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虐げられた天使

 ――15年前。


 母親の命と引き換えにバズドント伯爵家に産まれたセロンの背中には、美しい純白の翼が生えていた。


「せ、聖女天使が! 神殿に連絡を……!」


 産声を上げた赤子の異変を目の当たりにした医者は、すぐさま然るべき場所へ報告を上げようとした。

 しかし――セロンの父親は、それを許さなかった。


「何もするな!」

「し、しかし……!」

「妻だけではなく、娘まで奪われるなど……! 私には耐えられん……!」


 愛する妻を失った絶望と、彼女と引き換えに産まれた娘に対する怒り。

 それをどうしようもできなかった彼は赤子を抱き上げ、怒声を響かせた。


「ああ……。セロン……。私の娘……。君は永遠に、私のものだ……!」


 瞳から大粒の涙を流した伯爵は、こうして狂気に染まり――ルユメール王国の掟に背く、重罪人となった。


 *


 ――神は戯れに、目麗しい人間の娘へ聖なる加護を授けた。

 彼は目をかけた少女を愛し子と呼び、慈しんだ。

 しかし――。


 ルユメール王国の王族は彼女達を聖女天使と呼び、神殿に集めて厳重に管理した。


 表向きは、内紛を防ぐためとされていたが……。

 性根の腐っている人間達は、彼女達を奴隷のように扱った。


『傷を癒やすだけしか、取り柄がないくせに!』


 ある時は、過労死寸前まで傷を癒やせと強要し――。


『誰のおかげで生きられると、思っているんだ!』


 またある時は、ストレス発散の道具として、扱った。


『もう、止めてください……』


 牢獄に捕られた聖女天使達は毎日のように、助けを求めて泣き叫ぶ。

 しかしその願いがかなえられることはなく――彼女達は神の思惑とは真逆の人生を送り、命を終えた。


 ――神は度重なる失敗の末、ただ力を与えただけではその特別な力を披露した瞬間、人間に搾取されて悲しい人生を送るだけだと気づく。


 彼は自由自在に背中へ純白の翼を生やす能力を彼女達に授けた。


『嫌なことがあればいつでも、天界へ飛んで来られるように』


 そんな願いを込めて与えられた新たな力すらも――人間にとっては、愛し子達を迫害する理由にしかならない。


『背中から翼を生やせる、化物め……!』


 ――神は人々の優しさを、過信しすぎていたのだ。


 彼は愛し子達に逃げる術を与えるのではなく――ルユメール王国が聖女天使達を独占しないように、彼らの手が及ばぬ他国へ彼女達を誕生させるべきだった。

 だが……。

 そこまで神の考えが及ばなかったせいで、数え切れないほどの同胞は不幸になった。


 恐らくそれは、今もまだ。

 現在進行系で、続いている。


 バズドント伯爵家に産まれた娘のセロンは、今日も薄暗い地下牢の中で1人静かに本を読んで過ごしている。


 少女は背中に翼を自由自在に生やし、癒やしの力を使う聖女天使と呼ばれる存在だった。

 しかし――セロンは監獄と呼ばれる神殿で生涯暮らさずに済んでいる。

 それは娘が死産したと虚偽の報告をしてルユメール王国を欺いた、父親のおかげだ。


(それがよかったかどうかは、疑問が残る……)


 存在しないはずの娘を地下牢に匿っている。

 それを他人には隠し通せても、家族にまでは黙っていられなかったのだろう。


 最愛の妻を失った悲しみに暮れた伯爵は、その隙間をセロンではなく――優しい言葉を投げかけて彼に寄り添う女性で埋めてしまった。


『私の娘、セロンだ』

『あたしはルイザよ! 今日から、お姉様って呼びなさい!』


 その結果――。

 セロンよりも1歳年上の娘とともに伯爵家へ継母が転がり込んできた直後から、彼女の悪夢は始まった。


『髪を結って!』


 ある時は義姉に。


『ドレスを着せなさい!』


 そしてまたある時は、義母に。


『掃除!』

『洗濯!』

『食事!』


 事あるごとに地下牢へ甲斐甲斐しく足を運ぶ義家族は、セロンを召使のように扱った。


(同胞と一緒なら。どんなにつらくて、悲しいことも。乗り越えられたかも、しれない。でも……)


 たった1人で代わる代わる彼女達の面倒を見るのに疲れ果てたセロンは、だんだんと疲弊していく。


(今よりもっと、傷つくのは……。嫌……。それって、わがまま、なの……?)


