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第十話 月城宗睦【二】



「月城さん──」

 津山たちと別れ、一人で二階へと続く階段を上ろうとしていた時だった。背後から声をかけられた宗睦は、足を止めて後ろを振り返った。

「来見さん……?」

「ふふ──」

 怪訝な表情を浮かべる宗睦に、なにが可笑しいのか、着物の袖で口許を隠しながら、来見が優雅にこちらへと歩んできた。

「不思議そうな顔をされていますわね。そんなにわたくしがここにいるのが意外でして?」

「ええ、まあ。会場から出た後、津山さんと一緒に僕とは違う方向に行ったので、てっきりそのまま行動を共にしているものとばかり思っていたものですから」

「わたくしも最初はそうしようと思っていたのですが、その、あの二人の雰囲気に少し酔ってしまったと言ったらいいのでしょうか……」

 そのはっきりしない言い方に、宗睦は「ああ」となんとなく事情を察した。

 きっと、あの二人の熱々な雰囲気に居づらさを覚えたのだろう。宗睦も何度か目にしているし、なんなら今日もここを訪れた際に欧米さながらの接吻を見せつけられたものだが、外野からしたら相当居づらいものがあるだろう。少しの間ならともかくとして、長時間となると心労も大きい。

 なので、津山から離れてこっちに来てみれば、こうして偶然宗睦と鉢合わせしてしまったと言ったところだろうか。

 ちなみに裂島は言うと、ゲームが始まった途端に「俺が一番に見つけるぜ!」と息巻いて威勢良くどこかへと行ってしまった。今頃景品目当てに、血眼になって逃亡したあの女の子を探していることだろう。

「月城さんは二階に行かれるんですの?」

「ええ。一階には使用人さんたちが集中していて迂闊には下りられないでしょうし、いるなら上階のどこかだろうな、と」

「わたくしと同じ考えですわね。まあ、それは他の方々も同じようでしたけど」

 打倒な線といったところでしょうか、と来見は艶然と微笑んで言う。

「そうですわ月城さん。よろしければわたくしと同盟を組みませんこと?」

「同盟……ですか?」

 その提案に、宗睦は眉をひそめた。

「そうですわ。わたくし自慢ではありませんが、体力がある方じゃありませんし、それにこの格好でしょう? あまり動き回って着物が崩れるというのは本意でありませんし、なるべく手間をかけずに獲物を捕まえたいと考えておりまして」

「それなら、裂島さんと組んだ方が良くないですか? 彼なら体力もかなりあるでしょうし、武道の心得もあるそうですから、僕なんかよりもずっと頼りになると思いますよ」

「確かに頼りがいはあると思いますが、猪突猛進な方でありますし、付いて行ける気がしませんわ。それにわたくしも合気道を習っておりますから、子供を無力化させる自信ならありますわよ」

「それはわかりましたが、けれど、あまりメリットが見えませんね。一人より二人の方が効率がいいのは事実ですが、景品を得られるのはどちらか一人のみ。仮に子供を捕まえられたとして、景品はどうするつもりです? 二人仲良く半分ことでも言うつもりですか?」

「いえ、なにも最後まで一緒に行動しようと言っているわけではありませんわ。ただわたくしは、互いの考えを共有できたらと思っておりまして。月城さんは知的ですし、きっと良い同盟が結べると思うのですが」

怪しげに微笑する来見に「……考えの共有、ね」と宗睦は反復する。

 同盟などと聞こえの良い言葉を使っているが、裏を返せば、どちらが先に相手を出し抜いたとしても恨みっこなしでと言っているにも等しい。友好的に迫っておきながら、とんだ女狐だ。だてに大会社の社長はやっていないということか。



 だがしかし、面白い。



 向こうは宗睦を利用する気でいるようだが、こちらはこちらで存分に手のひらの上で踊ってもらうとしようではないか。

「構いませんよ。お互いの情報を開示する程度ならなにも問題ありません。やみくもに探すより、そちらの方が無駄骨を折らずに済みそうですしね」

「ふふ。同盟成立ですわね」

 言って、来見はすっと片手を差し出した。それを見て、宗睦も笑顔でその手を取り握手を交わす。お互い外面は良い方なので、傍目には仲睦まじげに見えることだろう。その実、腹の中は策略でどす黒く渦巻いてはいるが。

