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第九話 坂木



「どういうことなんだこれはっ!」

 説明責任を果たすため、一旦宗睦たちのいる場所へと戻ってきた坂木に対し、津山は怒髪天を衝くばかりの勢いで声を荒げた。

「逃げられてしまうとはなんたる様だ! しかも月城くんがせっかく用意してくれた食材だと言うのに、この愚か者めがっ!」

「め、面目次第もございません……」

 席を立って激昂する津山に、坂木が心底申しわけなさそうに頭を下げる。いつも紳士然としているのに、まさかここまで怒りを露わにするとは。津山とは四年近い付き合いではあるが、こんな姿を見るのは初めてのことだった。

「まあまあ。ひとます落ち着きましょう、津山さん」

 まるで別人のように憤慨する津山に、宗睦は苦笑を浮かべながら宥める。

「僕だったら気にしてませんし、逃げられたものは仕方ありませんよ」

「そ、そうかい? まあ、月城くんがそう言うのであれば……」

 宗睦の言葉に少しは頭が冷えたのか、津山はおとなしく椅子に座り直して、深い溜め息をついた。

「でも、どうして三階なんかに運んだりしたんだ? 元から一階に置いておけば、仮に逃げ出してもすぐにだれかが見つけてくれたかもしんねえのに」

 退屈そうに頬杖を付いていた裂島が、これまでの経緯を坂木から聞いて、そんな疑問を呈した。

「一階にも二階にもあれだけの数の食材──それも檻に入れた状態で保管できる場所が他になかったのよ。だからとりあえず、空いている三階の方に運んでもらったの」

 一人二人くらいだったら一階にも置けたのだけど、と眉尻を下げて答える美奈。この豪邸には住み込みで働いている使用人も多くいるらしいので、それほど部屋が空いていないのだろう。

「あらあら。難儀ですわねえ。一体どこにいるのかもわかりませんの?」

 こっちはこっちで、さほど深刻でもなさそうにワインを飲みながら訊ねた来見に、

「ただいま使用人たちにも探させている最中なのですが、現時点ではなにも……」

 と、坂木が表情を曇らせて返答する。ずっと無愛想な人だと思っていたが、マイナスな感情となると表に出やすいタイプらしい。

「まったく、だいたい部屋に鍵をかけていたのではなかったのか?」

「いえ、何度も行き来するので、あえて鍵は閉めておりませんでした。それに檻自体に鍵がかけられているので、逃げ出すのは不可能であると考えておりまして……」

「その結果がこれか。貴様の怠慢と油断のせいで、こんな事態を招いたのだ。この痴れ者が。おかげでこの私まで恥を掻く始末だ」

「申しわけございません……」

「もういい。貴様にはほとほと失望した」

 言って、津山は懐から拳銃を取り出した。

「用済みだ。死ね」



 ぱあん! と乾いた音が響き渡った。



 悲鳴は聞こえなかった。坂木が声を発する前に、銃口から放たれた高速の弾丸がその額を貫いたのだ。

目の前で脳漿と鮮血をまき散らした坂木は、ほとんど間を置かずバタンと真後ろに倒れ、そのまま動かなくなった。

 坂木の死に顔は、まさか主人たる津山に撃たれるとは微塵も思っていなかったような、そんな信じられないと言った風に双眸を剝いていた。

「もう、公一さんったら!」

 ややあって、美奈が口を尖らせて津山を責め立てた。

「ダメじゃない、殺しちゃったりしてー。坂木みたいな人肉専門の料理人、なかなかいないのよ?」

「……だがね美奈。こいつは客人の用意した食材をみすみす逃がしてしまったのだよ? 坂木ほどじゃないが人肉を調理できる者は使用人の中にもいるし、ちゃんとけじめは付けるべきだ」

「だからって、なにも殺す必要まではなかったわ。公一さんってば、一度頭に血が上るとすぐ歯止めが利かなくなるんだから。私に対してはすごく優しいけれど、公一さんのそういう短気なところは、あまり好きじゃないわ」

「……す、すまない美奈。すぐに代わりの料理人を見つけておくから、どうか機嫌を直してくれ……」

 眉間にシワを寄せてそっぽを向いてしまった美奈に、津山が慌てて手を合わせて謝った。いかなプライドの高い津山であっても、最愛の妻が相手となると強くは出られないようだ。

