そばにいる
「落ち着け。どうせ、まともな内容ではない。直視すれば、目が腐るぞ」
「クロディオも、見ちゃ駄目……」
「俺はいいんだ」
「どう、して……?」
「君を守るために、必要だからだな」
彼は当然のように屁理屈を並べ立てると、口元を綻ばせて威張った。
そんなクロディオの姿を目にしたペガサスは、納得がいかなかったのだろう。
最愛の天使を魔の手から救い出すため、辺境伯にタックルをしかけた。
『いい加減、セロンを離せ!』
「ペガサス……。もう、いいよ」
『そんな! どうして君は、そんなに物わかりがいいんだ!?』
「いい子じゃないと、傷つけられる……」
『セロン……』
「クロディオは、悪い人じゃない。大丈夫だって、わかってる。でも……」
意気地になったところで、力では絶対彼には勝てないのだ。
セロンにはどうすることもできないと悲しそうに眉を伏せれば、後方から天使を咎めるような声が聞こえてきた。
「気を使うなと、言っただろう」
「うん……」
「君は今、どんな気持ちをいだいている」
クロディオに問いかけられたセロンは、小さな手で胸元を抑え――目を瞑って考える。
「もやもや。ムカムカ……」
「苛立っているんだな。それは俺に対する? それとも、手紙の差出人か」
「わたしのこと、あの人は好きだって言った」
「ええー!? 殿下から、告白されたんですか!?」
今まで静かに2人のやり取りを聞いていたルセメルが黙っていられないほど、天使の告白は衝撃的だったようだ。
「ルセメル」
「ご、ごめんなさーい……」
残忍酷薄と呼ばれるにふさわしき鋭い眼光で辺境伯から睨みつけられた侍女は、引き攣った笑みを浮かべて口元を抑えた。
「助けてくれると、ちょっぴり期待したけど……」
そんなルセメルの姿など気にした様子もなく、セロンはゆっくりと目を開く。その後桃色の瞳の奥底に、憎悪を滲ませて淡々と宣言する。
「あの人はねえさまと、想いを通じ合わせた。だから、嫌い」
「セロン様……」
普段は感情の乏しい天使が、まさかこのような過激な発言をするようには見えなかったからかもしれない。ルセメルは驚きを隠せない様子で目を見開き、呆然とセロンを見つめた。
「わたし、あの人を懲らしめたい。聖女天使を神殿に閉じ込めて、管理する。悪い奴……」
「セロン様。旦那様は、どちらかと言うと……」
「ルセメル。荷物を持って、下がれ」
「で、ですが……っ」
「命令だ」
「は、はい……」
何かと失言の多い侍女が声を発したところで、セロンを苛立たせるだけだと考えたのだろう。
クロディオがルセメルに退出を促せば、命令に従った女性は荷物を手に部屋から出て行った。
『あの女……。何か、言いかけていたな……』
「わたしに、知られたくないこと?」
あっという間に冷静さを取り戻して桃色の瞳から憎悪を消失させた天使は、こてりと首を傾げながら彼の表情を窺った。
クロディオは罰が悪そうに視線を落とし、唇を噛み締めたあと――。
言いづらいそうに、声を発する。
「あの男とは……。俺にも、因縁がある」
「クロディオも、嫌い?」
「そうだな」
「お揃いだね」
「ああ……」
彼がフラティウスに対して自身と同じ気持ちを抱いていると知り、セロンは嬉しそうに口元を綻ばせた。
(お揃い。ペアルック。仲間の証拠……)
そんな天使の姿を目にしたクロディオは、今なら冷静に話ができそうだと考えたのだろう。
辺境伯は手にした封筒をひらひらと揺らしながら、セロンに問いかけた。
「これは君宛に描かれた手紙だが、中身を確認する価値もなかった。こちらで、処分しても?」
「ん……。いいよ。クロディオ、お任せ……」
「物わかりのいい天使は、好きだ」
「うん……。わたしも、そう言ってもらえて……嬉しい……」
「奇遇だな」
先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら。2人は幸せそうに微笑み合う。
(クロディオ、機嫌。よさそう……。今なら、言える、かも……)
セロンは意を決した様子で拳を握りしめると、彼にあるお願いをした。
「あのね、クロディオ……」
「どうした」
「わたし、外に出たい」
「どこへ行くつもりだ」
「ん……。違う、の。逃げるわけじゃ、なくて……」
優しく目元を綻ばせていたクロディオは、すぐさま普段の不機嫌そうな表情に戻ると、天使を凄む。
(ちゃんと伝えれば、きっと。許して、くれるはず……)
セロンは言葉を詰まらせながらもどうにか己を奮い立たせ――理由を説明した。
「クロディオの、サポート。したい」
「俺の?」
「うん。わたし、聖女天使。癒やしの力、使える。初めて出会った時、みたいに……。助けたい……」
天使の願いを耳にしたクロディオとペガサスは左右に首を振り、その提案は受け入れられないと拒絶する。
『そんなの、駄目に決まっている!』
「外は危険だ」
そんな2人の息ぴったりな姿を目にしたセロンは――。
真剣な表情で、問題ないと証明するかのように言葉を紡ぐ。
「わたし達、空、飛べる。人間の見えないところで、見守れば平気」
「飛び道具を使って、翼を傷つけられるかもしれないぞ」
「ペガサス。守ってくれる……?」
1人では難しいことも、神馬がいればどうとでもなる。
そう考えたセロンが不安そうに問いかければ、ペガサスは明るい声を発した。
『もちろんさ! ボクはセロンの、騎士だからね!』
「大丈夫、だって……」
だが――どれほど獣が問題ないと口にしたところで、人間に彼の言葉は理解できないのだ。
いくらでも天使が真逆の主張に変換し、都合のいいように己へ事実を歪曲して伝えられると考えたのだろう。
彼は頑なに、セロンの願いを拒絶する。
「俺は心配だ。ここにいるほうが……」
「クロディオ、言った。そばにいろって」
「それは、そうだが……」
「あなたが命を賭して、みんなのために戦うなら……。わたしも、支援する」
「決意は、固いようだな」
「ん。やっぱり、駄目?」
クロディオは最後まで迷う素振りを見せたが、これほど頑なに自身の意思を貫こうとしている最愛の人を拒絶するのは違うと考えたようだ。
彼は苦虫を噛み潰したような表情とともに低い声で、ぽつりと呟く。
「これでは聖女天使を独占して捕らえる、神殿と同じだな……」
彼は渋々、譲歩した。
「――約束してくれ。ペガサスか、俺。必ず、どちらかの目が届く場所にいると」
「わかった。約束」
こうして指を絡め合った2人は、彼が戦場で大剣を振り回す時も――何があっても……そばにいると、誓いあった。




