第十四話 月城宗睦【四】
愕然とした表情で立ち尽くす、白いシーツを巻き付けている少女を見て、宗睦は必死にこみ上げる笑いを押し殺していた。
計画通りだ。すべてが思うがままに進んだ。
自分でも正直驚いている。まさかここまで上手い具合にいくとは思わなかった。
いや、今一番驚愕しているのは、他でもないこの少女だろう。
なんせ、少女の目線の先──宗睦の背後には。
津山たちや使用人が、勢揃いしているのだから。
「──これは驚いた。まさか月城くんの言っていた通り、ここに戻ってくるなんて……」
いや、一番は確かにこの少女なのだが、正確にはまだ驚いている者が他にもいた。宗睦に言われた通り、この場所へと集まってきた津山たちだ。
「まるでマジックショーでも見ているかのようだ。なにが起きているのか、未だによくわからない……」
「私もよ公一さん。一体なにがどうなっているのかしら……」
二人で寄り添っている津山と美奈が、揃えたように困惑した声をあげる。本当になにが起きているのか、さっぱりわかっていない顔だ。
「おい月城。ちゃんと説明しろよ。なんで食材がここに来るって分かったんだ?」
「わたくしも聞きたいですわ。ぜひ教えてくださる?」
裂島と来見も、宗睦に疑問を投げかける。特に裂島は悔しそうに顔をしかめて宗睦を半眼で睨みつけていた。対する来見は気にも留めていないように微笑んでいたが、目の奥だけは笑っていなかった。ずっと宗睦に引っ付いていただけに、尚のこと腹立たしいのだろう。
「月城さんったら、一緒にいたわたくしにすら相談しないでこのような場所に招くのですもの。信頼されていないのかと、少々傷付いてしまいましたわ」
嘘吐け。お前みたいな女狐がこれくらいで傷付くはずないだろと内心突っ込みつつ、
「すみません。なにぶん突然思いついた案なものでしたから、あまり自信がなかったんですよ」
と、作った苦笑を浮かべる。
これは嘘だ。思いつきもなにも、始めからこうなることを計算して動いていた。少女も津山たちも、宗睦の手のひらで踊っていたに過ぎない。
あとは仕上げとして、適当な理屈を並べて辻褄を合わせるだけだ。舌先三寸で相手を騙すのには慣れている。ここからは宗睦の独壇場だ。
「でも、そうですね。今さらではありますがきちんと説明させていただきますと、この子なら僕たちの予想もつかない場所に隠れるのではないかと、そう推測したんです」
「あら、まるでそこの食材の考えていることがよくわかっているかのような口ぶりですわね。わたくしには誘拐した子供の心理なんてわからないと言っておりましたのに」
「ええ。その言葉自体に間違いはありません。実際、これを誘拐して日が浅いですからね。性格や特技などを正確に把握しているわけではありません」
ただ、と宗睦は勿体ぶるように一拍置いて、話を継いだ。
「わからないと言っても、なに一つとしてわからないというわけじゃないんですよ。第一印象だけでも、大体の見当を付けるだけの技術は持っています。推測の域は出ませんが、一見おとなしくて真面目な印象ですが、その実かなり慎重な方で、頭が回るタイプの子ではないのかなと。そう考えた時、逃げ出した食材が追い詰められた際に取る行動を想像して行き着いたのが、この場所だったというわけです」
「よくわからないわねぇ。なんでわざわざここに戻る必要があったの? せっかくここから出られたって言うのに」
「だからこそですよ。一度監禁された部屋に戻ろうだなんて、皆さんも想定していなかったでしょう? それにさっきも言った通り、この食材はかなり慎重なタイプだ。外に逃げようにも一階には人がいて玄関や窓から抜け出せそうにもないし、そもそも見知らぬ土地の夜道──しかもこんな森の中で民家に辿り着ける保証なんてどこにもない。最悪、森の中でさ迷う危険すらある。だからこの子なら、皆の盲点を突いてここに戻ってくるのでないかと、そう推理したんです」
美奈の質問に、宗睦は滔々と説明する。まあ推理もなにも、この食材に似たようなことを吹き込んで、ここに訪れよう誘導しただけに過ぎないのだが。
当の少女はというと、未だ茫然自失といった様子で硬直していた。ショックのあまり、逃げることすら失念しているようだ。
まあ、無理はない。絶望的な状況で唯一救いの手を差し伸べてくれた人間が、こうして手のひらを返して獲物を狩る側へと立っているのだから。
手のひらを返すもなにも、最初から少女を捕まえて皆に食わすつもりだったし、一度たりとも逃がそうだんて思った試しはないが。皆には内緒で少女を檻から出したりもしたが、それもある目的のために過ぎない。
