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虐げられた聖女天使は残忍酷薄な辺境伯に溺愛される  作者: 桜城恋詠
5・復縁を求めるロミオ手紙
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辺境伯と王太子

「お帰り、なさい。クロディオ……」

「ああ。今は、挨拶などどうでもいい。質問に、答えてくれないか」


 天使が彼の帰宅を喜び、口元に微笑みをたたえたからだろう。

 一言目よりは棘が抜けたが、険しい表情のまま諭されてしまう。

 セロンは不思議そうに、彼の顔色を窺った。


(怒ってる……?)


 クロディオは以前、フラティウスがセロンに宛てた手紙の内容を確認する必要はないと、自分を遠ざけていた。


(許可を得ず勝手に、中身を見たから……)


 悲しそうに眉を伏せた天使は再び、無言で不機嫌の元となった手紙を引き裂こうと試みる。

 だが、その手はクロディオが手首を掴んだことによって阻まれた。


「この手紙……」

「記憶から、抹消しろ」


 セロンは彼に命じられなくても、最初からそのつもりだ。

 残忍酷薄な辺境伯の名に相応しき氷のような瞳で見下された天使は、彼に向かってしっかりと頷く。

 その後、申し訳なさそうに視線を逸らした。


「ごめん、なさい……。中身、見た……」

「謝罪は不要だ。それを、こちらに」

「うんん……」

「渡せ」

「わたし、自分で処分したい」

「駄目だ」


 彼はこのまま手紙をセロンが握りしめた状態では、それを頼りにここから逃げ出すかもしれないと恐れているらしい。

 どれほど天使が声を発しても、それを許そうとはしなかった。


『僕が体当たりをして、あいつの邪魔をしてやろうか』

「うんん。平気。1人でちゃんと、納得させられる」


 2人の成り行きを見守っていたペガサスの苦言に返答し終えたセロンは、手首を掴む力を強めた金色の瞳をまっすぐ見上げ――はっきりと宣言した。


「ここで、破り捨てる」

「君が……?」

「ん。手、離して?」


 彼は驚きの色を隠せぬ様子で、恐る恐るセロンの小さな手から指先を外す。


(三度目の、正直……)


