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逃げた天使(クロディオ)


 透き通るような銀髪と、女性らしい桃色の瞳を持つ小柄な少女は、名をセロンと言う。


 辺境伯はすぐさま、彼女の出自を調べさせた。

 しかし神殿の管理下にある少女達のリス卜には掲載がなく、ルユメール王国の仮面舞踏会で、1か月ほど前に野良の聖女天使が現れたことしかわからなかった。


(これが、彼女なのか……?)


 クロディオは調査報告書を捲り、その後に起きた不可解な事件に眉を顰める。

 幼い頃から聖女天使を自由にしたいと強い願いをいだいていたフラティウス・べグリーは、神殿の管理下にない聖女天使を保護しようと躍起になったのか――本気で惚れたのかはわからないが、とにかく彼女を求めた。

 王太子はバズドント伯爵家に向かい、聖女天使ルイザ・バズドントと婚約を結んだ。


(セロンなんて名前は、一度も出てこないが……)


 フラティウスとルイザが婚約者となった日に、セロンはクロディオの元に現れた。

 関係がないとは、言い切れないだろう。


(野良聖女天使が2人も同じ家から産まれるなど、あり得ない……)


 彼は優秀な部下が調べ上げた資料に目を滑らせ――天使の姉が王太子と婚約するまでは、バズドント伯爵家の令嬢として普通に暮らしていたと知る。


(あいつの悪い癖が、出たな……)


 人を疑うことを知らないフラティウスはルイザの言葉を真に受け、彼女が聖女天使と信じ切っているのだろう。


(神殿に管理されることを恐れる野良聖女天使が、貴族令嬢として表舞台で何不自由なく暮らしていたほうがおかしいと、なぜ思えないのか……)


 クロディオは報告書を握りしめる力を強めると、それを机の上に投げ捨てて椅子に身体を預ける。


(俺の、せいか……)


 友人が間違った道を歩んでいく姿を目の前にして、付き合いきれないと縁を切ったせいで――辺境伯はすべてを失った。


(あいつのそばに今もいれば……。このような悲劇を生むことは、なかったかもしれん……)


 悔しそうに唇を噛み締めたクロディオは、床の上に座って大人しくしている天使を見つめた。


『わたしを捨てた国など、滅びてしまえばいい……』


 ――セロンはルユメール王国に、強い恨みをいだいているようだ。

 もしもその対象が、フラティウスであったとしても――。


(あいつに剣を向ける理由が、どうであれ。昔馴染みであろうとも、容赦はしない……)


 こうして野良の聖女天使がクロディオの元に転がり込んできた以上、ルユメール王国がありとあらゆる手段を使って少女達を独占してきた現状に一石投じる結果となるだろう。


(我が国は、かねてより聖女天使を欲していた。彼女を無碍に扱うものは、誰であろうと許さん……)


 辺境伯は何があっても、セロンを手放す気はなかった。


(身体の奥底から湧き上がる、この感情は一体なんだ……?)


 クロディオは眉を顰めて、彼女の姿をじっと観察する。


(青く澄み渡る桃色の瞳を、こちらに向けてほしい。彼女と触れ合いたい。誰にも、渡したくない……)


 ――彼は長い熟考の末、それが独占欲だと気づく。


(俺は彼女に、好意をいだいているのか……)


 クロディオは信じられない気持ちで、いっぱいだった。

 生涯1人で大剣を振るい続け、この領地を守るつもりの辺境伯は、特別な存在を作るつもりなどなかったからだ。


(命を助けられただけで恋慕をいだき、自分だけのものにしたいと願うなど……)


 自分の中で目覚めた感情すらも受け入れ難いと難色を示した男は、彼女にも普段と変わらぬ厳しい態度で接した。


 ――そのせいでお喋りな侍女とともにクロディオの許可を得ずに姿を晦ますなど、想像もしていなかった。


(連れ去られたのか!?)


 聖女天使と侍女が身体を休めているはずの仮眠室に顔を出した辺境伯は、少女達の姿が見えないとわかった瞬間に強い怒りに支配された。


(俺のものに、手を出すなど……。命が惜しくないようだな……!)


 辺境伯はすぐさま騎士達に捜索を依頼した。

 しかし、その間も急ぎで片づけなければならない仕事が山ほどある。

 セロンが発見されるまで、それらを必死に処理し続けていたのだが――。


(セロン……。どうか、無事でいてくれ……)


 どうにも集中できず、クロディオは心の中で柄にもなく天使の無事を祈り続ける。


(たった1日一緒にいただけでこれほど心を砕くなど、どうかしているとしか思えん……)


 書類から手を離した彼は苦しそうに眉を伏せると、唇の前で両腕を組む。

 その後、セロンの姿を脳裏に思い浮かべた。


(俺は彼女の、どこに惚れた?)


 ――答えは考えるまでもなく、すぐさま導き出される。


(風に揺れるたびに光り輝く銀髪。可憐な花々を思い出させる桃色の瞳。精神的に幼さが見え隠れする口調。穢れを知らぬ、純粋無垢な性格……)


 そのどれもが血に濡れたクロディオには、キラキラと光り輝いて見えて――不相応にも求めるのを、止められなかった。


(たった1日で骨抜きにされるなど、どうかしている。長い時間ともにいたら、おかしくなりそうだ……)


 残忍酷薄な辺境伯と言う名に恥じぬ生き方をするつもりなら――。


『行かないでくれ……!』


 無様にも聖女天使にみっともなく縋り、彼女にそう叫ぶのは明らかに悪手だ。

 騎士達の士気も下がり、いいことなど何も無いない。


『旦那様はもっと、セロン様に優しく接するべきです!』


 それでも――。

 侍女の姿を思い浮かべた直後、居ても立っても居られなくなってしまった。

 辺境伯は勢いよく椅子から立ち上がると、走り出す。


(俺が、悪かった)


 クロディオは耐えられなかった。

 自分の知らない所で、彼女が傷つくのが。

 命を助けられた恩返しすらしていないのに、引き離されるのが。


(君がもし、俺の元から離れる決意をしたのであれば――今度こそ、大切にすると誓う。何があっても、セロンを最優先に生きていく)


 天使に対する恋慕が、歪な執着心へ変化していくのを感じながら。

 辺境伯は天から迸る眩い光を目指し、全速力で目的地に向かって走り出した。

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