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第七話 来見



「すみません。少し遅れてしまいました」

 パーティー会場へと戻ってきた宗睦は、開口一番にそう津山たちに詫びて、自分の席に着いた。

「いや、構わないよ。ちょうど準備が終わったところだったね」

 言って、津山たちは横手──宗睦から見て後方を指差す。

 ここに戻ってきた時点ですでに目に入っていたが、確かにそこには、次の食材──順番的に来見が用意した人間が、檻の中に入れられて物静かに鎮座していた。以前としてブルーシートの上には、これまでの血液が真っ赤な絨毯のように広がっているが、きちんと死体だけは跡形もなく片付けられている。聞いた話では、残った人肉は宗睦たちにも均等に分配してくれるのだとか。

 人肉はなかなか手に入りにくいし──自分で狩るにしても、手間がすごくかかるので──さほど金があるわけでもない裂島や宗睦にとってはありがたい話だった。裏の組織を通じて購入しようと思うと、かなり金がかかるのだ。

「でも、確かにちょっと遅かったわねえ。途中でなにかあったりしたの?」

「いえ。ちょっとお手洗いの場所がわからなくなりまして。ちゃんと道順を覚えたとばかり思っていたんですけどね」

 美奈の問いに、宗睦は苦笑を浮かべながら答える。

「なんだ月城。すました顔して案外抜けてんなあ。だっせえ」

「あら、いいじゃありませんの。月城さん、どこか隙がなくて近寄り難い雰囲気がありましたし、ちょっとぐらい欠点があった方が好印象ですわ」

「そうね。月城くんなら逆に可愛いかも。完璧な人よりも、少し抜けているぐらいがちょうどいいのよ。男も女もね」

「そうですか? 別段、僕は完璧だなんて思ってもいなかったんですが……。なるほど、じゃあこれからだれかと接する時は、少々対応を考えた方がいいのかもしれませんね」

「おいおい。ただでさえモテ男だっつーのに、この先もっと女を落とすつもりでいるのかお前は? 二つの意味で喰うのに困らねえ人生だな、おい」

 俺なんて女を引っかけるだけでも苦労してんのに、と負け惜しじみたセリフを吐く裂島。別に女性を落とすつもりなんて全然ないのだが(子供はともかくとして)。

「さあ皆、雑談もそれくらいにしてパーティーの続きといこうじゃないか。とうに準備は終わっているのだからね」

「おっ、そうだな。正直これまで出ただけのじゃあ物足りないくらいだったし。つっても……」

 と、津山に同意しつつも、裂島は意味ありげに一拍置いて、檻の中にいる食材へと胡乱に視線を向けた。

「今度は男なんだよなー。いや、俺も男の肉を食べたことはあるけど、女に比べて味が落ちるんだよなあ」

「ああ、それに関しては私も同意見だ。少し前にも言ったが、私も美奈も若い女性しか食べないものでね……」

「食わず嫌いというわけとかじゃなくて、若い頃に何度か食べたこともあるのだけど、なんだか口に合わないのよね~」

 津山と美奈が、困ったように苦笑して顔を見合わせる。宗睦も右に同じだ。

「四人共なんですの? あらあら、それは損をしていますわね。男性の味を知らないなんて……」

 渋面になる宗睦たちに対し、来見は嘲りに近い薄ら笑みを浮かべて言う。

「女性もいいものだとは思いますが、男性だって、とても美味しいのですのよ?」

「へえ。じゃあ来見嬢は日常的に男を喰ってんだな」

 物好きだなあ、と裂島が感想を吐露する。

「それに、相当な自信があるみたいですね。彼にそれだけの秘密があるんですか?」

 言いながら、宗睦は檻の中にいる青年を改めて観察する。

 年齢は宗睦と変わらない程度。顔もそこそこ整っていて、肉体もそれなりに引き締まっている。これまでの食材と違って奇妙なほど落ち着いている(裸に剝かれているのにも関わらず、だ)のが気にかかるが、クールな男と捉えれば、女性にモテそうではある。

