仲間外れは嫌だから
――天使はペガサスと、待っている。
クロディオの準備が完了し、ルユメール王国へ攻め入る日を。
『ボクはやっぱり、納得がいかない。セロンはあいつの、どこがいいんだ?』
彼とセロンが絆を深め、神獣を挟んで一つのベッドで眠るようになってから半年ほどが経過する。
いつの間にかクロディオは、天使を膝の上に抱きかかえ、四六時中ベタベタと引っつかなくなった。
(そんなことしなくても、わたしは逃げないって……。やっと、わかってもらえたみたい……)
セロンはそれが淋しく思うと同時に、嬉しいと感じつつ――ここにはいない彼の姿を脳裏に思い浮かべる。
その後、淡々と事実を述べた。
「クロディオは、優しい」
『どこがだい……? セロンを怯えさせるし、高圧的で、ろくな人間じゃないよ』
「それは、最初だけ。すぐ、改善された」
『そう思いたいだけじゃないか……?』
「うんん。わたしとクロディオ。身長差、ある。目つきも、鋭い」
『それが?』
「睨みつけているように、見えただけ。クロディオは、ずっと。わたし、大切にしてくれた……」
ペガサスは天使の答えを耳にしたところで、どうにも納得ができないようだ。
理解できないとばかりに眉を伏せると、セロンの小さな身体に身を寄せた。
『君が惚れるような、魅力的な男性には見えないけどね……』
「ペガサスにも、いつか。わかる日が来る……」
『ボクが痺れを切らして天界に君を連れて帰るほうが、早いと思いたいけど……』
神馬のふさふさとした毛並みに顔を埋めてその感触を確かめていたセロンは、ペガサスの呆れた声を耳にした直後からはっと顔を上げ、ズリズリと床の上を這いずる。
獣と距離を取った天使は、怯えの色を隠さずに告げた。
「天界には、いかない……」
『お、落ち着いて。こんなところ、あいつに見られたら……!』
「――君は本当に、俺の苛立つことしかしないな……」
神馬の願いも虚しく――執務室に姿を見せたクロディオは呆れたように肩を竦めると、苛立ちを隠せない様子でペガサスを睨みつけた。
「クロディオ……! お帰りなさい……!」
「ああ。ただいま」
彼の元へと小さな足を動かすと、セロンは勢いよくクロディオの胸元へと飛び込んでいく。
愛する天使の目元に優しく触れた辺境伯は、桃色の瞳に溜まった涙を拭う。
「瞳に、涙が滲んでいる」
『ボクのせいだって、疑っているのか!? 違うよ。セロンのためを思って言っただけで、泣かせるつもりは――』
「ん……。悲しいことが、あった。でも、今は平気……」
セロンは神馬の言い訳をあえて無視すると、クロディオに心配はいらないとしっかりと頷いた。
天使を優しく抱きしめた彼は、ペガサスに凄む。
「ペガサス。よく、覚えておけ。君が神聖な存在であるからこそ、俺は見逃してやっているんだ。人間であれば――」
『はいはい。わかったよ。もう、邪魔はしない。セロンも気を許しているみたいだし……。どうぞ、お幸せに』
身の危険を感じた神馬はおざなりな様子で呆れた声を出すと、勝手にしろと言わんばかりに目を伏せた。
「ペガサス。とっても、反省中。クロディオ……」
「ああ。行って来い」
彼の許可を得たセロンは、クロディオの胸元から飛び出ると――ペガサスを細い両腕を使って抱きしめた。
「ありが、とう。クロディオがいない時、安全。守られるの。あなたのおかげ」
『ボクよりも、あいつが大事なんだろう? もういいよ……』
「うんん。みんな、仲良しがいい」
『セロン……』
「クロディオ。ペガサスが本気で嫌いなら、わたしが触れるの。許さなかった。優しい、でしょ?」
『それは、同意しかねるけど……。君がどうしてもって言うなら、仕方ない。クロディオ。彼女を泣かせたら、許さないからな!』
ゆっくりと瞳を開いた神馬はクロディオに凄むと、鼻を鳴らしながらセロンに寄り添った。
「ペガサス、もう……。わたしとクロディオ、引き裂こうとしないって」
「そうか。それはよかったな」
「ん……。準備、できた?」
「君はいつも、そればかり聞くな」
「だって……。あの国、滅ぼせば……。みんなも、幸せ。でしょ?」
セロンはまだ見ぬ同胞の姿を思い浮かべ、再び瞳を潤ませ――涙声で助けを求める。
「わたしが、幸せいっぱいな、間にも……。みんな、苦しい。悲しんでる。だから……」
「そう、だな……」
「クロディオは、助けたくない……?」
「いや。愛する天使の願いなら、叶えてみせよう。何があっても、絶対に」
そんな愛する天使の懇願に感銘を受けた彼は、当然のように金色の瞳へ確かな決意を宿らせると、しっかりと頷いた。
『セロン。なんだか、嫌な予感がする』
「どんな……?」
『さぁ……。そこまでは、わからないけど……』
「どうした」
その様子をどこか呆れたように見つめていた神馬が、窓の外をじっと見つめる。
抽象的な危機を知らせるペガサスの声に、セロンが困惑していた直後――その異変は、訪れた。
「あのね。ペガサスが……」
「辺境伯! 大変です! 国境で、ルユメール王国の王太子が! 聖女天使を返せと騒いでおります……!」
使用人と思わしき見慣れぬ男性が、執務室に姿を見せる。
その人物から、フラティウスの話題が出てきた。
セロンは驚きで目を開き、近くにいたクロディオの顔色を伺う。
「放っておけ。そのうち、大人しくなるだろう」
「敵国の兵士は、殿下を抑えているようなのですが……いつまで経っても、抵抗を続けており……。聖女天使が駄目なら、辺境伯に会いたいの一点張りでして……」
男性の報告を受けた彼は、明らかに不機嫌な様子で眉を顰めている。
クロディオと出会ったばかりの時は、セロンもその表情を目にして怯えの色を隠せなかったが――。
彼と信頼し合った今は、心を乱すなどあり得ない。
「わたし、空から見てる」
「危険だ。やめておけ」
「あの人、なんの力も持っていない。ただの人間。クロディオ、とっても強い。空にいる限り、わたしは安全……」
「戦争を影でサポートする時とは、わけが違う。言葉の暴力で、君が傷つく姿はみたくない」
クロディオは彼女の同行を嫌がっていたが、ここで引くほどセロンも馬鹿ではなかった。
天使は桃色の瞳に確かな決意の炎を宿らせ、自らの嘘偽りのない意思を口にする。
「わたしの一番、クロディオだから。ほかの人に、何を言われても、平気」
「セロン……」
「ずっと、一緒にいるって、言った」
「それは……」
「仲間外れ、しないで。ね?」
天使の懇願を受けた彼は、拒否などできなかったようだ。
クロディオは渋々了承すると、セロンに向かって手を差し出す。
「わかった。行こう」
「うん……!」
天使は満面の笑みを浮かべて彼の手を取ると――ペガサスとともに、領城から飛び出した。




