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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
7・聖女天使を虐げる国に、天罰を
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さよなら、初恋

 ルユメール王国の王城へと向かう道のりは、酷いことになっていた。

 パロニード辺境伯騎士団に制圧され、怯える人々。

 悲鳴を上げて逃げ惑い、抵抗を続ける住人。

 そして、神官達へ怒りをぶつける聖女天使達――。


『セロン。あそこを見てくれ。聖女天使達が、何かを言いたそうに……こちらを見ているよ』

「ほんとだ……」


 フラティウスと決着をつけるためにやってきた王城へ、許可なく侵入する直前。

 セロンは上空に留まる少女達の集団を目にした。


「放っておけ」


 クロディオの腕に抱きかかえられているせいで、同胞の姿を興味深そうに見つめることしかできず、聖女天使の元へは向かえない。

 それを残念に思うだけで、終われるはずがなかった。


「ペガサス」

『もう。仕方ないなぁ……』


 セロンは少女達の元にペガサスを向かわせると、彼の逞しい胸板に身体を預けて大人しくなる。

 猫のように小さく四肢を丸めると、辺境伯に甘い声を漏らす。


「大丈夫……。ずっと、そばにいるよ」

「あの男が……。面と向かって、君に求婚をしてきたとしても、か」

「ん。耳障りな雑音にしか、聞こえない。わたしの一番、クロディオ、だから……」

「セロン……」


 2人は愛を確かめ合うと、謁見の間へと乗り込んだ。

 しかし、そこで想定外の光景を目にする羽目になった。


「ゆ、許しておくれよ! あたしらは、関係ないんだ! あれは、ルイザが勝手にやったことで……!」

「申し訳なかった。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」


 すでに、修羅場が始まっていたからだ。


 玉座に座っていた国王が冷たい視線で見下すのは、バズドント伯爵夫妻。

 クロディオとセロンのお目当てであるフラティウスは、上空に漂う聖女天使の姿を窓から見るのに必死な様子を見せている。


(ねえさま……。王族の許可なく、勝手にみんな、解放した……。両親、責任を取れって、怒られたのかも……?)


