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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
6・今さら縋りついたって、もう遅い
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聖女天使狂いの王太子(フラティウス)

「我が名はフラティウス! ルユメール王国の王太子だ! クロディオ! 一目でいい! 聖女天使に、会わせてくれ!」


 パロニード辺境伯領と自国を隔てる国境のど真ん中で、フラティウスは勢いよく叫び声を上げた。

 自国の兵士達にすらも許可を得ずに行われた蛮行は、双方の騎士達を慌てさせる。


「で、殿下……!?」

「お、おやめください! 残忍酷薄な辺境伯を刺激すれば、こちらにも多大なる被害が及びます!」


 自国の兵士達は不敬と知りながらも、数人がかりで彼を止めようと必死になり――。


「今すぐ団長に、報告しろ! 王太子が騒いでいると!」

「しかし……。彼の願いを聞き届ける必要など、ないのでは……?」

「それは辺境伯がお決めになることだ!」


 いつ何が起きてもいいように控えていた辺境伯騎士団は声を荒らげ、戸惑う部下をせっつく。


「離せ……! 僕は聖女天使に会うまで、ここを一歩も動かないからな……!」


 フラティウスは自らの身体を引き摺り、王城の中へと押し戻そうとする兵士達へ必死に抵抗しながら声を大にして叫び続けた。


「どうしても君に、直接謝罪をしたいんだ! 全部、僕が悪かった……! どうか、戻ってきてくれ!」


 彼は何度も狂ったように、愛する少女に届くはずのない声を響かせる。


「僕が愛しているのは、君だけだ……! どうか、一目でいい! もう一度、姿を見せてくれ……!」


 みっともなく大声で叫ぶフラティウスの姿を目にした自国の兵士達は、顔を見合わせて困惑した様子を見せた。

 その後、不敬と騒がれても仕方がないような冷ややかな視線を送る。


「あの噂は、本当だったのか……」

「バズドント伯爵令嬢も、災難だな……」


 ――国王の反対を押し切ってルイザと婚約を結んだのに、たった数か月で、その恋心がどこかへ消えてしまったのだ。

 誰だってこのような姿を目にすれば、その変わり身の速さに軽蔑するのは当然とも言える。


(僕は聖女天使さえ手に入れば、ほかには何もいらない……!)


 しかし、その程度の蔑みの視線で声を荒らげるのを止められるのであれば、フラティウスはここになど来ていなかった。


(どれほどみっともなくとも! この行動に難色を示されようが、構わない……!)


 王太子は声が嗄れるまで、己の主張が叶うまで騒ぎ続けた。


「君のことを考えるだけで、胸が苦しくて……っ。好きという気持ちが溢れて止まらない……!」


 どれほど聖女天使を愛しているか。

 彼女のために、何ができるか。

 クロディオよりも、自分を選んだほうが得だと――この場に姿が見えない少女へ訴えかける。


「お願いだ……! クロディオ……! 僕に、彼女を返してくれ……!」


 ――それが口を成したかは、定かではない。

 しかし――王太子の願いは、パロニード辺境伯には届いたようだ。

 兵士達を伴った男が、その場に姿を現す。


「彼女がいつ、君のものになったんだ」

「クロディオ……!」


 彼の名は、クロディオ。

 パロニード辺境伯領を治める、領主だった。


「聖女天使は……!」

「みっともなく声を張り上げれば、彼女に会えるとでも? 相変わらず、浅はかだな」

「再び、君とこうして言葉を交わせる日が来るなんて……思いもしなかったよ……」

「言ったはずだ。次会う時は、剣を向けると」


 かつての親友は幼少期と変わらぬ剣呑な視線でフラティウスを見下すと、己に命じた。


「聖女天使を求めるのは、もうやめろ」

「無理だよ。そんなの、できない。彼女は、僕が最初に見つけたんだ!」

「ならばなぜ、彼女の手を離した」

「それは……! 勘違い、で……!」


 痛い腹を探られた王太子がしどろもどろになれば、涼しい顔をしたクロディオは金色の瞳を不愉快そうに歪めて告げた。


「君の婚約者は、ルイザ・バズドントと聞いているが」

「あれは、手違いなんだ! 僕が愛しているのは、聖女天使だけで……!」

「ならば、しっかりと関係を精算してから求婚してはどうだ」

「う……」


 正論ばかり並べ立てるかつての親友に反論の余地がないほど追い込まれたフラティウスは、唇を噛み締めて黙った。


(何か、言わないと……)


 拳を握りしめて悔しそうに視線をさまよわせると、苦しい胸の内を吐露する。


「ルイザが、婚約破棄に反対しているんだ。そんな、簡単にはいかないよ……」

「いいや。それだけが、理由ではないはずだ」

「何を……」

「婚約者と関係を続けたままでいるのは、聖女天使に拒絶された時の保険だな」

「違う……!」

「君は不誠実で、自分勝手で、周りが見えていない。俺はそれが、憎たらしくて堪らなかった」


 耳を疑うような発言を受けたフラティウスは、呆然とクロディオを見上げた。


(あいつが……。僕を、憎いって……?)


 誰に対してもぶっきらぼうで無愛想。

 目つきが鋭くおっかないと恐れられるクロディオと一番うまくやれているのは自分だと自負していた己にとって、この告白は衝撃的だったからだ。


(どうして……?)