 しかしながら、まるで食指がそそらない。男なんぞ鼻から興味がないせいもあるが、来見の言葉を裏付けるようなものは特にないと思う。一体これのどこに食材としての価値があるのか、甚だ疑問でならない。

「そうですわね。決して味だけというわけでもないのですが──それはまあ、実際に見てもらった方が手っ取り早いですわね。坂木さん、手筈通りお願いしますわ」

「かしこまりました。来見さま」

 そう来見に頭を下げて、坂木は檻へと歩を進める。

「あれ? なんで来見嬢が命じるんだ? それは津山さんの役目のはずだろ?」

「いや実はね、あれのショーだけは来見さんに一任しているのだよ。どうしても見せたいものがあるとかで」

「ええ。皆さんにわたくしが用意したショーを見ていただきたくて。決して退屈だけはさせないと誓いまずわ」

 来見が不敵に笑んで、そんな言葉を発する。

 話している内に、坂木が檻の手前まで行って、なにかを投げ入れた。

 カランカランと金属が接触したような音が響く。それは坂木が檻の中に放ったナイフで、ちょうど青年が正座する膝のそばに落ちた。

 青年はそれを握り、ここに来るまでずっと閉じていた瞼を開けて、その情熱的な瞳を来見に向けた。

まるで指示を待つかのように、じっと来見だけを見つめて。

 そして。



「命じますわ。死になさい」

「はい。喜んで」



 来見の命令に、青年はそれまでの能面ぶりが嘘のようにニコッと微笑んで、



 突如、自分の腹をナイフで刺し始めた。



 ザシュザシュザシュと、青年は狂ったように刺し続ける。血煙が舞うのも気にせず、笑みを浮かべたまま自身の内蔵を抉り取るように穴を空けていく。

 それは壮絶な光景だった。

 繰り返し腹を刺す度に、ドバドバと血潮が溢れ返るように噴き出る。絶え間なく出る鮮血が檻から滴れ、床を侵食していく。前々からブルーシートに溜まっていた血と合わさって、眼前に真っ赤な海が広がっていた。

 それでも青年は、一切手を緩めることなく刺していく。止まることを知らない壊れた機械のように、何度も刺していく。

 刺して刺して、刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して……もうどれだけ滅多刺しにしたか数えるのも止めた頃、青年は次第に手を緩め、ついには血反吐を吐き散らしながら前に倒れた。

 ビチャン、と血が勢いよく跳ねる音が響く。青年は血だまりに沈んだままピクピク痙攣し、ややあって、ぴくりとも動かなくなった。

 しぃん、と水を打ったように静寂が下りていた。

 終始呆気に取られたように、だれもが口を閉ざしていた。皆が皆、眼前の光景に虜になっていた。

 その余韻は今になっても解けておらず、だれも言葉を発そうとはしなかった。未だ夢から覚めていないような、そんな惚けた面持ちで。

 いや、正確には一人だけ、優雅にワインを飲んでいる者がいた。

「いかがでした? なかなかのショーでしたでしょう?」

 グラスを片手に艶然と微笑みながら、来見が皆に声をかけた。

 その言葉に、皆がはっと我に返ったようにまなじりを開け、感嘆の息を零す。

「はあー。これは驚いた。まさか突然自害するなんてね。初めて見たよ、あんな凄まじい光景は」

「ふふ。楽しんでいただけまして?」

「勿論さ。最高のショーだったよ」

「なあ来見嬢。あれはどうやったんだ? いくら金を積めばあんなことができんだ?」

 津山と来見の会話に割り込む形で、裂島がそう問いかける。

「別にお金なんて積んでおりませんわ。わたくしは単に命じただけ。あれはわたくしの望む通りに死んだだけに過ぎませんわ」



「不殺の鬼女──」



 ぽつりと、独り言でも呟くように宗睦が言う。

「なるほど。具体的にどういった意味でそんな異名が付けられたのかと不思議に思っていましたが、今のを見て合点がいきました。つまり来見さんは自分からは手を出さず、けれど他人の手も借りず、あくまでも本人の手によって死んでもらっていたのですね。だから、『不殺の鬼女』」