 天使は桃色の瞳に確かな決意を秘める。

 その後、フラティウスにいだいていた淡い期待を捨て去るように、手紙を勢いよく破り捨てた。


『み、耳が……!』


 ビリビリと小気味のいい音とともに想いを込めて認められた便箋はあっという間に紙吹雪となり、天使の身に纏ってたドレスの上に降り注ぐ。


『うぅ。目が回る……』


 ペガサスはこの特徴的な音に不快感を露わにすると、床に倒れ伏した。

 そんな神馬の様子を見捉えたセロンは、身体を優しく手櫛で撫でつけようと手を伸ばす。

 しかし、こちらが獣に触れるよりも――クロディオがセロンを抱き上げるほうが早かった。


「揺らすぞ」

「ん……」


 天使を落とさないようにしっかりと支えた彼は、ドレスへ付着した紙吹雪を上下に揺すって床の上に落とす。

 強い力で激しく揺れたせいか、セロンはぐるぐると目を回してしまう。


「ぐわんって、する……」

「よく、頑張ったな」


 己の胸元に寄りかかって脱力した天使の姿を目にしたクロディオは、口元を優しく綻ばせてセロンを褒める。

 少女はこてりと首を傾げ、彼に問いかけた。


「わたし、偉い?」

「ああ。君がまさか、手紙を破り捨てるとは思わなかった」


 クロディオは天使に触れ、機嫌をよくしたらしい。

 感慨深そうに言葉を紡いだあと、セロンを抱き寄せた。


「あいつを選ぶなら……。俺は鬼と化していただろう……」


 彼の呟きを耳にしたペガサスは、具合が悪いなど言ってはいられないのだろう。

 すくりと立ち上がると、険しい表情でクロディオを睨みつけた。


『セロン。やっぱりこいつは危険だ。今すぐ離れたほうがいい』

「ペガサス。大丈夫……。クロディオは、あの人より、よっぽどまとも……」

『ボクからしてみれば、似たようなものだと思うけどね……』


 神馬の呆れる声など、天使の耳には届かない。

 セロンは金色の瞳をじっと見上げ、こてりと首を傾げた。


「あいつの本質を、見抜くとは……。君の目は、確かなようだな」

「わたし、凄い?」

「ああ。なかなか、できることではない」

「もっと、褒めて」

「セロンが望むのであれば、いくらでも……」


 クロディオは少女の頭を優しく撫でつけると、愛する天使を慈しむ。

 そんな彼の行動が、不思議で堪らないのだろう。

 セロンは心の奥底から湧き上がる純粋な疑問を素直に投げかけた。


「クロディオは、どうしてこんなに優しいの?」

「君を、守りたいからだ」

「それだけじゃ、ない。そんな、気がするの……」


 天使はは胸元を抑え、本当のことを教えてほしいと迫る。

 すると彼は長い逡巡の末、重い口を開く。


「セロンが……。あいつと関係があると聞いた時……」

「うん」

「父がルユメール王国を裏切っていなければ、どうなっていただろうかと考えた」

「とう、さま?」

「ああ。俺はまだ、辺境伯の爵位を継ぐ前……。あの国と交流があった。あいつの隣で、仮面舞踏会にやってきた君と、顔を合わせていたかもしれん……」


 クロディオはどこか遠くを見つめながらあり得たかもしれない未来に思いを馳せる。

 その後、苦しい胸の内を曝け出す。


「セロンとあの男が、心を通わす姿を間近に見るなど……。考えただけでも、腸が煮えくり返る……」


 彼の瞳の奥には、確かな憎悪と嫉妬心が見え隠れしていた。


(クロディオ……。わたしを思って、心。揺れ動かしてくれた……)


 セロンはそれが、嬉しくて堪らない。

 うっとりと瞳を潤ませ、静かに彼の主張へ耳を傾け続ける。


「セロンに、過去は問わないと言ったのには、理由がある。君の口から、あいつとの蜜月が語られるなど……。耐えられなかったんだ……」

「お月、様……?」


 天使は聞き慣れない単語に首を傾げるが、クロディオはその言葉が意味する内容を口にする気はないようだ。


「君には、難しかったか」

「ちょっぴり……」

「まぁ、なんだ。俺は、あの男に好意をいだいてほしくない。今はそれだけ、理解してくれたらいい」

「うん……」


 どこか困ったように目元を緩めた彼は、セロンにそう言い聞かせると――これ以上の話し合いは不要だと言わんばかりに、言葉を止めた。


『どうしてフラティウスを嫌いなのか、聞いたほうが……』

「理由なんて、どうでもいい」

『セロン……』

「わたしとクロディオ。同じ気持ち。それだけわかれば、平気」

『君は本当に、変わっているね……』


 待てど暮らせど続きの話が聞こえてこないことに、痺れを切らしたのだろう。

 ペガサスはセロンにアドバイスをしたが、天使はそれを聞き入れなかった。


「またペガサスから、何か言われているのか」

「大したことじゃ、ない」

「なんの話だ」

「気にしないで」

「セロン」


 天使と神馬の会話内容を、クロディオは気になっているようだ。

 セロンはわざわざ打ち明ける内容ではないとこのまま秘密にするつもりだったが、彼がどうしてもと言って聞かない。

 少女は渋々、か細い声で辺境伯に打ち明けた。


「2人がどんな関係か、聞いたほうがいいって……」

「――かつて、知人だった」

「ちーじん……?」

「一方的に親友扱いされていたが、俺はそう思ったことはない」


 クロディオとフラティウスの関係を理解したセロンは、不思議そうに首を傾げながら問いかける。


「一緒にいるの。楽しく、なかった?」

「ああ。苦しいと感じることのほうが、多かったな……」

「それも、わたしとおんなじ。思い出すと、つらくなる……」


 天使は背中に翼を生やすと、それを広げる。

 その後――彼を勇気づけるかのように、優しく包み込む。

 そして、口元を綻ばせた。

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