「ひとまず、歩きながら話しませんこと?」

「そうですね。ここに留まるだけ時間の無駄ですし」

 どちらからともなく手を離して、宗睦は来見と並んで階段を上る。着物だと裾が長くて上りづらいのではないかと思ったが、至ってスムーズに足を動かしていた。きっと普段から着慣れているのだろう。

「それで実際のところ、月城さんはどう考えておりますの?」

 四、五段ほど上ったところで、来見が宗睦を横目で見ながら口を開いた。

「逃走した子供のことを一番知っているのは、言うまでもなく連れてきた本人である月城さんでしょうし、なにか心当たりがあるんじゃありませんの?」

「連れてきたと言ってもほとんど話してもいませんし、向こうの心理を読み取れるだけの情報は、残念ながら皆無ですね。ただ見た目の印象だけで言うなら、大人しそうに見えて割と知恵はありそう……と言った感じでしょうか」

 来見の問いに、宗睦は静かな口調で答える。

「それとさっきも言った通り、一階は人が多いので、上階に未だ潜伏している可能性が非常に高いと思います。現に、一階でも目撃情報は一切ありませんでしたからね。だから探すとしたら、一階より上だと思います」

「それはわたくしもすぐに思い当たりましたし、津山さんや裂島さんも同じ考えか、揃って上階に向かってしまいましたけれど、問題はここからですわ。上階にいるとしても一体どこにいるのか、それがわからないと悪戯に体力を消費するだけですわ」

 あまり歩き回るようなことはしたくありませんし、と来見は嘆息混じりに言う。体力はないほうだと言っていたし、短期決戦で攻めたいのだろう。

 とはいえ、これだけの広さだ。床面積だけならちょっとした旅館もよりも遥かに広いし、しかもそれが四階分もあるという大物件である。使用人も総動員しているが、いかんせん豪邸中をくまなく探せるほどの人数でもない。こんな城と表しても過言ではない場所で小柄な小学生を探すとなると、ちょっとやそっとでは見つからないだろう。

「ただまあ、探す場所もそれなりに限られてくるとは思いますけどね。津山さんの話だと、自室や使用人の部屋以外は、基本的に鍵はかけないって説明していましたから」

「そういえば、そんなことも言ってましたわね。ですがそれでも、客室だとか物置部屋だとか色々考えられますわよ?」

「そうですね。きっと今頃使用人さんたちが総出で行き渡っていることでしょうけども。やはり人数に差があると、どうしても分が悪くなってしまいますね」

 言って、宗睦は苦味走った笑みを浮かべる。そもそも津山側が優勢(なんせ向こうは使用人も動員しているわけだし)な状態でこのゲームを始めたのだから、不利になって当然と言えば当然ではあるのだが。