「わたくしがそう名乗っているわけではありませんけどもね。周りの方がそう言っているだけで」

 でも、なんだか恥ずかしいですわ──とほんのり紅潮した頬を手で抑えて、来見は言葉を継ぐ。

「ですが、そうですね。向こうから死んでくれるという意味では、楽ではありますわね。わたくし、汚れるのも力仕事も嫌いなので……」

「いかにもお嬢さま育ちって感じだもんな、来見嬢は。けど、やっぱ羨ましいわ。だって向こうから死んでくれるんだぜ? 俺や月城みたいな自分から狩りに行かなきゃならない身にしたら、こんな労力も使わないで人肉が手に入るなんて、マジ最高だよなあ」

「そうは仰いますけれど、裂島さん。前提条件として、わたくしによほど心酔していない限り、なかなかこうも上手くいきませんのよ? 男性に言い寄られることは度々ありますけれど、それでもわたくしの食材になってくれる方なんてごく少数ですし、同性なんて言わずもがなですわ」

「そういえば、人肉を食す機会なんてそれほどないとか言っていたわね」

 羨ましい話と思って聞いていたけど、案外大変なのねぇ、と美奈が感想を漏らす。

「なので、普段はそれほど人肉は食べませんの。どうしても我慢できない時は、冷凍保存しておいた人肉も食しますけど、やはり新鮮な物と比べたら味が落ちてしまうので、満足はできませんわね」

「そうだったのか。じゃあこれはなおさら、味わって食べなければいけないね」

「ええ。そうしてもらえると、彼も報われると思いますわ」

 言って、来見は血に染まった肉塊に慈愛の目を向けた。来見にしてみれば、自ら食材となることを決意してくれた数少ない人間なので、色々思うところがあるのかもしれない。

「というわけだ坂木。来見さんがとても貴重な食材を提供してくれたんだ。くれぐれも雑に扱う真似だけはするなよ?」

「勿論でございます。腕によりをかけて、最高の料理に仕上げることをお約束いたします」

 坂木はそう恭しく一礼して、檻の方へと進んだ。

 そうして、もはやルーチンワークと化した、檻の中から死体を出すという作業をして、使用人に差し出された包丁を手にし、品定めするように食材を矯めつ眇めつ眺める。

 少しして、決心したように坂木は後ろ手へと回り、前傾姿勢のまま事切れている死体を蹴り、完全に寝そべらせた。そして腰を屈め、ふくらはぎに手を伸ばす。次いで、なにかを確認するように肌を撫でた後、坂木は刃を軽く入れ込んだ。

 刃の軌跡を追うように赤い線が生まれ、血がだらりと滴れる。そのまま縦方向に包丁を進ませたかと思いきや、唐突に横へと進み、また縦へと戻る。見ると、どうやら皮を剥ぐつもりらしく、四角に切り込みを入れていた。

 やがて、完全に切り込みを入れ終えた坂木は、グチュリと指を入れて、ゆっくり皮を剥がし始めた。

 グチョ、ヌチョヌチョヌチョ……。

 皮が内側の肉から離れる度、そんな耳心地の良い音が鳴る。断末魔の叫びも格別だが、こういった静音を聞くのも、また心が落ち着いていいものだ。余談ではあるが、宗睦個人としては、子供の虫の息あたりの音が一番心が安らぐ。

 そうこうしている間に、皮を剥ぎ終えた坂木は、赤々と除く肉に刃を深く刺し、再度四角く包丁を動かしていく。そして一旦包丁を抜いた後、切口に指を押し込んで、肉を持ち上げた。それから底を切り取るように、刃を滑らせていく。

 ほどなくして、坂木は手のひら大の肉の塊を掬い上げた。肉は今にも躍動しそうなほど血に濡れ、シャンデリアの光に晒されて怪しい輝きを放っていた。

 それを落とさないよう慎重な歩調で調理台まで運び、まな板の上に置いた。そして一度水道で両手と包丁に付いた血を洗い流して、切り取った肉に向き直った。

 さて、これからどう調理するのだろうとじっと見ていると、坂木はあらかじめどうするかを決めていたような包丁捌きで、素早く肉塊に切り込んでいく。

 どうやら今度はステーキにするようで、厚み一センチほどの楕円形に切り分けていた。そうしてすべて切り終えてから、坂木は包丁を流し台に置き、そばにあった肉叩きハンマーを手にして、一つ一つ丁寧に叩き始めた。おそらくは、柔らかくなるよう下処理しているのだろう。