 クロディオの腕の中で悲しそうに目を伏せた天使が、じっと両親に向けて蔑みの視線を向けた。

 すると天使の愛する辺境伯は、彼らに向かって声高らかに宣言して見せた。


「全員、動くな。今この場を持って、この地はパロニード辺境伯領となる!」

「な、なんだと……!?」

「そんな、馬鹿な話が……」

「あ、あんた! セロン!?」

「あ、ああ……。僕の、聖女天使……!」


 クロディオの発言を皮切りに、この場にいる人々の注目が自分に集まる。

 国王とバズドント伯爵は驚愕で目を見開き、義母は指先の先端を娘に向けた。

 そして、フラティウスは――。

 瞳から大粒の涙を流し、よろよろと元親友が抱きかかえる天使の元へと近寄った。


「ああ……。君の名前はやはり……。セロン、と言うのか……! とっても素敵な、名前だね……!」

「動くなと、言ったはずだが」


 クロディオは地を這うような低い声で王太子を威嚇すると、フラティウスの喉元へ剣の切っ先を突きつけた。


「酷いじゃないか……。僕達、親友だっただろう……?」

「俺は何年も前に、貴様とは袂を分かっている。今さら友好関係が続いていると周りが誤認するような発言は慎め。そして、俺とセロンに近づくな」

「クロディオは酷い……! 僕のほうが先に彼女を見つけて、好きになったのに……! 横から、掻っ攫うなんて……!」

「何度も言わせるな。君とはすでに、言葉を交わす段階にはない」

「この際、二番目でもいい! セロン! 僕と結婚してくれ……!」


 ルイザと似たような言葉を口にした彼は、どうしても自分と触れ合いたくて仕方がないらしい。

 こちらに向かって両手を伸ばすが、辺境伯がそれを許すはずもない。

 言っても聞かないと悟ったクロディオに強烈な蹴りをお見舞いされ、床に叩きつけられる。

 しかし――それでも懲りずに起き上がり、王太子は再び同じことを繰り返す。


「返してくれ……。いや、セロン……! 僕の元へ、戻ってきてほしい……!」

「そんなに好きなら」

「セロン……」

「どうして――ねえさまとわたしの違いに、気づけなかったの?」


 そんな情けない男の姿を目にしたセロンは、心底不思議で堪らないと言うようにこてりと首を傾げて問いかける。

 入れ込んでいる聖女天使が話しかけてくれたと浮き足立つフラティウスは、嬉々として自分は悪くないと語った。


「僕はずっと、セロン一筋だった! 君を誰かに、奪われたくなくて……! 急いだせいで、間違えてしまっただけなんだ!」

「そう……」

「ルイザのことなら、心配しなくていい! 婚約破棄は成立させた! 僕は今、誰とも婚約していない!」

「愛しているのは、わたしだけ。その言葉を、クロディオと出会う前に……聞けていたら……」


 どこか遠くを見つめながら悲しそうに目を伏せた天使の姿を目にしたクロディオは、セロンを抱きしめる力を強めた。

 離れないように、強く。

 苦しいと感じるほどに最愛の人に捕らえられた天使は、クスクスと声を上げて笑いながら辺境伯を茶化す。


「嫉妬?」

「悪いか」

「かわいい」


 2人はここが敵陣であることも忘れ、互いを見つめ合いいちゃつき始めた。

 そんな辺境伯と天使の姿を見れば、他人が入り込めないほどに強い絆で結ばれていると王太子も察したのだろう。

 フラティウスは呆然とした様子で、声を震わせた。


「どうしてそんな男なんかに……! そいつの手は、血濡れているんだぞ!?」

「彼の手が汚れたのは、命をかけて人々を守っているから」


 反論しかけたクロディオを手で制したセロンは、かつて信じてみようと思った異性と対峙する。

 その表情は、愛する人の前で見せた微笑みからは想像もつかないほどに――冷え切っていた。


「あなたみたいに、口先だけの……。自分勝手な人間とは、違う」

「僕は君から、そんな風に称される人間じゃない……! セロンだって! 僕と初めて出会った時は! 待っているって、約束してくれたじゃないか! なのに! どうして……!」

