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義姉の事情(ルイザ)

 ――ルユメール王国の王太子。

 フラティウス・べグリーのハートを射止めるため、16歳のルイザ・バズドントは仮面舞踏会の会場で1人壁の花となり、彼の姿を探していた。


「聖女天使が現れたぞ!」


 そんな中、穏やかではない単語を耳にして眉を顰めた。


(まさか……。あの子がここに、来るわけがないわ……)


 聖女天使と呼ばれる少女に、ルイザには1人だけ心当たりがあった。

 腰まで長い銀色の長髪と、愛くるしい桃色の瞳を持つ、小柄な義妹――セロン・バズドントだ。


(公の場に姿を見せたら最後。捕らえられて、神殿に監禁されるのがオチですもの……)


 義父によって存在を秘匿された天使は、バズドント伯爵家の地下室で暮らしていた。

 書類上では死産しているため、仮面舞踏会の参加資格など存在しない。


(あの子のほかにも、野良聖女天使がいるなんて……。世も末ね……)


 ルイザが呆れたように肩を竦め、壁に寄りかかった時だった。

 少女の前に目元を仮面で覆い隠した男性が、姿を見せたのは。


「君が、バズドント伯爵令嬢?」

「ど、どうしてあたしの名前を……!?」


 仮面舞踏会は、無礼講だ。

 会場内で相手の素性を詮索するのは褒められた行いではない。

 ルイザが思わず大声で聞き返せば、男性は口元に右手の人差し指を当て、左手であるものを差し出した。


「これを、渡したくてね」

「あたしの髪飾り……!」


 彼に手渡されたそれは、ルイザが好んで身につけていたアクセサリーだった。

 それに見覚えがあると声を上げれば、男性は愛おしそうにこちらを見つめて告げる。

 

「ああ……。やっぱり君が、そうなんだね……。僕の天使……」


 彼は意味不明な言動を口にすると、微笑みを深め――ルイザの耳元で囁いた。


「準備が出来たら、必ず君を迎えに行くよ。だから、待っていてほしい」

「あ、あなたの名前は……?」


 男性は仮面を手に取ると、一瞬だけそれをずらして素顔を晒す。

 ルイザは口元を両手で抑え、彼の名を叫びたくなる気持ちをぐっと堪えた。


(フラティウス・べグリー!)


 こちらに声をかけたのは、この国の王太子であり――喉から手が出るほど、欲している男性だった。


(どうしてあたしに、話しかけてくださったの? それにこの髪飾りは、あたしが伯爵家に忘れてきたはずで……)


 ルイザは口元を抑えたまま、頭をフル回転させて答えを導き出す。


(野良聖女天使騒ぎが義妹の仕業なら……。あの子が殿下に、髪飾りを預けた……。そこで家名だけ名乗って……。彼はあたしを、セロンと勘違いしている……?)


 ここは仮面舞踏会だ。

 義妹とは髪の色から身体の作りまで、何もかもが違うが――仮面で目元以外を覆い隠している。

 そのため、桃色の瞳という印象だけで姉妹を探し出して声をかけたのだとしたら、こうして間違えることもあるだろう。


(このチャンスを、逃してなるものですか!)


 姉は両手で覆い隠した唇を歪めて意地汚い笑みを浮かべると、心の中で義妹を褒めた。


(たまにはあの子も、やるじゃない……!)


 なんの苦労もせずに王太子のハートを射止めたと知ったルイザは、止めとばかりにわざバランスを崩し――彼の胸元に縋りつくと、瞳を潤ませて自らの名を名乗った。


「あたしは、ルイザ・バズドントと言います。どうか、忘れないで……」


 フラティウスの手から髪留めを受け取って頭に身に着けて、すぐさま踵を返す。

 その後、人知れずほくそ笑む。


(これで殿下は、あたしのものよ……!)


 勝利を確信したルイザは、上機嫌な様子で仮面舞踏会の会場をあとにした。


 ――フラティウスは宣言通り、ルイザを迎えにやってきた。


(チョロいわね……)


 姉は内心ほくそ笑みながら、物陰に隠れてこちらの姿を窺う義妹の姿を盗み見る。


(そうよ! その顔が見たかったの……!)


 自由自在に背中へ翼を生やし、癒やしの力を使える聖女天使が――絶望に染まる姿を。


(好かれてるのは自分だって、殿下なら助けてくれるって、信じていたんでしょう? 本当に馬鹿な子! 夢見がちで、まとも教育を受けていないから、こうやって傷つくのよ!)


 ルイザはこれみよがしに彼の胸元に頬を寄せると、決意する。


(今日からあたしがあなたの代わりに殿下の寵愛を受ける、野良聖女天使となるの……!)


 ――こうして姉は義妹を愛するフラティウスの勘違いに便乗し、喉から手が出るほど欲した王太子の婚約者という地位を手に入れた。

 おとぎ話に例えれば、王子様に見初められたお姫様はこれから幸せに暮らすはずだった。

 しかし――。


(ようやく殿下が、あたしのものになったのに……!)


 残念ながらルイザは、童話のようなハッピーエンドを迎えられなかった。


「君のような野良聖女天使は、見つけ次第僕の管理下に置くべきだと思うんだ」


 ――物語が続いていると知ったのは、彼の口からこんな提案を耳にしたからだ。


「そ、そんなの! 神殿に任せておけば、いいじゃない!」

「君だって、あそこがどんなところか知っているからこそ……。逃げ回っていたんだろう?」

「それは、そうだけど……」

「ルイザ。僕の婚約者として、協力してほしい。同胞の君が訴えかければ、ロセアガンム王国に出現した野良聖女天使も――きっと、賛同してくれるはずさ」


 ――ルイザがフラティウスの婚約者となってから1か月後。

 隣国ロセアガンム王国に、聖女天使が現れた。

 彼女はパロニード辺境伯に加護を与えたあと、天界からペガサスを降臨させたらしい。


『パロニード辺境伯を守護してくださる、聖女天使が現れた!』

『これでもう、我が領地は安泰だ!』


 浮足立った領民達は、口々に聖女天使の素晴らしさを語る。

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