「なるほど。だから月城くんは、食材がここに来やすいよう我々をこの部屋に集合させてわざとひと気をなくしたんだね?」
「はい。津山さんの仰る通りです」
「なんだよー。結局月城の一人勝ちかよー。せっかく景品の人肉がもらえるって聞いて頑張ったのに、結局無駄骨だったわけかい」
「わたくしも残念でなりませんわ。でも、こうなってしまった以上は仕方ありませんわね。甘んじて結果を受け入れるだけですわ」
つまらなさそうに口を尖らせる裂島とは対象的に、来見は諦めがついたように苦笑を浮かべて肩を竦めた。あれだけ宗睦を疑っていた来見ではあるが、ゲームが終了した途端どうでもよくなったらしい。まだねちっこく宗睦を追求してくるかもと身構えていただけに、なんだか拍子抜けな気分だ。狐かとおもいきや、猫みたいな気まぐれな女である。
「それにしても、無事に見つかってよかったよ。もしも無茶をして二階や三階の窓から飛び降りでもして死んでしまったら、せっかくのショーが見れなくなるところだったからね」
「そうね。それに最悪、家の電話を使われて通報されていたかもしれないし」
「あれ? 美奈は知らないのかい? ここに置いてある電話はすべて内線だから、外部と連絡を取ることは不可能だよ。今回みたいな件があった時のために、警察に通報でもされたら面倒だからね」
「あら、そうだったの。私、知らなかったわ。まあ今時携帯電話もあるし、べつに困るようなこともないけれど」
津山夫妻の会話を聞いて、少女がわずかながらにぴくっと体を反応させた。大方、ここまで来る途中に電話を使おうとした経緯があったのだろう。しかし津山夫妻の話にもあった通り、ここの固定電話はすべて内線なので、助けを呼ぶことは不可能。身ぐるみを剥がされた少女に、外部と連絡を取れる手段はない。
だがここで懸念したのが、少女が外部と連絡が取れないことに気付いて、自暴自棄にでもなり、無謀ながらも窓から飛び降りて脱出しないかどうかという点にあった。なので、あえて当直室の電話線を切って希望を持たせたのが、狙い通りにいって本当に良かった。どうやら当直室の電話しか使おうとしなかったみたいだし、それも幸運だったと言えよう。
なにもかもが、宗睦の思惑通りに進んでくれた。
まさか前回ここに来た際、ついうっかり携帯を壊してしまい、用事があったので固定電話を借りようとした経験がこうして生かされるとは思ってもみなかったが。宗睦もここの固定電話がすべて内線だと津山から聞いた時は少なからず驚いたものだ(余談だが、電話に関しては後で津山から携帯を借りて事なきを得た)。
なにはともあれ、皆、面白いぐらいに手のひらの上で踊ってくれた。
津山たちも、この少女も。そして、運ですらも味方に付いて。
かくして、宗睦は津山から景品である極上の人肉を頂戴することでき──
本来の目的であった、この少女を最高の状態で食すという件も達成できた。
嗚呼──これ以上に幸福なことなんて、他にあろうか!
「はー。なんだか無駄に疲れただけだったぜ。腹空いたあ~」
「そうですわね。まだ少しだけしか食べていませんし、余計に空腹を感じますわ」
「まあまあ二人共。勝った自分がこんなことを言うのもどうかと思いますが、逆にこう考えましょう。ほら、よくグルメな人がこう言うじゃないですか」
白けたように溜め息を吐く裂島と来見に、宗睦はとびっきりの笑顔でこう宣った。
「空腹は、最大のスパイスだって」
宗睦の言葉に、皆が苦笑しながら顔を見合わせた。
「ま、確かに今なら空腹も手伝って美味く喰えそうだけどな」
「ですわね。それに、あのまま他の人肉を食べて場をやり過ごしていたら、いざこの食材の番が来た時にちゃんと審査できるか疑わしいものがありましたし」
「よし。そうと決まったら、早速食べ比べの続きといこうじゃないか。その後は盛大にこれまでの人肉を皆で食すとしよう」
「まあ、楽しみ~。私もお腹も空いたし、早く食べたいわ~」
賑々しく談笑する津山たちを背にして、宗睦は悲壮感漂う少女と、改めて向き合う。
「あ……あ……っ」
少女が悲鳴にならない声を漏らして、その場に力なくへたり込む。唇はわなわなと震え、極限まで剝かれた双眸からは、うっすらと涙が滲んでいた。
そんな絶望に打ちひしがれる少女を前にして、
「さ、それじゃあ一緒に行こうか」
と、宗睦は口端を邪悪に歪めながら、震える少女の肩に手を置いた。
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