「そう。わたしは、あなたを好きになれそうだった」

「ならば……!」

「でも、今は違う。わたしの一番大切は、あなたじゃない」


 愛する天使から無表情で淡々と拒絶の言葉を紡がれたなら、王太子も受け入れるしかなかったのだろう。

 彼は必死に頭を振って天使が口にした拒絶を受け入れたくないと駄々をこねると、涙を流しながらセロンに問いかけた。


「そ、そんな……! う、嘘だ……! あり得ない……! こんなに、想っているのに! どうして、届かないんだ……?」

「いい加減、諦めて。それが、無理なら……」

「ここで、息の根を止めてくれる」

「ひ……っ!」


 かつての親友が愛する天使にみっともなく縋る姿を黙って見守っていたクロディオは、穢れを知らぬ少女に止めを刺させるわけにはいかないと考えたようだ。

 大剣の切っ先を首元に突きつけると、いつでも斬り伏せられるように力を込めた。


「ま、待つんだ! 冷静になれ。貴様らの狙いは、この国の領土か? 欲しければ、くれてやる! だから、我々の命だけは……!」


 息子の危機を悟った国王は、命乞いを始めるが――。

 セロンとクロディオは男性に向けて冷たい視線を向けた。

 それは明らかに、その主張を受け入れる気はないと言う意思表示であった。


『セロン! こいつらの相手は、彼女達に任せてほしい!』


 天使は上空から聞こえてきたペガサスのテレパシーを耳にして、小さく頷く。

 その後、剣呑な表情とともに――国王へ向かって、淡々と告げた。


「あなた達ルユメール王国の人間は、長年天使達を虐げ――神殿に、閉じ込め続けた。その罪は、重い」

「な、何を言って……」

「天使を苦しめる者に、天罰を」


 ――セロンの言葉とともに。


 上空で留まっていた聖女天使達が一斉に窓を突き破り、室内へと侵入する。


「今までよくも、あたしたちの自由を奪ってくれたわね!」

「絶対に許さない」


 そして、ついに――彼女達はルユメール王国を攻撃した。


「うわぁあああ!」


 そこから先は、語るまでもない。

 怒り狂った少女達は積年の恨みを晴らすために暴れ回り、今まで自分達が受けた苦しみを味わわせるために、舞い踊る。


「や、止め……」

「あ、あたしが何をしたって言うんだい!? あんたらには、関わりもしなかった! なのに、どうしてこんな目に……!」


 聖女天使の餌食となったのは、国王だけではなかった。

 バズドント伯爵夫妻、この国の騎士、騒ぎを聞きつけてやってきた神殿の人々――。

 心の底から少女達に許しを請うもの以外は、全員見境なく地に倒れ伏す。


「ひ、ひぃ……! た、助け……っ!」


 情けなくその場に尻もちをついたフラティウスはセロンに助けを求めたが、クロディオが大剣を振り回してその腕を弾き飛ばす。


「さよなら。わたしの、初恋……」


 同胞と愛する辺境伯の力を借りて復讐を成功させたセロンは、背中に生やした翼を消失させた。


「セロン。大丈夫か」

「ん。平気……。初めて、自分に加護……。使ったからか……。ちょっと、疲れただけ……」


 先程までの剣呑な表情と低い声はどこへやら。

 心配そうに目元を緩めたクロディオが、最愛の天使に優しく語りかける。

 そんな彼に身体を預けたセロンは、うとうとと船を漕ぎ始めた。

 しかし、セロンが気持ちよさそうに彼の腕で眠ることはない。


「あなたが、ペガサスの言っていた野良天使?」


 ――上空から声をかけられたからだ。

 セロンは同胞を前にして、勢いよく目を瞬かせた。


「ん……。初め、まして。わたし、セロン……」

「挨拶はいいわ。人間の男に無抵抗で抱きしめられる天使となんて、話が合いそうにないから」


 クロディオに向けて忌々しいと言わんばかりの視線を向けた同胞は、胸元で両手を組み――セロンに勝ち気な表情で告げる。


「私達は人間と暮らすなんて、うんざり。これからは、天界で暮らすわ」

「元気で、ね……。今度は、幸せに、なって……」

「はぁ? 何を言っているのよ。あんたも、一緒に行くでしょ?」

「んん……?」


 聖女天使から天界に行こうと誘われたセロンは、なぜそうなるのかと不思議そうに首を傾げた。

 そんなこちらの姿を見下した同胞は、呆れたように肩を竦める。


「天然なんだか、マイペースなんだか知らないけど……。私達が天界で暮らすって決めた以上、あんたは1人になるのよ。どう考えても、争いの火種にしかならないわ」

「だから、なんだ。君達は俺から、セロンを引き剥がすとでも言うつもりか」

「仕方ないでしょ。私達は散々、苦しんできた。もうこれ以上、同胞の怯える姿なんて見たくないのよ……」


 愛し合う2人を引き裂くなど、本当はしたくないのだろう。

 こうしてセロンを誘っているのは苦渋の決断とでも言わんばかりに、聖女天使は悲しそうに目を伏せた。


「それって、今すぐ。答え出さなきゃ、駄目?」

「悩む必要なんか、ないでしょ?」

「わたし、今……。力、使い果たして……。眠い……。正常な判断、困難……」

「まったく……。仕方ないわね。じゃあ、数日後。あんたのところに、答えを聞きに来てあげる」

「ん。ありがとう……」

「じゃあね。ペガサス。その子が人間に傷つけられないよう、見張ってなさいよ!」


 気の強そうな聖女天使はそう言い残すと、翼を羽ばたかせて天界へ登って行った。


(やっと、静かになった……)


 ずっと眠いのを堪えていたセロンは、安心したようにゆっくりと目を閉じ――クロディオと言葉を交わし合うことなく、深い眠りに誘われた。

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