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辺境伯巡り

「ここがパロニード辺境伯領自慢の、果樹園ですよ!」


 見渡す限り緑で溢れるフルーツ畑に案内されたセロンは、物珍しそうにあたりを見渡した。

 林檎、ぶどう、オレンジ、桃――美味しそうな実が山程実っている。


(こんなこと、している場合じゃない……。早く、わたしを呼んでる人……。会いに行かないと……)


 そんな光景を見ていると、自分が外に出たいと強く願った理由さえ忘れてしまいそうになる。


「もぎたてフルーツを、召し上がれ!」


 そんなセロンの気を、より強く引くためだろうか。

 林檎の木に手を伸ばしたルセメルが果実をもぎ取って、こちらに差し出した。


(朝ごはんを食べる間くらいは、待ってくれるかな……)


 それを受け取ったセロンは勝手に自分の都合がいいように判断すると、小さな唇で動かす。

 その後、シャクシャクと小気味いい咀嚼音とともに朝食を楽しむ。


「おいしい……」

「でしょう? 旦那様は有事の際に備えて、自給自足をモットーとしているんです! この果実園が無事な限り、戦士が空腹に喘ぐ心配はありません!」

「そう、なんだ……」

「はいっ」


 自慢げに語るルセメルの声を耳にしたセロンは、ぼんやりと思考を巡らせる。


(ロセアガンム王国は、とっても緑豊か……)


 ルユメール王国は空から見渡した限り建造物がひしめき合い、窮屈な印象を与えていた。

 それに比べたらこの国は自然豊かで空気がおいしく、天使にとってはとても住みやすい環境であった。


(時折吹き荒ぶ風が、気持ちいい……)


 長い銀髪を揺らしながらその心地よさを堪能した天使が、嬉しそうに目元を緩めたからだろう。

 そんなセロンの姿を目にした侍女は、小さな手を引いて次の場所へと案内する。


「セロン様! 次は、露天商に参りましょう!」


 緑豊かなフルーツ畑を抜けた2人は、舗装された道をまっすぐ進む。

 ――それから、5分程度の時間が経過した頃だろうか。

 セロンは侍女とともに、人が行き交う街へ到着した。


「ここ……。人が住む、場所……?」


 バズドント伯爵家の地下室に閉じ込められていたセロンは、人間達がひしめき合う場所に訪れた経験が、数えるほどしかなかった。

 だからこそ不安そうにあたりを見渡し、ルセメルに問いかける。


「大丈夫ですよ。何があってもセロン様は、私がお守りいたしますから!」


 天使は暫く、視線を忙しなく動かして逡巡するような様子を見せていたが――。


(いつまで経っても、ここで佇んでいるわけには……。いかない、から……)


 最終的に、侍女を信じると決めたようだ。

 セロンは全身を小刻みに震わせながら、ルセメルとともに賑わう街へ足を踏み入れた。


「よってらっしゃい、見てらっしゃい!」

「辺境伯騎士団の勝利を祝して!」

「今日は、安売りの日さ!」


 セロンが目にしたのは、露天商達が大声を張り上げて客引きをしている姿だ。


「うーん。やっぱり、逆転勝利を決めたあとだからですかね? すごく、盛り上がってます!」

「ちょっと、騒がしすぎる……かも……」

「そのうち慣れますよー!」


 たくさんの人が賑わう光景を目の当たりにした彼女は、露骨に顔を顰めて片耳を塞いだ。


(こんなに、うるさいのに……。ルセメル、全然気にしてない……)


 セロンは喧騒の中でもいつも通りの笑顔を浮かべて楽しそうにしている侍女の姿を目にして、感心した様子を見せている。

 街を行き交う住人達とぶつからないように細心の注意を払いつつ――ルセメルとともに、街の中心部へと足を踏み入れた。


(人間、いっぱい……)


