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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
6・今さら縋りついたって、もう遅い
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幸せの絶頂

「わたし、も……自分の力で、大嫌いな人を傷つける力……。つけたほうが、いい?」

「いや。そんなもの、必要ない。俺が君の分まで恨みを込めて、剣を振るえばいいだけの話だ」

「クロディオに、任せきりは……」

「セロンだって、俺と一緒に戦っているだろう」

「わたし、も?」

「ああ。君が加護を授けてくれるからこそ、俺は命を散らさずに済んでいる」


 彼は今さら力をつけなくても、現状維持で充分だと告げた。

 聖女天使として聖なる力を使えるセロンは、特別な存在だ。

 身体を鍛えるために怪我などしては困ると、小さな身体が傷つくことを恐れているのかも知れない。


「特別な行いなど、必要ない。今までと、同じように――セロンにしかできないことを、してほしい」

「ん。それが、クロディオの望み、なら……。わたし、今まで通り。加護、使う」

「ああ。そうしてくれ」


 それが何よりも嬉しいと感じた天使はルユメール王国強襲に向けて決意を新たにしたあと、辺境伯と手を繋ぐ。

 指先を絡め合い、離れないように――強く。


(クロディオの手……。あったかい……)


 氷のように冷たい目をした彼の暖かなぬくもりを感じたセロンは、うっとりと瞳を潤ませ、幸福感に酔い痴れる。


(こんな日が、いつまでも続けばいいのに……)


