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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
7・聖女天使を虐げる国に、天罰を
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姉妹喧嘩

「何度呼びかけても現れないなんて! あんたは、本当に愚図ね!」


 クロディオとペガサス、パロニード辺境伯騎士団を引き連れて国境に姿を見せたセロンは、義姉が赤い髪を振り乱しながら激昂する姿を目撃した。

 彼女の視界に入らぬ場所で歩みを止めた彼は、最愛の天使を呼んだ。


「セロン」

「うんん。わたし、今日はクロディオと一緒にいる」

「しかし……」

「ねえさま、か弱い人間。女の子。わたしの加護を受けた、あなたよりも……弱い」

「そうだが……。もしものこともある。せめて、安全が確認できるまでは……いつものように、見守っていてくれないか」


 これから言葉を交わす相手は、愛する少女の義姉だ。

 問題ないと、わかっていても――。

 ルユメール王国の兵士達が天使に向けて矢を射り、セロンが傷つく可能性もゼロではないと危惧したのだろう。

 彼は己が地上で2人の言い争いを身守るのを、よしとはしなかった。


「攻撃する気配、なければ……。地上に降りても、いい?」

「もちろん」

「ん……。じゃあ、約束。守る。わたし、いい子。だから……」


 背中へ純白の翼を生やした天使は優しく口元を綻ばせると、ペガサスとともに上空へと舞い上がる。

 セロンの姿が完全に地上から見えなくなったのを確認した彼は、国境の間まで歩みを進め――そうして、声をかけた。


「ルイザ・バズドント。君は一体、何を目的としてセロンの名を呼ぶ?」

「そんなの、決まっているでしょ!? あの女を始末するためよ!」

「俺の愛する聖女天使を、加害したいと望むとは……。貴様、命が惜しくないようだな」

「ええ! あたしが死んであの子をどうにかできるなら、いくらでも差し出すわ!」


 憎悪に全身を支配されたルイザは、まさかセロンが上空でペガサスと一緒にすべてを見守っているなど思ってもみない。

 義姉はまるで自分が悲劇のヒロインにでもなったかのように、自らが置かれた最悪の状況を説明し始めた。


「やっと幸せになれると、思ったのに! 婚約破棄されたかと思えば、聖女天使に間違えられて神殿に閉じ込められる!? 冗談じゃないわ! あたしは人間よ! あの子から、殿下を奪うために嘘をついただけ……!」

「それが、セロンを傷つける理由になるとは到底思えないが」

「話はまだ終わってないわ! よく、聞きなさい! 殿下は、セロンを忘れられないの! こんなに可憐で、美しく、誇り高い花であるあたしよりも……! 愛しているんですって!」


 愛する天使以外の女性になど興味を持てないクロディオにとってはルイザが何を考え、フラティウスがセロンを求めるのかなど、心底どうでもいい話だった。


「自国で、彼がなんて呼ばれているか知ってる? 聖女天使狂いの王太子よ!? 人間のあたしは、何があっても絶対、好きになってもらえない……!」

「そうだろうな」

「だから! あの女よりも美しく、可憐で、清らかな聖女天使を見れば……! 殿下も態度を変えると、思ったのよ!」


 辺境伯は適当に相槌を打ちながら、不愉快そうに眉を顰めている。

 上空でその様子をペガサスとともに観察していたセロンは、いつ彼が義姉に刃を向けるかと気が気ではなかった。


「殿下をセロンに取られるのだけは、絶対に嫌……! ほかの女に惚れたら、あとは第二夫人でもなんでも! あたしが人間であることを活かして、どうにか惚れさせればいいだけだと思った!」