「でも、妙な話ですわね。檻には鍵がかかっていたのでしょう? そんな簡単に外せるような類でもなかったでしょうし、不思議でなりませんわ」

「坂木のことだ。どうせ鍵を閉め忘れたとかに決まっているよ」

「それなら、最初から逃げ出していたはずじゃありませんの? 今さら逃げ出すなんて、おかしな話ですわ」

「そんなことより、これからどうすんだ? これでお開きなんて、俺は嫌だぜ?」

 津山の来見の会話に割って入る形で、裂島が心底暇そうにあくびをして訊ねる。

「……そうだね。主催者としても、このままパーティーを終わらせるわけにはいかない」

「けど、公一さん。具体的にはどうするの? いくらなんでも月城くんを除いて勝敗を決めるなんて、なんだか気が引けるわ」

「それなんですが」

 不意に、宗睦が片手を挙げて意見を述べた。

「どうでしょう。今から皆さんで僕の食材……脱走中の子供を捕まえに行くとはいうのは」

「子供を捕まえに……かい?」

「ええ。言うなれば鬼ごっこですね」

 奇しくも、食人鬼の僕らにはぴったりな名称ですね、と津山の問いに宗睦が冗談混じりに返答する。

「けどよ月城。どこに逃げたかもわからない奴を探すなんて、ちょっと面倒じゃね?」

「そんなことありませんよ。確かにこれだけ広いとすぐにとはいかないでしょうけど、相手は女子小学生です。体力も脚力も僕らに比べれば劣るでしょうし、使用人さんたちも総動員すれば、さほど時間もかけずに見つかりますよ」

 宗睦の提案に、津山たちは困惑したように顔を見合わせた。決めあぐねているというか、控えめに見てもあまり乗り気ではなさそうな感じである。

「公一さん、どうする?」

「そう、だね。こうなったしまったのも私の責任でもあるし、参加するのもやぶさかではないが……」

「えー? 俺は嫌だぜ。そんな面倒ことをするくらいなら、今まで出てきた人肉でも食べながら、その子供が捕まるのを待とうぜ」

「ですが、それだと月城さんが不利になるんじゃなくて? あまり他の味に慣れ過ぎるとそちらに左右されて、いざ月城さんの食材を口にする時になってちゃんと査定できるどうか疑わしいものがありませんわ」

「では、こういうのはどうでしょう。先に食材を捕まえた者に、なにか景品をあげるというのは」

 宗睦の言葉に、皆が異口同音に「景品?」と聞き返した。

「はい。ただ捕まえに行くというのも面白味がありませんし、景品でも用意したら盛り上がると思うんですけど──どうですか、津山さん。ここはやはり主催者の意見を聞きたいんですが」

「……なるほど。いや、すごく良いと思うよ」

 宗睦の話を聞いて、津山は思案顔で頷く。

「よし。景品は私が用意しよう。こんな事態を招いたせめてものお詫びだ。もし仮に私たち夫婦より先に食材を捕まえることができたら、秘蔵の人肉を譲渡しようじゃないか」

「へえ……」

 人肉と聞いて、それまで興味なさげだった裂島がニヤリと口端を吊り上げた。

「津山さんの秘蔵かー。そいつはかなり気になるな。津山さんが言うなら、きっとすげえ美味いんだろうな」

「勿論だ。すでに解体して冷凍保存してある状態だが、味は保証するよ。新鮮な状態という縛りがなければ、今回のパーティーに出していたくらいだ」

「よし! それを聞いて俄然やる気が出てきたぜ!」

 言葉通り、裂島が指を鳴らして意気揚々と立ち上がった。先ほどまでのやる気の無さが嘘のようだ。

「わたくしも参加しますわ。体を動かすのはあまり得意ではありませんが、なかなか面白そうです」

「そうね、私も参加するわ。津山家の一員として、このままお客様に不愉快な思いをさせて帰らせるわけにはいかないし」

 裂島に続いて、来見と美奈も参加の意を表した。どうやら、宗睦の案が採用されたようだ。

「さて、そうと決まったらさっそく動こうか。私は構わないが、こうしている間にも使用人が見つけているかもしれないしね。あ、補足しておくと使用人が先に見つけた場合も景品は無効になるから、それだけは頭に入れておいてほしい」

 津山の言葉に、皆は了承とばかりに頷いて、一斉に起立し始めた。

「あの、旦那さま……」

 と、立ち上がった津山に、一人の使用人が歩み寄って、恐る恐る声をかけた。

「坂木さん……この死体はどうしたらいいでしょう?」

「ああ、これか」

 床に横たわる坂木の死体を一瞥して、津山は冷淡な声音でこう吐き捨てた。



「そんなゴミ、今すぐ捨ててしまえ。森の中にでも放っておけば、野犬やカラスが処理してくれるだろうよ」




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