 天使はそんな願望を胸にいだき、彼に身体を預けていると、どこからともなく叫び声が聞こえてきた。


「銀の髪に桃色の瞳……! あの小さな少女は! 聖女天使だ!」

「パロニード辺境伯! よかったらお嬢さんと一緒に、露天商を見ていかないかい?」

「いいや! こっちでおいしい果物に舌鼓を打つのも、悪くないぞ!?」


 露天商達が2人を指差し、嬉々として迎え入れる。

 その姿を目にしたペガサスは、呆れた声を上げた。


『人間は本当に、騒ぐのが好きだね……』

「神馬様も! どうぞこちらに!」

『ボクも、かい?』

「我がパロニード辺境伯へのご降臨、感謝いたします……!」

『それほどでも……』


 神馬はまさか、自分まで歓迎されるとは思わなかったのだろう。

 目の前でひれ伏し感謝を伝える人々に気分をよくした獣は、恐縮しながらも胸を張って大嫌いな人間達と戯れる。


「ペガサスも、なんだか楽しそう」

「ああ。ここまで騒ぎになるとは、思わなかった」

「クロディオも。今日は、嬉しい?」

「そうだな。1人では、きっと。不愉快で堪らなかったが――」

「ん……」

「セロンと一緒なら。領民の些細ないざこざすらも、愛おしく思える。こんな穏やかな気持ちになったのは、両親が生きていた頃以来だ……」


 彼は晴れやかな表情を浮かべると、天高く燦々と輝く太陽を眩しそうに見上げた。


「クロディオ、笑ってる……」


 クロディオの柔らかな笑みを目にしたセロンが呆然と呟けば――それを耳にした人々が、嬉々として大声を上げて喜びを露わにする。


「へ!? 本当だ!」

「誰か、画家を呼んでこい!」

「10年ぶりに、辺境伯が人前で口元を緩めたぞ!」


 ――それから露天商は、大騒ぎになった。

 どこからともなく領内で有名な絵描き達が名を連ね、微笑みを浮かべた彼の姿絵を描きたいと口にし……。


「セロンも一緒に、描いてやってくれ」

「聖女天使様も、ですか? ぜひ!」


 画家が用意した木製の椅子に座った彼は、背中に翼を生やした天使を乗せ、絵のモデルになることを了承。


 その間に果実をカゴいっぱいに持ってきた農家や、大きなビジネスチャンスを逃すわけにはいかないとばかりに営業をかけてくる露天商の人々と会話をしながら。

 姿絵の下書きが終わったのを確認した2人は、ようやく領城に帰還した――。


「今日、1日。すごく、楽しかったね」

「そうだな」

「あの人が大騒ぎしていなかったら。もっと、幸せだった……」

「ああ」


 仮眠室の寝台に2人並んで寄り添ったセロンは、今にも眠ってしまいそうなほどにうとうとと船を漕ぎながら、そうポツリと呟いた。


「わたし達……。とっても危ない橋、渡っている。今にも、崩れ落ちそうな……」

「俺が王族なら、よかったんだが……」

「うんん。クロディオ、辺境伯で、よかった。みんなから遠ざけられていたおかげで、わたし。こうして、心の隙間。入り込んだ……」


 漆黒の髪に、金色の瞳。

 よく鍛え抜かれた体躯と高身長。

 そして、鋭い眼光が印象的なクロディオは――もしも人々から恐れられていなければ、引く手あまただったはずだ。


(わたしと出会う前、ほかの人と、お付き合いしていたかも……)


 あり得たかもしれない未来を思い浮かべて悲しくなったセロンは、瞳を潤ませてしょぼくれる。

 そんな最愛の天使を目にしたクロディオはどこか遠くを見つめながら、優しい声で呟いた。


「偶然が重なり合い、生まれた奇跡……か。ロマンティックだな」

「ん。そういうの、好き?」

「いや……。それには興味を持てないが、セロンは愛しいと感じている」


 クロディオはセロンに対する言葉では伝えきれない愛を注ぐように、天使を抱きしめる力を強めた。


「君に好意をいだいていなければ――あの目障りな男を、追い返してなどいない」

「クロディオ……」

「君こそ、どうなんだ」

「わた、し?」

「ああ。俺を、どう想っている」


 彼の告白を受けて多幸感でいっぱいになっていると、わざわざ聞くまでもないことを問いかけられた。

 セロンはこれまでの出来事を回想しながら、静かに告げた。


「初めて会った時。すごく、怖かった。信頼できそうにない。逃げるタイミングを、伺ってた……」

「ああ……」

「でも、ね? ペガサスと出会って、ここに連れ戻されて。あの人に復縁を迫られ、あの子にお墨つきを貰った今は……」


 天使は一度言葉を途切れさせると、どこか遠くを見つめながら告げた。


「血の繋がったとうさまよりも、信頼している。一番、大切な人……」

「セロン……」

「わたしが嫌いなのは、虐げてくるひと。好きなのは――優しく見守り、そばにいてくれるひと」

「自惚れても、いいのか」

「いいよ」


 彼はまだ、信じられない気持ちでいっぱいなのだろう。

 困惑した様子で彼女の手を取ると、掌へ優しく口づけた。


(唇じゃ、ないの……?)


 セロンはどこか不安そうに瞳を潤ませ、それをじっと見つめていたが――。

 クロディオはセロンの手から指先を離すと、愛しき天使を再び抱きしめた。


「この先は、すべてが終わったあとまで取っておこう」

「ご褒美……?」

「そうだ。想いを通じ合わせて浮かれた結果。相手に遅れをとっては、困るからな……」


 クロディオが戦場で誰かに命を奪われる姿など、考えたくもない。

 彼がセロンの加護を頼りにかなり無茶をするタイプなのは、今までの戦闘を見ている限りでは明らかだったからだ。


(油断、禁物……)


 天使は心の中で何度も自分に言い聞かせながらしっかりと頷き、最悪の未来が訪れないようにクロディオの主張を受け入れた。


「幸せの絶頂、危険。よく、わかった」

「ああ」

「また、こうして……。おやすみ、できるの。楽しみ」

「そうだな」


 幸福でいっぱいに満たされたセロンは、眠気からは逃れず――うとうとと船を漕ぎながら、ポツリと呟く。


「クロディオ。わたしを見つけてくれて、ありがとう……」

「ああ。こちらこそ……」


 こうして感謝を伝え合ったセロンは彼の胸元に顔を埋め、ゆっくりと目を閉じた。

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