「あら、なにか勝算があって、あんな提案をしたのではありませんの?」

「いえ、あのままだと雰囲気の悪い状態でパーティーが進みそうな感じだったので、少しでも場を盛り上げられたらなと」

「まあ。そんな機転を利かせてくれていたなんて。わたくし、感動いたしましたわ」

 尊敬したように瞳を輝かせる来見に、「大したことじゃありませんよ」と苦笑を浮かべる宗睦。口ではこう言ってはいるが、実際どう思っているか疑わしいものだ。

「ですがそうなりますと、この同盟も無意味になってしまいますわね……」

「ああいえ、本当に勝算がなにもないわけじゃありませんよ。推理というと大袈裟ですけれど、それなりに考えは巡らせていますから」

「考え……と言いますと?」

「たとえば、あの子だったらどこに隠れてなにをするつもりでいるか……とか」

 来見と一緒に階段を上りきって、宗睦は二手に別れた通路を見渡す。

 二階の通路には、すでに何人かの使用人が各部屋を確認していた。この分だと、近くの部屋はすでに手をつけていそうだった。

「この辺は探すだけ無駄そうですね。もう少し離れたところまで行きましょうか」

「そうですわね」

 頷いて、来見は宗睦の隣りに並んで歩く。

「ところで先ほどの続きですが……」

 ああ、と宗睦は口を開いて、「あの子の立場になって考えてみたら、という仮定に基づいた話になりますが」と先を紡ぐ。

「無事に檻から出られたとは言え、いつだれに捕まるとも限らない逼迫した状況の中で、むやみに動き回りたくはない。けれど外に出ようと思ったら、まず一階に行って窓から出るなり玄関から出るなりしなければならない。けれど様子を見に行った彼女はこう思ったはずです。こんなに人がいたら近付けない、と。なので同じ立場だったら、きっとこう考えると思うんです。『だったら人がいなくなるまで、近くの部屋で待機していよう』」

「だからいるとしたら、この二階のどこかと?」

「はい。多分ですけれど」

「少々、現実味に欠けますわね」

 間髪入れず、来見が宗睦の推理を否定する。

「わたくしも、最初こそ一階に行く機会を狙ってくるんじゃないかと考えはしましたが、まだ小学生の非力な女の子というのを考慮すると、危険な場所からなるべく遠ざかろうとするんじゃないかと思い直しまして」

「……なるほど。一理ありますね」

「それにいくら逃げ出すためとはいえ、こんな夜更けに外を出歩こうとするなんて考えにくいですわ。ましてこんな奥深い森の中──民家の光すらまともに見えないこんな土地で、果たして外に出ようとするものなのか、甚だ疑問ですわ」

「うーん、それはさすがにどうでしょうね」

 来見の反論に、今度は宗睦の方から異を唱える。

「向こうもかなり追い詰められている状態でしょうし、一刻でも早くここから出たいと望んでいるはずです。僕たちになにをされるか、わかったものじゃありませんからね。たとえ道順のわからない暗闇の場所だとしても、外に逃げた方がまだ命が助かると考えた方が自然でしょう」

「仮にそうだとすると、ますますわたくしたちに勝機はありませんわね。玄関から逃げられないよう、使用人の方を一人待機させていますし、一階にも見回り役として何人か巡回させているんですもの。いざ子供が一階から逃げ出そうとした時、真っ先に捕まえるのは津山家に仕えるだれかということになりますわね」

 つまらなさそうに浅く溜め息をつく来見に、「必ずしも、このゲーム中に姿を見せるとは限りませんけどね」と宗睦は前方を見ながら言う。

「人こそ分散して一階もパーティー前より空きましたけれど、それでもまだ人はいるわけですし、そうなると家人が完全に寝静まる深夜帯を狙ってくる可能性だって十分あり得るわけですから」

「それまで隠れきれたら、という前提の話にもなりますわね」

「ですね。だからそれまで、なるべく人の寄り付かない場所に隠れているという線もありますね」

「……月城さんが連れてきたその子供というのは、勿論初めてこの豪邸に来たわけですわよね? そんな子が人の寄り付かない場所なんて見当がつくものなのでしょうか?」

「あくまでも仮定の話ですよ。想像で言っているに過ぎません。なので、あまり当てにはしない方がいいですよ。こう見えて適当な人間なんですよ、僕」

「まあ、ご冗談を」

 宗睦の言葉に、来見は可笑しそうに口許を袖で隠して──されどその瞳だけは怪しい光を宿して、こう続けた。

「わたくしの目には、どうにも皆さんを煙に巻いているようにしか見えないのですけれど」

「……どういう意味でしょうか?」

 以前として笑みを絶やさず、だが内心警戒を強めて、宗睦は訊ねる。

「ゲームが始める前にも疑問を提示しましたが、わたくし、檻の鍵が外されていたということが、まだ気になってますの」

「ああ、そんなことも言っていましたね。けど、それがどうかしました?」

「一旦は坂木さんのミスということで流れてしまいましたけれど、本当のところ、ミスでもなんでもなかったんじゃないかと、ふとそんな風に考えるようになりまして」

「……つまり?」



「つまり、だれかが意図的に逃がしたのではないか、と」



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