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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
6・今さら縋りついたって、もう遅い
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天使の笑顔

 フラティウスの一方的な懇願を上空から冷めた目で観察していたセロンは、領城に向かって歩き出すクロディオを慌て追いかけた。


(あの人は、ねえさまの婚約者になったはず……。今さら、間違いに気づき、わたしを求めるなんて……)


 天使は王太子の愚かな行いを目にして、嫌いになることはあっても好意をいだくことはない。


(早くクロディオと、話をしなくちゃ……)


 セロンは焦りの色を隠せない様子で、国境が完全に見えなくなるのを待ち続けていた。


『あれは酷いね……』


 ――そんな中。

 人間達の醜い言い争いを天使の隣で見守っていたペガサスが、呆れたような声を上げる。

 セロンと神馬は純白の翼を広げて風を切って並走しながら、言葉を交わし合った。


『セロンがあいつを好きになった理由が、理解できなかったけど……。あんな奴より、クロディオのほうがよっぽどマシだ。ボクも、応援するよ』

「クロディオ。仲良く、なれそう?」

『善処する』


 あれほど辺境伯と天使の仲を祝福できないと苛立っていた神馬が、コロッと意見を変えた。

 フラティウスと比べれば、誰の目からみても王太子が自分にふさわしくないのは明らかだ。

 そうした反応を取るのも無理はないと実感したセロンは、ほっとした様子でポツリと呟く。


「わたし。あのまま、あの人の手。取らなくて、本当に、よかった……」

『そうだね。どれほど君が、魅力的な女性であったとしても……。婚約者がいるのにセロンを求めるなんて、ろくな男じゃないよ』

「クロディオが、あの人を追い返してくれなかったら……」

『そんな恐ろしい未来を、考える必要はないよ』

「うん……」


 ペガサスとの会話に集中していれば、あっという間にクロディオは騎士達を伴って領地内へ脚を踏み入れる。

 ここまでくれば、敵国の人間達から加害される危険性はないだろう。


「セロン」


 名前を呼ばれた天使は、喜びを隠せない様子で愛する人の元へ舞い降りた。


「クロディオ……!」


 セロンは背中の翼を消失させると、彼の腕の中へ飛び込んでいく。

 その様子を偶然目にした騎士達は口元を緩め、微笑ましそうに2人を見守っていた。


「あのね。いっぱい、ありがとう……!」

「俺は何も、していないが……」

「うんん。ペガサス、わたし達の仲。認めてくれた。これはとっても、凄いこと!」

「ふむ……。あいつと言葉を交わし合った時間は、無駄ではなかった」


 先程まで不機嫌な様子を隠さずにフラティウスと対峙していた姿は、どこへやら。

 穏やかな表情を浮かべた彼は、最愛の天使を優しく抱きしめた。


「あいつは想像通りの、ろくでもない男に成長したようだ……」

「ん……。クロディオのところまで、逃げてきた。わたしの判断、間違ってなかったみたい……」

「ああ。神には、感謝しなければならん」


 クロディオが柄にもなく十字を切り、天に祈りを捧げる。

 その様子を目にした天使は彼の胸元からぱっと顔を上げると、こてりと首を傾げて懇願した。


「早く、あの国。滅亡させよ?」

「そうだな。こちらへ攻め入られる前に、奇襲をしかけるべきだ」


 クロディオの同意を得たセロンは、嬉しそうに口元を綻ばせる。

 だが、それに待ったをかけるものがいた。


『セロン……。君が恨みをいだいているのは、神殿とあの男だけだろう? ただあの地で生まれ育った人間まで、痛めつける必要はないんじゃ……』

「そう、なの?」


 呆れた声を上げるペガサスの言葉を耳にしたセロンは、数日前に読んだ本の内容を脳裏に思い浮かべる。


「わたし、本で読んだ。悪い人がいる国、1人残らず滅びるべきだって」

『なかなか過激な本を、暇つぶしに読んでいたようだね……』

「こういう思考、あんまりよくない?」


 神馬に難色を示されたセロンは、クロディオに問いかける。

 彼は自分の考えが間違っていれば正し、よりよい方向へ導いてくれると信じていたからだ。


「心優しき天使が、それほど怒りを感じる程に……。ルユメール王国の行いが酷いという話だろう。セロンのいだく感情は、当然だ」

「本当?」

「ああ。長い間、聖女天使を独占し――虐げてきたのだ。見て見ぬふりをしてきた人間達も同罪だと思うのは、無理もない」


 しかし、彼はペガサスのようにセロンの考えを間違っているとは言わなかった。

 クロディオは天使の思考を容認すると、己も同じ気持ちだと伝えてから優しく口元を綻ばせた。


「俺達が恨みをいだく人間だけに、牙を向けるのか。ルユメール王国で暮らす人々をすべて蹴散らすかは、目的を達成したあとに決めればいい」

「ん……。クロディオが、そういうなら……。この話は、終わり」

「たまには、領地内の様子を見てから帰るか」

「いいの?」

「ああ。どこか、行きたいところは?」


 彼に問いかけられた天使に、思い浮かぶ場所など存在しない。

 セロンが足を踏み入れたことのある場所は、果実園と露天商だけなのだから。


「クロディオと一緒なら、どこでも嬉しい」

「君は、本当に……」


 愛する天使の言葉を耳にした彼は、感極まった様子でクシャリと目元を緩めた。

 その瞳は今にも泣き出しそうなほどに歪められている。


「どうしたの? わたし、また。変なこと、言った?」

「いや。その逆だ」

「なぁに?」

「セロンの笑顔は、あまりにも破壊力がありすぎて……。誰にも見せたくない」

「わたし、の?」


 小さな身体が潰れてしまいそうなほど強い力で抱きしめられたセロンは、こてりと首を傾げて不思議そうに問いかけた。


「ああ。腕の中に閉じ込めたいと思った。これでは、あの男と同じだな……」

「どうして、そう思うの?」

「君に一方的な想いを、ぶつけている」

「うんん。違うよ。わたしからも。好きって気持ち、溢れて止まらない……」


 天使は彼の胸元を抱きしめると、頼まれたって離れたくないと主張するように頬を寄せる。

 愛する人のぬくもりを思う存分堪能しながら、セロンは素直な気持ちを吐露し始めた。


「あの人の言葉。何を言われても、響かなかった。それは、あなたが……。わたしに、優しく接してくれたおかげ」

「セロン……」

「必要だって、そばにいろって。言ってくれなかったら。わたし、あの時……コロッと、寝返っていたかも……」

「駄目だ。何があっても、離さない。絶対に……」

「ん……。わたし、クロディオに、そう言ってもらえて……。とっても、幸せ……」


 天使はうっとりと頬を紅潮させると、満面の笑みを浮かべて彼に抱きつく力を強めた。


(みんなも、いつか。素敵な人に、出会えると、いいな……)


 セロンは空を見上げ、同胞の姿を思い浮かべる。

 天使はいつだって、願っている。

 幼い頃から神殿で管理されて虐げられて暮らす少女達が、大好きな人と巡り合える日がくることを――。


(その、ためにも。あの人には、罰を与えなくちゃ)


 セロンは瞳の奥底にフラティウスに対する憎悪の感情を宿らせると、クロディオにお伺いを立てた。

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