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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
6・今さら縋りついたって、もう遅い
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聖女天使にこだわる理由(フラティウス)

『よく目に、焼きつけなさい。彼女達が、聖女天使だ』


 帝王学の一環として、幼いフラティウスは父親とともに神殿へ脚を踏み入れた。


 ――そこで目にした光景は、生涯忘れない。


 背中に翼を生やした少女達は身を寄せ合い、少年に怯えた表情を見せた。


『とっても、綺麗……』


 この世のものとは思えぬ輝きを放つ少女達の姿を目にしたフラティウスは、それらに釘づけとなる。


(こんなところに閉じ込められているのは、かわいそうだ。解放してあげないと……)


 幼いながらに叶わぬ願いをいだくと、それを実現するためだけに生きると誓う。

 そうして、己の願望を嬉々として語り始めるようになった。


『僕は聖女天使が、大空を自由に羽ばたくところがみたいんだ』


 彼の願望を耳にした親友の態度は、芳しくない。

 クロディオは口を開けばいつだって夢物語ばかりを語るフラティウスに、苛立ちを隠しきれなかったようだ。


『付き合ってられん……』


 やがて辺境伯令息は、王太子と距離を置くようになった。


(クロディオなら、協力してくれると思ったのに……)


 それを残念に想う気持ちはあれど、親友を引き止めはしない。

 フラティウスにとって最優先するべきは、すでに友人ではなく聖女天使の解放であったからだ。


(僕は必ず、やり遂げてみせる……)


 辺境伯が敵国に寝返ろうが、1人になろうが、構わない。

 いつか訪れるであろう王となる日に向けて、水面下で準備を進め――そうして、〇〇年余りの時が過ぎた。


 フラティウスの人生は仮面舞踏会で野良の聖女天使と出会ったにより、再び狂い始める。


(そうだ。僕は、この光景が見たかったんだ……)


 純白の翼をはためかせて天から舞い降りた聖女天使を目にした瞬間、歓喜に打ち震えた。


(彼女が、ほしい。守らないと……)


 彼女を自ら保護すれば、あれほど熱望していた聖女天使が自由に空を羽ばたく姿を見られるのだ。

 フラティウスはすぐさま、初めて顔を合わせたばかりの少女に求婚した。


『殿下! これは重罪ですぞ!』


 しかし――忠臣に邪魔をされた結果、彼女からはいい返事をもらえなかった。


(バズドント伯爵、か)


 聖女天使が残した1枚の羽根と髪飾りを手にして、記憶を頼りに仮面舞踏会の会場を練り歩く。

 ――そうして、フラティウスは見つけた。


『僕の天使……』


 最愛の天使に声をかけて呼び止め、王太子はバズドント伯爵家の娘に約束する。


『準備が出来たら、必ず君を迎えに行くよ。だから、待っていてほしい』


 冷静になってみれば、1度目に出会った聖女天使と彼女の違いは明らかだった。


 髪色や体型、声音。

 身につけているドレス――。


 いくら目元を仮面で覆い隠しているとはいえ、誰がどう見ても2人は別人だ。


(僕は何度目かわからぬ、過ちを冒した)


 もしも、思い焦がれる聖女天使が銀髪だったと記憶していれば。

 もしも、彼女の名を聞いていれば。

 もしも、もしも、もしも――。


(ああ、僕はなんて……。愚かだったのだろう……)


 自らが冒した罪に気づいた時、フラティウスは膝から崩れ落ちた。


(人違いをして、愛する彼女を傷つけるなど……!)


 深い悲しみに包まれている場合ではないと考え直して涙を拭うと、己を奮い立たせる。


(取り戻さなければ……! 僕の愛しき、聖女天使を……!)


 ルイザ・バズドントと婚約を交わし合ってから、3か月後。

 フラティウスはすぐさま、ロセアガンム王国の辺境伯領に現れた聖女天使へ向けて手紙を認めた。


『今まで気づけず、すまなかった。僕の聖女天使。今度こそ、君だけを愛すると誓おう。だから、どうか……』


 1時間に一通、狂ったように紙へペンを滑らせる王太子の姿を、誰もが気味悪がる。


「辺境伯に向けて、毎日のように手紙を送るなど……」

「殿下は一体、どうしてしまったんだ?」

「バズドント伯爵令嬢と、婚約したんだ。このまま結婚まで、進むとばかり……」

「あの噂は、本当だったのか……」


 たとえ周りから何を言われようとも、一切気にする様子もなく一心不乱にペンを取る。

 いつか、聖女天使が再び自らの前に姿を見せる――その日まで。


「いい加減にしてよ!」


 そんな婚約者の姿を黙って見ていられるほど、ルイザ・バズドントはお淑やかではなかった。

 彼女は勢いよく声を張り上げ、激昂する。


「あんたの婚約者は、あたしでしょ!? なんで辺境伯に現れた聖女天使へ、手紙なんて送ってるの!?」

「それは君が、一番よく知っているんじゃないかな」

「なんですって!?」


 もの凄い剣幕で怒り狂う婚約者に向けて冷たい視線を向けた王太子は、ルイザに強い口調で宣言した。


「僕は、嘘つきが嫌いだ」

「な、なんの話……?」

「聖女天使は誰にでも優しく、清らかな心を持っているはずだけど……。君は、違うよね」

「あたしのどこが、醜い心を持っているように見えるって言うのよ!? どこからどう見ても可憐な美少女でしょ!?」


 フラティウスは怒鳴り散らす彼女とは話にならないと、呆れたように肩を竦める。


(そういう所だよ。お淑やかさの、欠片もない……)


 彼はルイザに求婚したのを後悔しながら、純白の翼をはためかせた聖女天使の姿を思い描く。


(あの子は、もっと……。大人しくて、可憐だった……)


 フラティウスはすっかり、目の前にいる婚約者などどうでもよくなっていた。

 これには当然、怒り狂っていたルイザも我慢できずに王太子を罵る。


「聖女天使のあたしがいるのよ!? 他国の野良なんかに、心を奪われないでよ!」

「そもそも君は、本当に聖女天使なのかい?」

「な、何を言っているの? 当たり前でしょ!?」

「その割には、自由自在に翼を出し入れする様子がないし……。空を飛ばないよね」

「そ、それは……っ」


 バズドント伯爵家でルイザと婚約を結んでから、彼女はつねに背中から翼を生やしていた。

 だが、それはよくよく考えてみればおかしいのだ。

 少女達は極力、人と違う部分を見せるのを嫌がっていたのだから……。


「僕は聖女天使が、自由に空を羽ばたかせる姿を見たいんだ」

「な、何よそれ!? ほかの女に心を奪われた次は、あたしの存在を全否定するなんて……! どうかしているとしか、思えないわ!」

「そうだね。僕は、周りがよく見えていなかった……」


 フラティウスがどこか遠くを見つめながら告げれば、彼女はこれ以上婚約者の説得を試みたところで無駄だと考え直したようだ。


「あたしは絶対、婚約破棄なんてしないから!」


 ルイザはそう捨て台詞を残すと、フラティウスの前から姿を消した。


(やっとうるさいのが、いなくなった……)


 ほっと一息つき、即座に椅子から立ち上がる。

 その後、足早に部屋を出る。


(手紙の返事が、ないのなら……)


 瞳の奥底にある決意を携えた王太子は、国境に向けて歩き出した。

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