「それで、邪魔なセロンを始末しようとしたのか」

「そうよ。それの一体、何が悪いって言うの!?」


 ルイザは悪びれもなく語る。

 クロディオは金色の瞳をより一層不愉快そうに歪め、彼女に向かってはっきりと宣言した。


「君の努力は、無駄だ」

「なんですって?」

「フラティウスがどれほどセロンを求めたところで、2人が結ばれるなどあり得ない」

「あんたが、あの女をかわいがっているから……!?」

「そうだ。君が行動を起こさずとも、あの男には指一本触れさせない。騒ぎを起こす暇があるなら、フラティウスに色目を使う時間に当てるんだな」

「それでどうにかなれば、とっくの昔にあたしと殿下は結ばれてるわよ! さすがは、あの女を好きになっただけのことはあるわね! 頭がおかしいんじゃない!?」


 ――義姉の言葉を耳にしたセロンはクロディオを馬鹿にされ、居ても立っても居られなくなった。


『駄目だ! セロン! 危険だよ!』

「うんん。わたし、もう耐えられない……」


 ペガサスの静止を振り切って地上へ舞い降りると、彼の背中から顔をひょっこりと出し、ルイザを凄む。


「――クロディオを悪く言う人。誰であろうと、許さない」

「セロン……!」


 まさか義姉も、セロンがこの場に姿を見せるなど思いもしなかったのだろう。

 憎しみの籠もった瞳を向けて、義妹を怯ませようと試みた。

 しかし、クロディオの鋭い眼光を見慣れた天使には――この程度の攻撃は屁でもない。

 セロンは何事もなかったかのように、言葉を紡ぎ始めた。


「ねえさま。わたし……。あの人を奪った。あなたが憎かった」

「だから!? 一体、なんだって言うのよ……!」

「彼に出会って、変われたの。復讐なんて、どうでもよくなった。わたしは今、クロディオの愛で。いっぱい。満たされてる……」

「はぁ!? 惚気を聞かされる、こっちの身にもなってくれる!?」


 ルイザは苛立ちを隠せない様子で、他人の迷惑も顧みずに怒声を響かせ続けている。

 その様子を目にしていたルユメール王国の兵士が、不愉快そうに両耳を塞いで戦意を消失させるほどの音量だ。

 長々聞き続けていれば、セロンとクロディオにも身体的な負担がかかるのは間違いなかった。


「わたしの同胞、救い出してくれて、ありがとう」

「か、勘違いしないでよね! これはあたしが幸せになるために、やったの! あんたに感謝される筋合い、ないんだから……!」


 天使は最短で姉妹喧嘩を終わらせるべく、まずはルイザにお礼を言う。


(たとえ、啀み合っていたとしても……)


 ルイザのおかげで同胞が助け出されたのは事実であったからだ。


(これは、軽い牽制。わたしの言いたいこと、まだある……)


 まんざらでもなさそうな様子で胸を張る義姉の姿を無表情で観察していたセロンは、桃色の瞳に憎悪を滲ませて本題を告げた。


「でも――これとそれ、話は別。わたしの大切な人、馬鹿にした。ねえさま、許さない……」

「な……っ! あんたに、何ができるっていうのよ!? 聖なる加護と、背中から翼を生やすしか能のないくせに!」

「――そう。わたし、無力。でも……。強い気持ち。誰かに牙を剥く、力になる」


 セロンは胸元で両手を組むと、ゆっくりと深呼吸をする。


(大丈夫……。落ち着いて……)


 これから自分がやろうとしていることが、完璧に実現できる保証はない。

 練習をする暇など、天使には存在しなかったからだ。


 それでも――セロンは信じている。

 この作戦の、成功を。

 愛の力さえあれば、何もかもを乗り越えられるのだと。


(わたしは、負けない……!)


 セロンは瞳の奥底に強い意思を秘め、加護を発動させる。


「フォルツァ・コンソラーレ。天使の祝福を、わたしに」


 クロディオの背中から躍り出たセロンは、翼を大きく羽ばたかせ――。

 小さな羽根を1枚ずつ毟り、義姉にぶつけた。


「きゃぁあああ!」


 その攻撃を受けたルイザは、悲鳴を上げて無様に土の上に転がる。

 その様子を目にしていたパロニード辺境伯騎士団の面々は攻撃の成功を祝福し、口々に囃し立てた。


「さすがは、聖女天使だ!」

「加護を授けるだけではなく、自ら敵を退けるなど!」

「団長が見初めたのも、納得の実力だな!」

「無駄口を叩いている暇があるなら、行動しろ!」


 クロディオの号令を受けたパロニード辺境伯騎士団は、一斉にルユメール王国へ進軍を開始する。


「こ、こんな力を、隠し持っていたなんて……! 聞いてないわ……!」

「あなたがクロディオを批判しなければ、披露する必要もなかった」

「く……っ。あたしのせいだって、言うの……!?」

「そう。全部、ねえさまの自業自得。わたしからあの人を奪って、クロディオに酷いことを言った。あなたの。反省、するべき」

「誰が……!」


 ルイザはまだ何かを言いたそうに、義妹を睨みつけていた。

 しかし――それ以上の言葉を紡ぐのは、クロディオが許さなかった。

 彼は首筋に手刀を入れて卒倒させると、部下に命じて義姉をどこかに連れて行く。


「あいつの処遇は、こちらに任せてくれ」

「ん。次、行こう……」


 セロンは彼と頷き合うと、あちらこちらでもくもくと戦火の炎が上がる母国へ、真正面から堂々と突き進んだ。

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