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天使の祝福を、あなたに

「わたし、あなたといる」

「信用できんな」

「もう、逃げない。わたしを大切にしてくれるって、はっきりと認識したから」

「なんだ、それは」


 セロンがなんの前触れもなく、自らの素直な気持ちを吐露したからだろう。

 クロディオはその真意を探るような視線を向けていた。


「お願い。クロディオ」


 しかし、天使に初めて名を呼ばれた辺境伯は、柄にもなく動揺したらしい。

 小刻みに剣を震わせ、驚きで目を見開く。

 そんな金の瞳と視線を交わらせるために、セロンは恐る恐る再び上半身をのけ反らせた。


「名前。呼ばれるの……。嫌だった……?」

「いや……」


 不安そうに問いかけた自分に、探るような視線を向けられるのが不愉快で仕方なかったのだろう。

 クロディオはバツが悪そうに天使から視線を逸らすと、大剣を鞘に収めてペガサスに複雑な視線を向けた。


「ペガサス」

『信仰心のない人間と一緒にいたって、不幸になるだけだ。ボクと一緒に、天界で暮らそう!』

「……ごめん、ね。少し、考えさせて」

『そんな……! どうして、こんな奴を選ぶんだ!?』

「わたしと、探してほしい」

『なんだって?』

「クロディオと一緒に、いる理由」

『セロンと……?』

「うん。答えが出るまで、そばにいて」


 辺境伯の説得を終えても、セロンはほっとひと息つく暇などなかった。

 天使はペガサスの目を真っ直ぐ見つめ、説得を試みる。

 すると――。


『仕方ないなぁ……。わかったよ。君がそういうのなら、僕が見極めてあげよう』

「うん。わたしと、クロディオ。ペガサス……。みんな、仲良し」


 神馬もセロンの熱意に、根負けしたのだろう。ようやくクロディオに対する敵意を霧散させると、少女の身体に頬を寄せた。


(これで、ようやく。一段落……)


 天使が小さく荒い息を吐き出せば、事の成り行きを静かに見守っていた辺境伯が訝しげな視線をセロンに向けた。


「セロン。先程から、なんの話をしている。俺は――」

「今日から、この子も一緒。お世話に、なる……」

「なんだと?」


 彼にとって少女の発言は、まさしく寝耳に水だったのだろう。

 納得できないとばかりにセロンへ聞き返したが、天使は不思議そうに首を傾げてクロディオから了承の言葉を引き出そうと試みる。


「駄目……?」

「当たりま……」

「りま……?」

「君には、敵わんな」


 美しい銀色の髪を吹きすさぶ風によって揺らした天使が、桃色の瞳を潤ませて懇願してきたのだ。

 無視など、できるはずがなかった。

 彼はくしゃりと泣き笑いのような表情を浮かべると、天使を抱き上げた。


「待って……。ルセメル、治療、しなきゃ……」

「必要ない」

「でも……」

「放っておけば、直に回復する」

「うんん。癒やしの力、使わせてほしい」

「セロン」


 癒やしの力を人前で見せびらかすなど冗談ではないとでも言いたげに、金色の瞳が訴えかけている。


(それが恐ろしいと、感じていたはずなのに――今は、怖くない……)


 それがなぜなのかは気づけぬまま、セロンは悲しそうに目を伏せながら素直な気持ちを吐露した。


「わたしが、ペガサス……。言い聞かせておけば……。怪我、しないで……済んだ……」

「聖なる力の使用は、身体に負荷がかかると聞くが」

「たくさん使わなきゃ、平気。だから、やらせて」


 彼は渋々重い足を動かすと、土の上に倒れ伏し痛みを堪える侍女の元へ向かった。


「触るか」

「ん……」

「わかった」


 その場にしゃがみ込んだ辺境伯は少女を落とさないように、しっかりと支える。

 セロンは彼の胸元から手を伸ばすと、ルセメルの肩に指を触れて祝詞を紡ぐ。


「フォルツァ・コンソラーレ。天使の祝福を、あなたに」


 銀色の風がどこから吹き荒び、侍女の身体を包み込む。

 セロンが指先を離せば、呻き声を上げて必死に痛みを抑えていたはずのルセメルはすくりと立ち上がる。

 その後、普段通りの明るい声で天使に告げた。


「セロン様は、凄いです! 先程まではあんなに痛くて、死を覚悟したのに……! もう、へっちゃらになるなんて! やっぱり、聖女天使様ですね!」

「この程度の傷を癒やすのは、聖女天使ならば朝飯前だ」

「そうやって威張るから、セロン様が怯えてしまったんじゃないですか!」

「あのまま、見殺しにしておけばよかったか……」


 クロディオはセロンを腕にいだきながら、残忍酷薄な辺境伯と呼ばれし鱗片を見せつける。

 それに異を唱えた侍女は、人の迷惑も顧みず力いっぱい声を荒らげた。


「だから! そんなこと言うから、残忍酷薄な辺境伯なんて噂になったんですってば! いい加減、周りにどう思われるかを考えた言動を心がけてください!」

「くだらん……」

「旦那様!」

「帰るぞ」


 天使に一声かけた彼は姿勢を正すと、当然のように幼子を抱き上げたまま歩き出す。

 ――その背後にはペガサスと、満面の笑みを浮かべる侍女を伴って。


「おい。見たか? 今の!」

「辺境伯に抱き上げられているご令嬢が、聖なる加護を使ったぞ!」

「天界から神馬を召喚し、手懐けるなど……!」

「さすがは聖女天使だ!」


 彼らの様子を遠巻きに見つめていた住人達が、セロンに向かって口々に叫ぶ。

 その賞賛の声を聞きながら、セロンは小首を傾げた。


(あったかい……。クロディオの腕の中……。安心できる……。なんでだろう……?)


 天使は辺境伯の胸元に縋りつくと、その温もりを堪能し――領城へと戻った。

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