 内容を丸暗記するほど読み耽った、聖女天使について書かれた本を抱きしめた。


(こんな、生活……。一生なんて、続けられない……)


 いつか大空で純白の翼をはためかせる日を夢見て、微睡んでいると……。


「セロン! ルイザに、忘れ物を届けに行きな!」


 ある日の夕暮れのこと。

 地下室に飛び込んできた義母に腕を引っ張られたセロンは、困惑した様子で嫌がる素振りを見せる。


「で、も……っ。わたし……」

「聖女天使だか、なんだか知らないけどねぇ! 今日はルイザにとって、重要な舞踏会なのさ! この髪飾りがないと、20歳の誕生日を迎えた王太子を虜にできないよ!」


 だが――彼女はどうしても、義娘に忘れ物の届けさせたいようだ。

 どれほどセロンが拒んでも、無理やり外へ連れ出そうとする。


(ねえさまが、お嫁に行ったら……。かあさまの相手をするだけで、済む……?)


 それは彼女にとって、魅力的な誘いだった。


「ようやく、従う気になったかい」


 抵抗を止めたセロンに呆れたような視線を向けた義母は、伯爵家の庭へ義娘を連れ出す。


「わたし、これから……。どこに向かえば……」


 天使は生まれてからこの方、今まで一度も領地の外へ出た経験がなかった。


(星の光を頼りに、無事に目的地まで辿り着ける気がしない……)


 少女は不安で、仕方なかったが――。


「なぁに。地上からではなく、空から向かえばいいのさ」


 義母は遠目からでもすぐにわかる、一際大きな建造物を指差して告げた。

 セロンはこれから、あの場所を目指せばいいらしい。


「両翼をはためかせて目印を頼りに向かえば、迷うはずはないさ」


 義母にそう唆された天使は姉の髪飾りを手に――父親の赦しを得ず、大空へ羽ばたいてしまった。


(ずっと、こうして風を切ってみたかった)


 ずっと夢にまで見ていた感覚に、身体が喜んでいる。


(永遠に夜空を、飛び回れたら……)


 そんな少女の願いも虚しく……。

 セロンはあっという間に、目的地へと到着した。


(ねえさま……。どこ……?)


 ぼろ布一枚を纏って背中に翼を生やした天使はバルコニーに降り立ち、義姉の姿を探す。

 キョロキョロと桃色の瞳を忙しなく動かしていると、ある1人の青年と目が合った。


「聖、女……」

「殿下? 聖女天使が、どうかなさったのですか……?」

「ちょっと、ごめん!」


 殿下と呼ばれた男性はそばにいた老紳士にそう断りを入れると、セロンの元へと駆け寄る。


(どうしよう……。わたし、ねえさまを探さなくちゃいけないのに……)


 怯えた少女は後退りをして、この場から逃げ出そうとする。

 しかし――。


「待ってくれ……!」

「きゃ……っ」


 青年はセロンを大声で呼び止めると、細い腕を掴んだ。

 その拍子に、天使の手に握りしめられていた髪飾りがカツンッと音を立ててバルコニーの上に転がった。


「ご、ごめん……。どうしても、君と、話がしたくて……」


 その音を耳にして、我に返ったのだろう。

 男性はバツが悪そうに少女から手を離すと、視線をさまよわせた。


(初めて、言われた……)


 召使のようにこき使う義家族、それを見てみぬふりをする父親と暮らしているセロンにとって、年頃の異性から話しかけられるのは初めての経験で――。


(なんだか、胸が……。ドキドキ、する……)


 天使は不思議な感覚に陥りながらも、鈴の音が鳴くような美しい声を響かせた。

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