第8話 “別に怒ってない”は、いちばん怒ってるやつ…のハズ
(テシヲ視点)
朝、出社してすぐ──
「おはようございます、御影先輩」
「……おはよう」
……目も合わせないし、声もちょっと低い。
なんか冷たくないか?
いや、いやいや、考えすぎか。たまたまだ。たぶん。
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午前中、仕事の報告に行ったときも──
「ここの仕様、こんな感じで固めようと思ってるんですけど」
「……わかった。資料、あとで見ておくわ」
また目を逸らされた。机をトントンと指で叩いてるのが、地味に怖い。
(あれ?……オレ、なんかやらかしたっけ?)
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昼休み、同期の女子・佐倉さん(こっちは明るい)が話しかけてきた。
「元気ないね、テッくん」
「テッくん呼び久しぶりに聞いたな。いや……御影先輩が、なんか今日ずっと冷たくてさ」
「え〜?また?昨日も言ってなかった?」
「うーん……でも前より今回はちゃんとガチっぽい。マジで何も思い当たらないんだけど……」
「そーいうときはね、逆に“気にしてる”ってこともあるよ?」
「は?いやいやいや、御影先輩が?オレを?気にしてる??」
「気にしてるから冷たくするの。気づいてほしいけど、素直に言えない。──女子あるある」
「……それ、あるか?」
「あるよ。テッくん、察し悪いもん」
「なんでそこ急に刺してくんの……ん?」
ふと、なにか視線を感じた気がして、思わず周囲を見渡す。
「なに?どこ見てんの?なんかあった?」
「いや……気のせいかも」
「なに気にしてんだか……」
佐倉さんは呆れたように笑った。
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──で、午後。
御影先輩、さらに塩対応になる。
「さっき佐倉さんと楽しそうでしたね」
って一言。スルーして仕事しようとしたら、ペンのフタ閉める音がパチンってやたら強くて怖い。
どうしろと。
(え、ガチで怒ってる?佐倉さんとの会話……見てた?)
いやいや、だったら理由わかってるじゃんオレ。
っていうかそれで怒ってるんだったら、ちょっとかわいく……いや、怒ってる顔は怖いんだよな御影先輩。
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定時過ぎ。
黙って帰ろうとしたけど、エレベーターで二人きりになってしまった。
閉まるドアの音がやけに大きく感じる。
(……このままモヤモヤ抱えたまま帰るの、嫌だな)
意を決して、一歩踏み出す。
「先輩、ちょっと……いい加減にしてください!」
「……え?」
御影先輩が、きょとんとした顔になる。
でも、止まらなかった。
「今日ずっと冷たくないですか!? 挨拶も反応薄いし、仕事のやりとりもそっけないし……缶コーヒーだって、“いらない”って……! オレ、なんかしました!?」
顔が近くなってるのに、気づいたのは言ってからだった。
御影先輩は壁を背に、目を逸らして、でも耳まで真っ赤で──
「な、なによ……べ、別に怒ってなんか……」
「明らかに怒ってますよね!? 俺には分かりませんよ、何が悪かったのか!!」
「だからちょっと……近いっ……!」
そのとき、彼女が小さく何かを呟いた。
喉の奥で震えるような、小さな、小さな声で。
聞こえたような、聞こえなかったような。
「え、今──」
さらに顔を近づけようとした、その瞬間──
「バカっ!!!!」
怒鳴るような声と同時に、御影先輩はエレベーターの扉が開くのを待っていたかのように、逃げるように走り去った。
取り残された。
静かになった箱の中で。
オレは、さっきの声を思い出していた。
(……今の、って……)
胸の奥が、変にざわざわする。
なんだったんだ、あれ。何を言ったんだ、あの人は。
……気になる。
けど──
ちょっと、嬉しかった気がした。