 あらかた叩き終え、塩胡椒で下味を付けた後、それらを順にフライパンで焼き始めた。その間、坂木は使用人が持ち運んできた大根の切れ端と柚子と手にし、擦りおろし器を用いてその二つをボールの上で擦っていく。両面に焼き目が付く間の時間を利用して、ステーキにかけるソースを作っているといったところか。

 そんな諸々の工程を静観して──されど今か今かと心を弾ませて心待ちにしていると、

「お待たせしました。人肉ステーキにございます」

 かれこれ二十分は待っただろうか、ようやっと使用人によって運ばれたステーキを前にして、宗睦は無意識に「へえ」と驚嘆の吐息を零した。

 目の前のテーブルに置かれた、しっかりと焦げ茶色の焼き目が付いたステーキ。その上に大根と柚子を合わせた白いソースがかかっており、どことなく雪解けの山を連想させる。ステーキの香ばしさとソースの爽やかさが合わさって、視覚だけでなく嗅覚でも楽しい。いつまで嗅いでいたい気分になる。

 どうやらそれは宗睦だけでなかったらしく、他の者たちも香りを楽しむように深く息を吸っていた。

「良い香りねえ」

「そうだね。実に食指をそそる香りだ」

「つっても、重要なのはあくまでも匂いじゃなくて味の方だ。まず食べてみないかぎりは、良いとも悪いとも言えねえなあ」

 すっかり頬を緩めきっている津山夫妻に、裂島が釘を刺すように言う。

「ふふ。でしたら、ぜひご賞味くださいまし。そうしたらきっと、裂島さんの価値観も変わると思いますわ」

「おう。言われるまでもねえぜ」

 言うが早いか、裂島はナイフとフォークを手に持ち、いの一番にステーキを口にした。

「……………!」

 口に入れた瞬間、裂島の動きが止まった。両目が限界まで見開かれており、咀嚼することすら忘れているようだった。

 だがはっと我に返ったように、裂島はステーキを再び食み、

「う、うめえ……」

 と驚愕を隠せないと言った様子で感想を漏らした。

「え、そんなに美味しいの?」

「どれどれ。私たちも食べてみようじゃないか」

 津山夫妻が裂島の反応を見て、それぞれステーキに手を付ける。宗睦も「いただきます」と一言来見に断ってから、ステーキを一口大に切って口に運んだ。

 瞬間、ソースの酸味とたっぷりの肉汁が口内に広がった。驚きを露わにしつつ、宗睦は味わうようにゆっくりと肉を噛み潰していく。

 今まで出てきた人肉に比べ、少々硬くはある。女性と違って男の肉は硬めなので当然と言えば当然なのだが、しかしながらこのステーキに限って言えば、逆にそれがアクセントとなっている。噛めば噛むほど旨味が溢れ、呑み込むのがもったいないくらいだ。

 まさか男の肉がこんなにも美味しい物だったなんて。正直驚きを禁じ得ない。

「うん。確かにこれは文句なく美味しい。裂島さんが褒めるのも当然と言える味ですね」

 名残惜しくも噛み潰した肉を呑み込んで、宗睦は嘘偽りない感想を口にした。津山夫妻や裂島同様、宗睦も「男の肉か……」と若干抵抗があったのだが、食べてすぐその先入観が払拭された。今後開拓を広げて、小学校高学年くらいの少年も視野に入れてみていいかもしれないと考えるくらいに。

