの、無理に決まってる……)


 しかし……。


「あんた、自由自在に背中へ翼をはやせるんでしょう? あたしにも、分けてよ!」

「そんなの、できない……」

「ほんとに、使えないグズね……。じゃあ、いいわ! あんたの翼によく似た小道具を背負って、殿下を籠絡してみせるから!」


 セロンが首を振って義姉の願いを断れば、ルイザがどこからともなく用意したおもちゃの翼を取り出した。

 それを背負うルイザの姿を目にした少女は、感情の籠もらない瞳でその光景をぼんやりと見つめる。


(あの人なら、わかってくれるって……。信じている……)


 セロンとルイザは、義姉妹だ。

 血の繋がりがないため、顔たちや容姿がまったく異なる。

 1歳違いの姉は紅蓮の炎を思い出させる赤髪と桃色の勝ち気な瞳が印象的な高身長で、スタイルのいい女性。

 妹はシルバーブロンドとおっとりとした可憐な桃色の目を持つ、低身長で小柄な少女だ。


 ――共通点は、瞳の色だけ。

 1人の違いは、全体を通してみればひと目見ただけでも明らかだった。


(ねえさまが聖女天使を騙る、偽物だって……)


 だからこそ。

 ルイザの着替えを手伝わされたセロンは、心のどこかで期待していた。


(あの時。あそこで出会ったのは、わたしだって。あの人が、見つけてくれたら……)


 ――この地獄のような苦しみの中から、彼が助け出してくれるのではないかと。


「あたしが殿下のハートを射止める姿を、物陰に隠れてこっそり見てなさい!」


 義姉は妹にそう命じると、背中に不格好な偽物の翼を背負って地下室を出て行った。


(わたしも、行かなくちゃ……)


 このあとに訪れる悲劇を知りもしない妹は、ルイザの言いつけ通り物陰に隠れて2人の姿を観察する。

 そして――。


「ようこそ。我がバズドント伯爵家へ」

「やぁ。さっそくだけど、ルイザ伯爵令嬢を……」

「フラティウス殿下!」


 ――ありえない悲劇を目の前に、絶望した。


「ああ……会いたかった。僕だけの、聖女天使……」


 義姉が王太子の名前を呼んだ瞬間。

 彼はあの時言葉を交わした聖女天使との再会を喜び、瞳から大粒の涙を流す。


(なんで……?)


 セロンは信じられない気持ちでいっぱいだった。


(あの人と言葉を交わしたのは、わたしだったのに……)


 瞳から大粒の涙を流すほどに会いたがっていた女性の外見を、見間違える王太子が。


(ああして、慈しむような視線を向けられるのも)


 聖女天使と嘘をついてまで、彼を籠絡しようと目論む義姉が。


(触れ合う権利だって……)


 たった一度。

 数分だけ言葉を交わした異性に――己が考えていたよりも、依存していた自分に。


(全部、わたしのものだった……)


 2人の姿を物陰から見守っていたセロンが、心の中で納得できない気持ちと戦っているなど知りもせず。

 フラティウスはルイザに対して愛を囁く。


「好きだ。僕の愛しい婚約者。約束通り、迎えに来たよ」

「フラティウス様……」

「妻になってくれるね?」

「ええ。もちろん。あたしも、愛しているわ。殿下……」


 2人は情熱的な口づけを交わし合い、互いの首元に両腕を絡めた。


(許さない……)


 その様子をじっと観察していたセロンの瞳からは、光が薄れた。


(殿下は、わたしと婚約を結んだはずだったのに……)


 仄暗い感情を空色の目の奥に宿した少女は、怒りや憎しみの感情に全身が支配されていくのを感じる。


(一方的に、わたしへ婚約者だって、宣言して。人違いでねえさまにプロポーズするような人を、信じた……。わたしが悪いの……?)


 自問自答したセロンは、すぐさま勢いよく頭を振ってその思考をかき消す。

 ――よく、理解していたからだ。


『殿下の婚約者は、わたし』


 2人が目の前で想いを通じ合わせた以上、フラティウスにそう名乗り出たところで、彼は手に入らないと。


(ねえさまの名前を出さなければ、あなたは、わたしを見つけてくれた……?)


 もう二度と戻れない過去の過ちを脳裏に思い描いた天使は、瞳から大粒の涙を流して翼を広げ――大空に飛び立った。


(もうここには、いられない……)


 王太子と面と向かって言葉を交わし合う前までは、義姉が彼に嫁ぐことを望んでいたのに――。


(こんな展開になるなら。髪飾りなんて、届けなければよかった……)


 もっとうまくセロンが立ち回れていたら。

 フラティウスに愛を囁かれていたのが自分だと思えば、悔しくて堪らなかった。


(許さない。ねえさまも、わたしを虐げるかあさまも。地下室に閉じ込めた、とうさま。見る目のない、王太子も……)


 全身が焼き焦げてしまいそうな憎悪をいだいて空を飛び回る少女は偶然、隣国との国境で剣を振るう騎士達の姿を見捉えた。


「ルユメール王国の勝利を、殿下に捧げる!」


 自国の軍は敵国に戦争で勝利したようだ。

 耳を劈く咆哮を上げそれを喜んでいる。


(みんな、いなくなってしまえ。消えてしまえばいい……)


 負の感情に支配された天使がそこに視線を向けたのは、偶然だった。

 敵国の人々が何度も地に伏せようと諦めずに立ち上がり――自国の騎士達へ向かって必死に剣を振るう姿。

 それを視界の端で確認したセロンは、桃色の瞳を潤ませてぼんやりと考えた。


(わたしもあんなふうに……。ねえさまに立ち向かえば、よかったの……?)


 誰がどう見ても劣勢に追い込まれているはずの男性は、何度も果敢に自国の騎士へ挑む。

 天使にはそれが、不思議で堪らなかった。


(何度やっても、無駄……なのに……)


 あの男性のように。

 倒れても、傷ついても。

 挑み続けるその覚悟が足りなかったから。

 少女は今、ここにいる。


「パロニード辺境伯! いい加減、諦めたらどうだ?」

「は……っ。この命、尽きるまで……! 俺は諦めん……!」


 口から勢いよく血を吐き出した男性は、剣を握る手に力を込めた。


(あの人は……。凄い……)


 虐げられるのが当たり前だったセロンにとって、何度も己を奮い立たせて敵に立ち向かうクロディオの姿は、光輝いて見えた。


(死なせては、いけない人……。あの人の力に、少しでもなれるのなら……)


 そう強い想いをいだいた少女は地面に倒れ伏した辺境伯の前に狙いを定め――。


「わたしを捨てた国など、滅びてしまえばいい……」


 こうして天使は、戦場に降り立った――。

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