 すれ違う人々は誰もが紫色のドレスを身に纏うセロンの小さな身体を目にした瞬間、こちらを二度見して口々に言葉を紡ぐ。


「なぁ。あれ、どこのご令嬢だ?」

「銀色の髪に、桃色の瞳……なんて美しいんだ……」

「我々と同じとは、到底思えん!」


 ――誰もが見惚れる美しい容姿をした少女と、給仕服の上からマントを羽織った女性の2人組が、周りの様子を窺いながら覚束ない足取りで彷徨い歩いているのだ。

 当然注目を浴び、噂になる。


「セロン様! 大人気ですね!」

「そう……?」


 セロンは大人達から物珍しそうな視線を向けられていると気づき、彼らと目を合わせて後悔した。


(あの人達と、同じ目をしてる……)


 聖女天使に憧れ、妬み、蔑み、利用しようと目論む。

 瞳の奥底に込められた欲望を読み取ったセロンは、苦しそうに唇を噛み締めながら俯く。

 すると――切羽詰まった声が、どこからともなく聞こえてきた。


「あの少女……!」

「なんだ? お前、心当たりがあるのか?」

「ああ! 昨日の戦利品として、残忍酷薄な辺境伯が連れ帰った――聖女天使じゃないか!?」


 騒ぎを聞きつけた2人組の騎士達がセロンを見捉えた瞬間、大声で小さな身体を指差しながら叫んだのだ。

 それを聞いた住人達は顔を見合わせ、セロンに畏怖の視線を向けた。


「彼の機嫌を損ねたら、どうなるか……」

「怖いのう。我らだって、一溜まりもない」


 戸惑う人々から醸し出される恐怖を感じ取った天使は、ぼんやりとクロディオの姿を脳裏に思い浮かべながら思考を巡らせる。


(あの人はみんなからも、恐れられているんだ……)


 彼の威圧的な態度や高身長から放たれる鋭い眼光に怯えているのは自分だけではない。

 それを知ったセロンが、どこかほっと胸を撫で下ろした様子で肩の力を抜く。

 すると、先ほど少女に向けて指を指してきた2人組の騎士達が、天使の行く先を阻むように立ち塞がって声をかけた。


「昨日! 団長と先に領城へ戻った、女の子だよな!?」

「それからあんたは、辺境伯の側使え……?」

「ルセメル・ゼグレマムスです! セロン様の、オマケ扱いしないでください!」

「ああ……そんな名前だったっけ」

「どうしてこんなところに? 団長と、一緒にいるはずじゃ……」


 騎士団の姿を目にした天使は、さぁっと顔色を青ざめさせる。


(連れ戻される……!)


 彼らがクロディオの命令を受けて、天使と侍女を探しに来たと勘違いしたからだ。


(まだ……。わたしを呼ぶ声の人、会ってないのに……!)


 こんなところで、呑気に露天商を見て回っている場合ではない。

 すぐさまセロンは、逃げようとした。


「こら! 落ち着けって!」

「や……っ!」


 しかし――2人は騎士達それぞれに羽交い締めされ、あっという間に拘束されてしまう。


「やめてください!」

「暴れんな! 俺達は……っ」

「いやぁ……っ!」

「セロン様はいつか、旦那様の妻となる方ですよ!? あなた、死にたいんですか!?」


 騎士団の指揮を取る団長ほどではないが、彼らだって戦地で剣を振るう騎士達だ。

 誰かを癒やしたり背中に翼を生やしたりするくらいしか脳のない天使と、なんの力も持たぬか弱い侍女では、男性2人に敵うはずもなかった。


(目的を達成しないままあの人のところに戻ったら、怒られる……っ)


 クロディオに怒鳴りつけられたり軽蔑の眼差しを向けられたりしたくないと必死に四肢を動かし、暴れていたのが項を成したのだろう。


(助けて……っ。誰か……!)


 ――天使の願いを聞き届けるかのように、天空から目が白むほどの光の柱が降り注ぐ。


「う……っ」

「前が、見えない……っ」

「セ、セロン様……!」


 2人組の騎士達はセロンから両手を離し、目元を覆う。


『セロン』


 どこからともなく天使を呼ぶ声は、自分が会わなければならないと外に出るきっかけを作った少年の声そのものだ。


(やっと、見つけた……)


 眩い光が降り注ぐ中――彼らに突き飛ばされた2人は勢いよく土の上に倒れ伏しながら、上空を見上げる。


(あれは……)


 すると天空から純白の翼をはためかせ、ある生き物が天使の前に舞い降りた。

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