「月城くんの言う通りだわ~。まさか男の人の肉がこんなにも美味しかったなんて~」

「うむ。これは評価を変えざるをえないね」

 津山夫妻も幸せそうに目元を緩めて、味の感想を述べる。

「ふふ。男性の肉も良いものでしょう? 勿論、坂木さんの腕あってのことは言うまでもないでしょうけど」

 来見の賞賛に、「恐れ入ります」と低頭する坂木。

「ですがこれも、事前に来見さまが水しか飲ませていなかったおかげでもあります」

「え? そんなことしてたのか来見嬢?」

「ええ。その方が味に深みが出ますから」

 裂島の質問に、来見がたおやかな微笑を浮かべて答える。

「はー、凝ったことすんなあ。いやそれにしても、これにはまいったわ。マジで完全にみくびってた。まさか、野郎の肉を食べてこんなにも美味いと思える日が来るなんて」

「私もよ。今まで食べてきた肉はなんだったのかって言いたいくらい。これだったら、また食べてみたいかも。ねえ公一さん?」

「そうだな。ちょうど来週あたりにアジア諸国を回る用があるし、その時にでも探してみようか」

「ぜひそうしてみてくださいまし。同じ嗜好の方が増えるのは、わたくしとしてもたいへん喜ばしいことですわ」

 今度お勧めの食材を紹介いたしますわね、と嬉しそうに語りながら、来見もステーキを食す。同士が増えたせいもあって、とても上機嫌そうだ。

 そうして、歓談を挟みつつステーキを食べ終えた頃、



「──さて。次は月城くんの番だね」



 と、口許の油をナプキンで拭いながら、津山がそう切り出した。

「そして、最後の試食でもある。次の食材でだれが最もグルメ人たるか、決定するというわけだ」

「えー、どうしよう。すごく迷っちゃうわ~。今までのだって十分美味しかったのに、まだ次があるだなんて。私、決められる自信がないわ~」

「あ、そっか。これって食べ比べをするためのパーティーだったな。ここに来るまでは自分の肉が一番だと思ってたから、うっかり失念してたぜ……」

「そうですわね。ここで自分の用意した食材が一番だと言うのは容易いですけれど、公平さを重んじれば、どれも甲乙付け難いですわ。まあ、自分を偽るような無粋な真似なんて微塵もするつもりはありませんけれど。月城さんもこれだけ美味揃いだと、プレッシャーもすごいのではなくて?」

「──そうですね。緊張していないと言ったら嘘になりますね」

 ですが、と宗睦は凛然と微笑み、皆の顔を見回して続ける。

「僕も負け戦を挑みにこのパーティーに参加したわけではありません。皆さんに満足してもらえるだけの食材を用意してきたと自負しています。必ずや、幸福な時間を提供できるとお約束しましょう」

「へえ、大層な自信じゃねえか。面白い──だったら早く出してもらおうぜ?」

「それもそうだね。坂木、さっそく次の準備をしてくれ」

 かしこまりました、と坂木は頷いて、使用人たちに死体の処理や調理台の清掃を命じた後、奥の通路へと消え去った。




 それから皆で歓談しつつ、次の食材が運ばれるまで二十分近くが過ぎた頃、にわかに周りが慌ただしくなってきた。

「……ねえ公一さん。なんだか少し遅くないかしら? 坂木が次の食材を取りに行ってから、結構時間が経っているわよ」

「そう、だな……」

 美奈の疑問に、津山が渋面になって頷く。すでに片付け自体は使用人たちの働きによって済んでいるものの、肝心の宗睦が用意した食材が一向に運ばれてこない。途中何人かの使用人が無線機を手にして会場から出て行く姿を目にしていたので、なにかしら問題が起きたのは、だれの目から見ても明白だった。

 さすがにその様子を見て看過できないと思ったのだろう、津山は「君」とどこかへ行こうとしていた使用人(中年の女性だった)を呼び止めて、「なにがあった?」と問うた。

「えっと、それは……」

「知らないというわけではないだろう? 今しがた無線機でだれかと連絡していたはずだ。なにかあったのではないのか?」

 目線を泳がせる使用人に、津山がきつめの口調で詰問する。

 しばし躊躇するように顔を俯かせて「あの、そのー」と言葉を濁していた使用人だったが、津山の射抜くような双眸に怯んだのか、やがて観念したように「実は……」と詳細を明かした。

「今から運んでくる予定だった食材ですが、坂木さんの報告によりますと、知らない間に檻を破って脱走したみたいです……」



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