 ずっと好かれていると思っていた人間に、憎悪を向けられていると知ったのだ。

 フラティウスは何度も自問自答を繰り返すが、彼が自分にそうした敵意を向ける理由には思い当たれない。


「ただ王太子というだけですべてを手に入れ、笑顔で踏みにじる。そんな君を、誰が好意をいだくと言うのか――」

「クロディオ? 何を……」

「聖女天使は、君の手紙を破り捨てた。その意味が、わからぬとは言わせんぞ」

「あ、あの子が……? ど、どうして……!」

「迷惑がられているのにすらも気づけぬなど……。手の施しようがないな」


 フラティウスが困惑の色を隠しきれず、呆然と目を見開いていると――かつての親友から、さらなる爆弾が投下される。


(僕の手紙を、あの子なら……きっと、喜んでくれるはずだって……信じていたのに……)


 自身の好意を最愛の聖女天使から拒絶されているなど、認められるはずがない。

 王太子は必死に首を振って、その事実を否定した。


「う、嘘だ……。だって、聖女天使は……。僕に、笑いかけて……」

「もう二度と、彼女を求めるな」

「クロディオ! このままあの子を保護し続ければ、どうなるか……! わかっているだろう!?」

「だから、なんだ」

「ルユメール王国と敵対してまで、守りたい存在なのか!?」


 自国は、野良聖女天使の存在を許しはしないだろう。

 ルイザが己のそばにいられたのは、王太子の婚約者であったからだ。

 今よりも戦争は激化し――クロディオだって、ただではすまない。


(辺境伯を継いでから、残忍酷薄と呼ばれるほどに血の涙もない男が愛した、たった1人の少女……。彼女はやはり、彼ではなく……。王太子である僕こそが隣にいるべき存在なのに……!)


 フラティウスは元親友に対する嫉妬と、愛する人を奪われた喪失感、クロディオが死んでしまうかもしれないという恐怖――それらすべてがごちゃごちゃに混じり合い、どうにかなってしまいそうだった。


「君には、関係のない話だ」


 そんな自分とこれ以上話を続けても時間の無駄だと悟ったのだろう。

 彼は冷たく言い放つと、フラティウスに背を向けた。


「待ってくれ……!」


 しかし、それを黙って見送るほど自分だって薄情ではない。

 たとえ辺境伯がフラティウスを、親友だとは思っていなかったとしても――己にとってクロディオは唯一無二の友人であることは変えがたい事実であった。


(どうか、考え直してほしい。そうしないと、君の命が危険に晒されるんだぞ……!?)


 いつかまた再び隣に並び立ち、笑い合う日を夢見ている王太子の思いも虚しく――パロニード辺境伯騎士団の面々を引き連れたクロディオは、自領へと戻って行った。


「どうして誰も、僕の願いを叶えてくれないんだ……?」


 フラティウスは、ルユメール王国の王太子だ。

 彼が願えば、なんだって叶うはずだった。

 なのに――誰1人として言うことを聞いてもらえず、己の無力さを痛感する。


 ルイザは婚約を破棄をしたくない駄々をこね、どれほど呼びかけても聖女天使は姿を見せない。

 かつての親友は、背を向けた。


(こんなはずじゃ、なかった……)


 フラティウスは悔しそうに唇を噛み締め、自らの身体を押さえつけていた兵士達の静止を振り切り、走り出す。


(もう一度、やり直さなければ!)


 脇目もふらずに王城へ戻った彼は、婚約者の姿を探し当て――勢いよく、声を張り上げた。


「ルイザ・バズドント伯爵令嬢! 君との婚約は、今日を持って破棄とする!」

「な、何を言っているの!? あたしは嫌だって……!」

「君の意見なんて、どうでもいい!」

「なんて自分勝手なの……!?」


 ルイザと顔を合わせてすぐに婚約破棄を宣言したフラティウスに、迷いはない。

 彼女は必死にその決定へ抗う素振りを見せたが、王太子が婚約者に向ける視線はいつまで経っても冷ややかであった。


「ああ。そうだ。僕が誰にでも優しくしていたのは、ある目的を遂げるためだった。もう、神殿で暮らす聖女天使達なんて……。どうでもいい……」

「何を言って……」

「僕はあの子だけがいれば、充分だ。クロディオに保護された、僕だけの聖女天使……」


 フラティウスはうっとりと瞳を潤ませ、脳裏に愛する聖女天使の姿を思い浮かべる。

 こうなってしまえば、どれほど目麗しい容姿を持つルイザであろうとも――彼にとっては道端に生えている雑草のようにしか見えなかった。


「なんでよ!? どいつもこいつも、あの子がいなくなった途端……! セロン、セロン、セロン、セロンって! 本当にうっさいわね!」


 たとえフラティウスの心が聖女天使に囚われていたとしても、それを黙認していれば王太子妃になれると考えていた彼女は、この仕打ちに耐えきれなかったのだろう。

 地団駄を踏んで本性を現すと、意味不明な言葉を叫び始めた。


「あたしのほうが美人でかわいくて、愛嬌があるのに! どうしてあの子を選ぶのよ……!?」

「それは君が、どこまで行っても人間だからさ」

「なんで……? あの子は異形の化け物として産まれただけで、誰からも称賛されて、愛されるのに……! あたしは……。いつだって惨め……」


 その場に泣き崩れた元婚約者へ冷たい視線を送ったフラティウスは、部屋の隅に控えていた使用人達へ命じる。


「彼女を伯爵家へ」

「かしこまりました」

「あんたも! セロンも! 絶対に、許さないから……!」


 四肢を拘束されていた彼女は鬼の形相で恨み言を口にすると、その場から去って行く。


(あの子は、セロンって名前なんだろうか……)


 可憐な聖女天使の後ろ姿を脳裏に思い浮かべたフラティウスは、微笑みを深めた。


(僕だけの、聖女天使……。必ず、迎えに行くからね……)


 そして――ルイザと婚約破棄を済ませた彼は、いつしかルユメール王国でこう称されるようになる。


『野良聖女天使狂いの王太子』


 と――。

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